2022年11月24日
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なぜ“レッド・ウェーブ”は起きなかったのか

11月8日に行われたアメリカの中間選挙。事前の予測では、共和党のイメージカラーの赤を念頭に「レッド・ウェーブ」(赤い波)が起きているとして、連邦議会の上下両院で共和党が多数派を奪還する勢いだとも指摘されていました。
しかし、ふたを開けてみると、下院は共和党がかろうじて多数派をとったものの、上院は民主党が主導権を維持することになりました。
なぜ“レッド・ウェーブ”は起きなかったのか。
今後のバイデン政権、そして早くも動きだした次の大統領選挙の展望とともに3人の専門家に聞きました。

(聞き手 国際部・岡野杏有子)

今回の中間選挙の受け止めは? なぜ予測は外れたのか?

今回のように大統領の支持率が50%を切る場合は、政権与党の議席の減少幅は相当大きくなることが多いと言われていたので、民主党が健闘したと言えると思う。民主党は意外にもいい結果を出せて勢いづいているのではないか。2016年、あるいは2020年の大統領選挙では、共和党の支持者の中には世論調査に答えない、または虚偽の回答をする人がいると言われていたが、今回は民主党の支持者の票が世論調査による予測よりも多く出た。どうしてなのかは今後、本格的に研究しないと分からないのではないか。

中間選挙を受けた議席(2022年11月24日現在)

共和党が勝ったが、民主党が善戦した。2回の“神風”が吹いた。1回目は6月に連邦最高裁で「人工妊娠中絶は憲法で保障された権利だ」という判断がひっくり返ったこと。これが民主党側の大きな攻めどころになって、それまでは共和党の「レッド・ウェーブ」の話があったが、一気に変わった。それでも共和党の争点であった「バイデンフレーション」(「インフレはバイデン政権のせい」とする造語)のほうが大きくなっていったところ、もう1つの“神風”が吹いた。トランプ氏が次の大統領選挙に意欲を示したことで、「人工妊娠中絶の権利を潰した男がまた戻ってくるのか」というかたちで、人工妊娠中絶の話が再び大きくなったことだ。世論調査はトランプ氏の立候補の動きを反映することに間に合わなかったとみている。

民主党が善戦した。「これ以上、共和党がやってきた流れは認められない」という民主党の人が多かったと思う。普通は投票率は30%ぐらいだが、前回の中間選挙から50%近くなっている。トランプ氏を支持する人たちは、普通の人たちよりもエネルギーがあるというか、支持をしようという気持ちが強い。世論調査にもトランプ氏を支える人たちは自分の考えを見せたいため、民主党支持者よりも積極的に回答したのではないか。ある意味“トランプ・イルージョン”(幻想)が起きていたのではないか。

民主党が善戦した理由は?

人工妊娠中絶の問題を大きな争点にした民主党の運動の進め方が一定の成果を挙げた。あとはトランプ氏の存在だ。トランプ氏がホワイトハウスへの復帰を目指しているのはかなり明確だったので、そのトランプ氏に対する、あるいはアメリカの民主主義を否定しようとする動きに対する拒否反応があり、それを民主党がうまく批判し、一定の効果があった。

トランプ前大統領

ひとえに“トランプ的なもの”ということばに収れんできる。最高裁の判決もトランプ氏が送り込んだ3人の保守派の判事の話に行き着くし、2年前の大統領選挙の結果を否定する「選挙否定派」がことごとく負けたのも“トランプ的なもの”への拒否感の現れだ。そこに民主主義の話も出てきた。バイデン大統領は「“MAGA Republican”(熱心なトランプ氏の支持者)は民主主義を破壊しようとしている」と言い、人工妊娠中絶とともにターゲットを絞ったのは見事な戦い方だった。

民主主義が1つの争点になっていった。2021年1月6日のあの議会襲撃事件もあって、やはり民主主義が脅かされてるという思いがあった。「トランプ氏が考える政治でいいのか」が問われ、民主党員が非常に動いたということだと思う。マイノリティーの人など、生きにくいと思う民主党の人たちは存在するので、今回ばかりは投票しようという人たちが多かったのだと思う。

連邦議会議事堂へ乱入するトランプ氏の支持者ら(2021年)

共和党が予想よりも議席を伸ばせなかった理由は?

