
ロシアによるウクライナの軍事侵攻から1年。
再び大規模な攻撃を始めたと指摘されているロシア軍。
ウクライナ軍も国民の強い支持を背景に、徹底抗戦の構えを貫いています。
「純軍事的にみれば、ことし中、戦争は続くと考えたほうがいい」
こう指摘するのは、東京大学先端科学技術研究センターの専任講師、小泉悠さん。
国内きってのロシア軍ウォッチャーの最新の見立てです。
(聞き手:国際部記者 山下涼太)
なぜ、この1年ウクライナは“善戦”できている?
言い方が難しいですが、古い言葉で言うと「精神力」ではないかと思います。
もちろん、ウクライナの軍事態勢とか西側の援助とか、テクニカルな理由は求められます。ただ、結局、国家指導部があくまでもロシアの侵略に対して抵抗するという意思をもっていなければだめですし、さらに国民が「犠牲も出ているけれどもあくまでもロシアに抵抗する」「国家指導部を支持する」という政治的な決意を持っていないと成立しません。

ですから、やはり古い言い方ですけど、そこは「精神力」に帰着すると思います。別の言い方をすれば「ナショナルアイデンティティー」とか「愛国心」であるかもしれませんが、これなくしては、あらゆる軍事的な議論が無意味だと思います。
そのうえで2014年の最初の戦争以来、ウクライナが非常に真面目に軍事改革をやってきたとか、西側が大規模な軍事援助を行っているとか、こういった要素が生きてくるのかと思います。
仮にこのウクライナの精神的な強さがこの先も変わらないのであるとすれば、ウクライナ軍自身の強さ、西側からの軍事支援の大小が大きな意味を持ってきます。
ロシアの大規模攻撃は?戦況のポイントは?
現在、ウクライナ東部で起こっていることは、ロシアの大攻勢の初期部分なのではないかと思います。
ある日から一気かせいに攻勢が始まるというタイプの大攻勢もあれば、いくつかの小規模の戦闘をたくさん起こして、その中で攻めていけそうな場所を見つけてそこに攻撃を集中させていくような段階的な大攻勢もあると思います。
おそらく今のものはその後者の方なんじゃないかと思います。今起きていることが、ロシア軍の全力だとはちょっと思えません。

ロシアは去年9月に部分動員を発令して31万8000人も人間を集めています。さらに予備の兵器を引っ張り出してくるとか、新規生産の兵器を配備するであるとか、この冬の間に相当戦力を再編したのではないかと思います。
そうすると、やはりこれから先、もっと激しいロシア軍の攻撃がやって来るということが考えられます。
これから先どうなるかはなかなか予測が難しいんですが、少なくとも一時的にウクライナが受け身に回らざるをえないことは確実だと思います。

そうなると、問題は2つあります。
まず、ロシアがこれから発動しようとしている本格的な攻撃にウクライナが耐えられるのか、です。
いま、ウクライナ軍自身が持っている能力がどのぐらい残っているのかよくわかりません。去年の夏ぐらいから西側からの軍事援助が大体、一定の規模で来ていると思うんですけど、それ以上の能力がなかなか与えられていません。
そして、もう1つはウクライナ側にロシア軍の攻勢をしのぎきったあとに、戦力の余裕が残っているのか、ということです。
ウクライナ軍は自分たちの攻勢に回ることができなければロシアにやられっぱなしですから、攻勢に移る必要があるわけです。しかしウクライナはいま、非常に難しい立場にあります。
一方でロシア軍の激しい攻勢を押しとどめながら、もう一方では次の攻勢に使うための戦力を頑張って温存し、できれば、さらに西側の戦車も加えて強化しなければいけないからです。
おそらくロシアの攻勢が春いっぱい続くとして、それに耐えきれるのかどうか。そして、その先の夏とかにウクライナは自分で反攻に出られるのかどうか。この辺りがまず大きな焦点になってくるんだと思います。
さらにその夏以降の攻勢に、ウクライナがどのくらいの打撃力を持てるのか。
やはりいま始まっている戦車供与がどのぐらいの早さで、かつ、どのくらいの規模になるのか、また戦闘機などが供与されるのか。その辺りがポイントになると思います。
欧米から供与の戦車、戦況に与える影響は?
欧米からの戦車がどのぐらいの数になるかというところが非常に大きいと思っています。

もちろん、ドイツ製の「レオパルト2」という戦車は、現代の世界各国の陸軍の「第3世代戦車」の中では、最も性能が優れているものの1つと言われていますし、旧ソビエト製の「T72」よりも性能としては上回ると思います。
だけど、10両しか入ってこなかったら意味がありませんよね。それだったら「T72」がたくさんあるほうがずっといいわけです。

やはり「レオパルト2」のような優れた戦車が100両、200両とウクライナに入ってくるから意味があるのだと思います。
ようやくドイツを中心に2個大隊分と言っていますから、恐らく80両くらいを送ろうという話になっています。しかし、その数もなかなかちゃんと集まらずに苦労しているという状況ですよね。このままいくと、いかに「レオパルト2」自体が優れていても意味がないだろうという風に想像されます。
ですから、ヨーロッパがどのぐらいリスクをとってウクライナを支えるのか、政治的な覚悟の問題なのだろうなと思います。
逆に言えば、もしもヨーロッパがある程度、覚悟を固めて「レオパルト2をまとめて200両送ります」という話しをする。アメリカが「じゃあ、F16戦闘機を出します」という話しをする。地対地ミサイル「ATACMS」を送る。それぐらいまで軍事支援をやれば、ウクライナがロシア軍を2022年2月24日の侵攻開始時点のラインまで押し戻すということは、純軍事的には決して不可能ではないと思います。
ロシアも戦力の再編をしていますけど、彼らのリソースも無限ではないです。ウクライナがこの春の攻勢を守り切って、ロシア軍の戦力が疲弊し切ったところで、それだけの戦力をぶつけることができれば本当にウクライナにとって望ましい形で、停戦の話し合いを始める条件ができるだろうと思います。
ただ、やはりいまの政治情勢を見ていると、これはなかなか難しいだろうなとも思っています。
ウクライナが求める戦闘機の供与 欧米は踏み切るか?
アメリカは分かりませんが、イギリスのスナク政権はかなり前向きな様子を見せています。少なくとも訓練開始に関しては、一応そういう政治的な言質を与えている。
まずは訓練を開始するとして、注目するのは何の機体で訓練を開始するのか、ということです。

これが、ただの練習機にしか乗っけてあげないという話しなのか。もしくは「タイフーン」のような各国が使っている軍用戦闘機の訓練であるとすれば、それなりに欧米はウクライナに、将来的に戦闘機を与える気があるんだろうなという感じはします。
ただイギリスの言い方を見ていると、あくまでも戦闘機の供与は「いまの戦争が終わったあとね」という程度の話なのかもしれないので、この点はちょっとまだ見えてこないなって感じはしています。

2つ目の問題としていまイギリスで供与してもいいという候補に挙がっているのは「タイフーン戦闘機」の初期型なんですよね。
これは戦闘機どうしが戦う、空対空の戦闘能力はあるんですけど、空対地の攻撃能力、つまり地上攻撃をする能力はほとんど持ってないとされています。これだけもらっても、ロシア空軍の戦闘機と戦って、追い払う能力にはなるかもしれませんが、戦闘機同士の戦闘を始めたら、ロシアの方が戦闘機をたくさん持っているわけですから、厳しくなるでしょう。
やはり、ウクライナが欲しいのはロシアの防空システムを排除して上空をヘリコプターが飛べるようにして、ウクライナ軍の進撃を空から支援できる状態をつくり出すことだと思います。そうするためにはアメリカの「F16戦闘機」、その中でも対レーダー攻撃能力を強化したタイプが本来は欲しいんだろうなと思います。

今回、欧米が決めた戦車の供与について言えば、イギリスは、型が古いし、いろいろな不都合があるのは分かったうえで「チャレンジャー2を出しますよ」と言った。それに続いてドイツもアメリカも動いたという例があります。
そのほかの欧米の同盟国を動かすためのテコとして、まずイギリスが、使いみちが必ずしも明瞭でなくてもいいから「タイフーン戦闘機」を出して「これを出してもロシアは別に何もできないでしょ」と、レッドラインを踏み越えてみせる役割を演じる可能性はあります。
その場合は大きな戦略的な意義を持つだろうと思います。
ロシアは消耗戦を狙っているのか
まず、ロシア軍の軍事思想の保守本流は「消耗戦略論」なんです。決定的な一撃なんてものはそうそう決まるものではなくて、基本的に戦争というのは延々とすさまじい物資と人命を消耗しながら戦うものだ、だから人間の予備、モノの予備、生産能力の予備っていうものが大事なんだと、ロシアの将軍たちはずっと考えてきたのです。