トランプ氏が否定的な影響を与えることになったと思う。アメリカの民主主義のあり方に漠然と不安を持っている無党派の人たちは、全面的に共和党に投票することに躊躇ちゅうちょを感じた。あとは中絶問題に対する反発をやや過小評価してしまったといえると思う。

アメリカ連邦最高裁前でデモをする 中絶権利を擁護する人々(2022年6月)

共和党側は最大の争点としてインフレを挙げていた。これも間違っていない。さらに言うと、移民問題や犯罪問題、州レベルで多かったCRT(批判的人種理論)という論点もあったが、ただそれでも民主党側が予想以上に強かった。

共和党は経済を争点にしたが、本当に対策をしっかりと出したわけでもない。最低賃金を上げましょうと主張しているのは民主党。『共和党ならば、経済は大丈夫』というのはイメージにしか過ぎず、経済への不満が共和党への票にはつながらなかったのではないか。

下院では共和党が多数派になるが、今後のバイデン政権の運営は?

所得再分配に向けた政策、あるいは人種問題を是正する法律など共和党が嫌う政策が議会で成立する可能性はほぼ皆無になったと考えていい。共和党は逆に攻勢をかけて、今度はバイデン政権のスキャンダルを追及するような調査委員会を設置するのではないか。バイデン氏の息子ハンター氏の海外ビジネスに関する疑惑、あるいはアフガニスタンの撤退は一定の混乱を招いたので、なぜ拙速な撤退をしたのかなど、政権を攻撃するのではないか。そういう意味でバイデン政権にとってはかなり痛いし、議会下院を失ったコストは大きい。

基本的にはもう難しい。政治の中で一番重要なのは国内政治だが、自分がやりたいと思う政策は止まってしまう。例えば気候変動や所得再分配、教育の無償化という話は共和党側が止める。比較的、外交・安全保障は自分たちで動けるので、おそらく外交中心の政権運営になっていくのではないか。

バイデン氏は議会の経験が長く、動かし方や交渉の仕方を知っている。だからもちろん硬直はするけれども、全く何も動かないということはないのではないか。ただ、バイデン政権が実行しようとしている学生ローンの免除については、民主党支持者が多い大学生がますます民主党支持に傾くので、共和党は選挙を考えて阻止しようとするため、戦いは熾烈になると思う。

日米関係をはじめ、外交への影響は?

今の対日政策は超党派の性格を持つ。共和党の方が、日本との同盟関係を強化しようと考える人が多いので、大きな変化はないだろう。変化がありうるとすると、ウクライナに対する支援。議会下院の新しい議長候補の1人、マッカーシー氏は「白紙の小切手はもう切らないぞ」というような警告の発言をしている。アメリカは現在、国際秩序を守る側につくという点で、積極的にウクライナを守る立場だが、議会がどの程度協力するか。そのトーンが若干変わる可能性がある。

日米関係の基本路線は変わらないが、ウクライナの話がどうなるかが大きいかもしれない。これまでバイデン政権が国際協調で進めてきたウクライナ支援の路線が変わると、日本もちょっと分からなくなる。気候変動も前向きだったが、この前のCOP27の演説でもこれからのことは言えなかった。おそらく議会下院がすべて止めるからだ。日本も状況が変わるかもしれない。

「COP27」で演説するバイデン大統領(2022年11月)

日米関係はあまり変わらない。今の地政学的にいうと、日本をないがしろにすることはないと思う。例えば、バイデン政権が誕生し、中国への対応が変わるかと思ったが、何も変わらなかった。軍の内部など、政党が変わっても変わらないところで明らかなインテリジェンスがあって対抗しなければいけないというのがあると思う。ただ、何でアメリカばかり軍事費を使わなければならないのかという主張はオバマ政権時代から出ている。日本がもっと役割を果たしてほしいともっと強く言ってくる可能性は十分にある。

2024年の大統領選挙に向けて共和党ではどんな動きが出てくるか?

よくも悪くもトランプ氏が共和党の候補者選びの中心に居続けるだろう。ただ共和党で、これまでトランプ氏を支持してきた人たちの中にも「トランプ氏はまずいのではないか」という意見が目立つようになった。共和党支持者を依然としてがっちりとつかんでいることは間違いないが、立ちはだかる候補者が出てこないともかぎらない。
今後、トランプ氏の自宅から最高機密を含む複数の機密文書が見つかった問題などで、トランプ氏に対する捜査が進む可能性がある。捜査が決定的な段階になると、支持も少し落ちてくる可能性もある。トランプ氏を取り巻く状況は決して楽観できるものではない。とはいえ、一種の宗教の教祖のようで、トランプ信者がたくさんいるので、外から見ているよりは支持は強いのではないか。

捜索を受けたトランプ氏の自宅「マー・アー・ラゴ」(フロリダ州)

FOXニュースなども「もうトランプ氏ではない」と言っているが、共和党の候補者を選ぶ段階になったらどうだろうか。トランプ氏が大統領選挙に出る出ないと言っていた2015年もこんな感じだった。彼には減税や規制緩和をした実績がある。
「もうフロリダ州知事のデサンティス氏だ」という動きになる中、トランプ氏はそれをつぶさないといけないと思っているだろう。人々は若い成長物語を見たい。デサンティス氏はまさにそれに当てはまっていて勝機はあるが、まだトランプ氏優位に見える。

今の雰囲気を見ると、トランプ氏でないと自分たちの不満を解放できないと思ってる人たちは明らかにいる。ただトランプ氏が出たとしても共和党は一枚岩になれないからすごく難しい。
中間選挙の前まではトランプ氏にお金が集まる構図だったが、今回の結果でそこが崩れると、ほかの候補者が出てきやすいというのはある。2年後に向けた候補者選びでもトランプ氏を中心に動かざるをえない。“トランプ対反トランプ”で共和党の中で何が起きていくかが注目点だ。

トランプ氏以外の共和党の大統領候補は?

例えばペンス前副大統領。また有力とみられているのがデサンティス氏。トランプ的なところもあるが、最近はトランプ氏と一線を画していて、周囲の期待も大きいのではないか。当面は“トランプ対デサンティス”が軸になるのではないか。

フロリダ州 デサンティス知事

デサンティス氏が動くなら、ペンス氏も出てくるだろう。またメリーランド州のホーガン知事やチェイニー下院議員。さらにはバージニア州のヤンキン知事やニューハンプシャー州のスヌヌ知事。逆にヘイリー元国連大使やポンペイオ前国務長官はトランプ氏とけんかになるので、出にくくなった。

ペンス前副大統領

みんなが注目してる州知事はデサンティス氏とヤンキン氏。ペンス氏とポンペイオ氏はすでに選挙運動を始めている。デサンティス氏は共和党で生き残っていくことを考えるとペンス氏とポンペイオ氏に対抗したほうがいいのかどうか、またトランプ氏も敵に回すことになるため、出ない可能性もある。

大統領選挙に向けた民主党の動きは? バイデン大統領以外の候補者は?

バイデン氏が2期目への立候補を正式に表明するかどうかが軸になる。民主党の悩みは年齢だ。言い間違いなどもかなり多いという不安もある。また、バイデン氏に取って代わる次の候補者がいるわけではない。バイデン氏が立候補を見送った場合は非常に混乱が予想される。ハリス副大統領があまり人気がないというのも原因だ。今回再選されたカリフォルニア州のニューサム知事は多くの期待を集めている。ただ彼もバイデン氏が出る場合は出ないということをほのめかしていて、バイデン氏に挑戦するまでの考えではないようだ。

カリフォルニア州 ニューサム知事

トランプ氏が出るなら、バイデン氏もいいのではないかというムードがある。ただ年齢は80歳。若い人となると、ハリス副大統領がいるが、いまひとつ求心力にかける。あとブティジェッジ運輸長官もリーダーシップをとれていない。ほかには、ニューサム氏。そして前回も候補者争いをした左派のサンダース上院議員。あとはこちらも左派の若手オカシオ・コルテス下院議員の可能性もある。

左から ハリス副大統領 サンダース上院議員 オカシオ・コルテス下院議員

バイデン氏が立候補する感じになっているが、もう高齢だ。本当にバイデン氏でいくのか、ほかの人が出てくるかはポイントだ。ニューサム氏が注目されているほか、今度、議会下院のリーダーになるといわれているジェフリーズ氏も注目を集める可能性がある。後継者が育っていないが、すい星のように現れるのが民主党だ。

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