まさに今回はそういう戦争になっているのだと思います。ロシアも激しく消耗し、ウクライナも激しく消耗している。どちらが最後まで立っていられるのかという勝負になっています。
問題は、ウクライナがアメリカ、ヨーロッパの国々から物資の援助や経済的な援助を受けています。一方で、ロシアはこれらの国々から制裁を受けています。本来の能力がある程度制限されているのです。そうなると、どちらが最後まで立っていられるか、なかなか微妙な勝負になるのではないかと思います。
ただ、ウクライナが絶対に外部から大規模に補充できないものが「人間」です。少数の外国人義勇兵は入ってきていますが、何万人も、何十万人も来るわけではないのです。
基本的にウクライナ人自身で戦わなければいけないときに、あまりにも国民の犠牲が出続けるか、あるいはあまりにも兵士の戦死が多すぎるということになると、戦争の継続ができなくなります。

ですから、やはりロシア軍と火力でもっと対等に戦えるようにするとか、ロシアだけが一方的に航空優勢をとっているだけではないという状況にするとか、ロシアの戦い方に対抗できるよう対等の能力をウクライナに与えることが意味をもってくるということなのです。
その意味では戦闘機や少し前から始まっている長距離防空システムの供与とか、歩兵戦闘車とか戦車の供与もそれなりに意味のあるものだと思います。
ただ、いずれもやはり時期が遅いですし、数がすごく足りないという点では共通しています。供与のペースと規模を拡大しないと、ウクライナが先に息切れしてしまう可能性はあると思います。
この点についてはもう少し欧米の政治側が「このままだとどうなってしまうんだ」と想像力を持って進めて欲しいなと思います。
ことしの停戦はあるのか?
なかなか簡単に言えませんが、もしも諸条件がこれまでと変わらないとすれば、2023年中には終わらないのではないかとみています。
ここで言う諸条件というのは、ロシア側が戦争を起こしたそもそもの動機です。
ロシア側はいろいろなことを言っていますが、私は突き詰めていくと、要するにウクライナを支配下に置きたいという、非常に民族主義的な野望であると思っています。もしも、この見立てが正しいのであるとすれば、ウクライナは多少、軍事的に不利になろうが、そう簡単にロシアに国家主権を明け渡すと思えないので、ロシアからすれば戦争目的は達成できないということになる。
一方で、ウクライナ側がどこかで妥協してロシアと停戦の話し合いをする気になるのか。
ロシアが今後もその政治的な意図を放棄する気がないのだとすれば、下手な停戦を結ぶと、ロシア軍が休み時間をもらうだけなんですよね。戦力を再編してまた攻めてきてしまう可能性がある。
だからいまは停戦したくないというのが、ウクライナ側の正直なところなのでしょうし、こういう言い方をウクライナ側も何回もしているわけですよ。

いまの状態だとロシア側もウクライナ側も両方、停戦することのメリットを見いだしていないので、戦争は続いてしまうんじゃないかと。しかもロシアもウクライナも純軍事的に見て、戦争を継続するだけの物理的能力があるのでできてしまう。意思も能力も両方あるっていうことになるんです。
戦争を止めるんだとすれば、そのどちらかを大きく変える。能力面でいえば、戦場でぶつかり合って、どちらかが決定的に戦争を遂行する能力がなくなってしまう、軍隊が壊滅してしまうという状況。両方が同じぐらい消耗して、もはや大規模な戦争を続けられなくなる、この状況が考えられます。
つまり▼ロシアが勝利するシナリオ、▼ウクライナが勝利するシナリオ、▼引き分けるシナリオ、が考えられますが、年内にこうした極端な状態が出現する可能性は低いと見ています。純軍事的にみると、戦争は続くと考えたほうがよいでしょう。
今後、考えられる停戦のシナリオは?
政治的な意図の方に関しては、非常に不確実性が高くてなんともいえません。プーチン大統領やゼレンスキー大統領の腹の中の問題だと思います。
プーチン大統領がウクライナに対する民族主義的な野望をそんなに簡単に放棄するとは到底思えませんけども、ただ来年3月に大統領選を控えています。大統領選を前に「もうそろそろ戦争をやめなければ」と判断する可能性は排除できないですよね。

その場合、ウクライナが停戦に応じるということは悪い話じゃないと思います。
ただやはり、少なくとも次にロシアが侵攻を再開しないような何らかの仕組みというのは必ず必要になります。そうでないと、これはただ単にロシアを利するだけになる、つまりプーチン大統領が1年かけて軍隊を再構築して大統領選が終わったら、また安心して戦争を始めてしまうって可能性が大いにありますから。
そうならないように、停戦協定の中に、次にロシアが同じことをやったら西側が軍事的に関与しますからねというような条項を入れるであるとか、停戦後のウクライナに対して軍事的な支援を行って次の侵略に対して抵抗力をつけるという風にするとか、そういった停戦と抑止のパッケージみたいなものを考えなければいけないだろうと思っています。
この点でいうと、2022年9月にNATOの前事務総長とウクライナ大統領府長官の連名で「キーウ安全保障盟約案」※というものを出していまして、おそらくこれが今後、考えられるウクライナが納得できる停戦の条件になるんだろうなと思います。
※キーウ安全保障盟約案
2022年9月13日にウクライナ大統領府のイエルマク長官とNATOのラスムセン前事務総長が提言した、ウクライナの安全保障についての新たな法的枠組みの案。提言ではウクライナみずからが侵略国から防衛できることが最も強固な安全保障だと指摘。防衛力を維持できるだけの資源が必要だとしている。
そのため、同盟国からの防衛産業への投資、武器移転、インテリジェンス分野での支援のほか、EUやNATOのもとでの共同訓練が必要で、新たな枠組みを創設すべきだと提言している。

やはりそれをロシアにのませるのはなかなか難しいことなので、いずれにしてもロシアに対してちょっと今のままでは戦争が続けられないと思わせるような、損害を与えないと、結局は実効性がないんじゃないかと思っています。
あと、ゼレンスキー大統領がもう戦争を継続できない、ウクライナが軍事的に苦しすぎるとなって戦争終結を選択するというパターンも考えられなくはないですけど、いますぐそういう局面が訪れるとは到底考えられません。
ウクライナは今、戒厳令を出していますから、おそらく来年は大統領選をしないはずです。そういう意味でも、ゼレンスキー大統領はいますぐ民意を気にしなくてもいい立場なので、ウクライナ側から戦争継続の意識が変わるということはないと思います。
米ロ間での交渉は?折り合いつく?
アメリカ側の動きに関して専門外ですので、こうだっていうことはいえません。ただ、外形的に確認できるいろんな動きを見ていると、ウクライナを何とか支えようとしている。

しかも、これにはアメリカ連邦議会の中で、比較的超党派の支持があるわけです。「金を使いすぎるな」という人たちはいるけれども「ウクライナを見捨てろ」という人はほとんどいません。来年、2024年のアメリカの大統領選挙の結果いかんによっても、たぶんアメリカのウクライナ支援の規模自体はそんなに変わらないんじゃないと、私は思っています。

ただ、アメリカとロシアの大国間で、どういう話をしているかということはなかなか表に出てこないです。
何らかの接触をしているということは報じられ続けていますし、最近も未確認報道ですけれども、アメリカが「ロシアが領土の20%を支配した状態で停戦をするとしたらどうか」というような秘密提案を行ったという話しもある。
大国間が裏で、「そろそろこの辺で」と話をしている可能性はなくはないと思います。
ただし、そもそも開戦前も、アメリカはロシアと秘密外交はやって最後まで戦争を回避できないのかやっていたわけですけども、やっぱりロシアと話が全く通じなかったわけです。それはロシア側とアメリカ側のロジックがかみ合わなかったからだと思います。
では、開戦後のいま、米ロがかみ合っているのかというと、おそらく開戦前以上にかみ合っていないんじゃないかと思います。果たして大国間外交で物事の落としどころを見いだせるのかというと不確実ではありますが、難しいのではないか、と思います。