
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で、いま、世界が注視するザポリージャ原子力発電所。
稼働中の原発が武力攻撃を受けるという、史上初めての事態に直面しています。
そもそも、ザポリージャ原発とはどんな場所なのか。
いま、どんな危険が迫っているのか。
これまでに分かっていることをまとめました。
国際部記者 野原直路
科学文化部記者 橋口和門 長谷川拓
ザポリージャ原発って?

ザポリージャ原子力発電所は、ウクライナ南東部のザポリージャ州に立地し、原子炉が6基ある、ヨーロッパ最大級の原発です。
ウクライナの原子力発電公社、エネルゴアトムが運営し、すべての原子炉が同時に稼働すれば、その総出力は600万キロワットと、世界でも有数の規模になります。

日本原子力産業協会によりますと、6基の原子炉はいずれも旧ソビエトで開発された「VVER」と呼ばれるタイプで、ロシアや東ヨーロッパの国などで現在も稼働しているロシア型の「加圧水型」原発です。
「加圧水型」は、高い圧力を加えて原子炉内部の水を高温にし、別の配管を流れる水に熱を伝えて蒸気を作り、タービンを回して発電します。
もっとも古い1号機が営業運転を始めたのが1985年で、最新の6号機の運転開始が1996年です。
原発敷地内にはなにがある?
敷地内には、原子炉のほかにも、使用済みの核燃料を貯蔵する施設や、放射性廃棄物を取り扱う施設などもあります。

エネルゴアトムの資料をもとに、敷地内の施設の配置を詳しく見ていきます。
赤い線で囲っているのが原子炉がある建物とタービンがある建物です。6基がおよそ100メートル間隔でほぼ南北に一列に並んでいます。
8月下旬の時点では、2基が運転中です。
(※9月1日に、このうちの1基が緊急停止しました)
敷地内の北東、赤い線の囲いの右端にある6号機からおよそ200メートルの場所には使用済み核燃料を貯蔵する施設があります(緑の線の囲い)。使用済み核燃料は、「キャスク」と呼ばれるコンクリート製の容器に入れられ、屋外で保管されています。
日本原子力産業協会によりますと8月時点で174基のキャスクにおよそ4000体の使用済み核燃料が保管されているということです。
原子炉建屋の東側100メートルには、放射性廃棄物を取り扱う施設が2棟あります(青い線の囲い)。
IAEA=国際原子力機関によりますと、8月下旬の砲撃では、この施設が被害を受け、人工衛星の画像からも、屋根に砲撃で空いたとみられる穴が確認されています。
ザポリージャ原発には、750キロボルトの高圧送電線が4系統、つながっています。敷地の南側には、これらの送電線と発電所をつなぐ変電所が設置されています(紫の線の囲い)。
このほか、敷地内には管理棟や訓練用の建物など様々な施設があります。
これまで何が起きた?

ロシア軍がザポリージャ原発を掌握したのは3月4日。当時、攻撃を受けた原発の敷地では火災が発生し、さらには戦車などがバリケードを破って侵入しました。
それ以降もロシア軍による掌握が続いていましたが、特に8月に入ってからは攻撃が相次いでいて、ウクライナとロシア側が互いに、相手による攻撃だと主張しています。
こうした中、8月25日には原子炉の冷却などに必要な外部電源が一時的に失われる事態になりました。
エネルゴアトムは、ロシア側の行動で生じた火災によって、4系統ある送電線のうち無事に残っていた1系統が切断されたことが原因だとしています。
ゼレンスキー大統領は、この際は非常用ディーゼル発電機が直ちに稼働したため、原子炉の冷却機能がかろうじて維持できたとしています。
ただ、「再び送電網が切断されるなどの事態になれば危険にさらされる」と述べ、ロシア軍が原発から撤退しない限りは、危険が去る訳ではないと訴えました。
なぜ原発を占拠?
ロシア軍はなぜ、原発を占拠してるのか。
ウクライナや欧米側は、主に2つの理由を挙げています。
①「原発を盾に攻撃か」
エネルゴアトムのコティン総裁は、NHKの取材に対し、ロシア軍が原発の敷地にミサイル発射装置などを持ち込み、原発を盾にして、ウクライナの町を攻撃していると訴えました。
これに先だってエネルゴアトムは、原発の敷地内には500人以上のロシア軍兵士や軍用車両が配置されているとも指摘。
ロイター通信が配信した、ザポリージャ原発の建物で撮影されたとする映像でも、ロシアの軍事侵攻のシンボルとなっている「Z」の文字が書かれた、ロシア側のものとみられる車両が確認できます。
また、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は、
「ロシア軍は『核の盾』として原発を利用している。原子力事故に対する欧米の恐怖心をあおり、ウクライナへの軍事支援を行う意欲を低下させようとしている」
とも指摘しています。
原発を盾として利用することで、ロシア軍は軍事侵攻を優位に進めようとしているのではないかと批判されています。
②「送電網の掌握狙う?」
もう1つ指摘されている理由が「電力の確保」です。
IAEAなどによりますと、ザポリージャ原発は、それだけでウクライナの総電力の2割をまかなうことができる大規模な原発です。
エネルゴアトムのコティン総裁は、ロシア軍が現在のウクライナの送電網を遮断し、ロシアが一方的に併合した南部クリミアへの電力の供給を計画しているという見方を示しました。
また、アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは8月14日付けの電子版の記事で、ザポリージャ原発の職員の話として
「ロシア国営の原子力企業ロスアトムの技術者が、電力を占領した地域に回すことについて議論していた」
という証言を伝えています。
何が危険?
核燃料は、冷却し続けなければ温度が上昇し続け、メルトダウンや水素爆発につながる恐れがあります。
8月25日に原発付近で起きた火災では、冷却に必要な外部電源を一時喪失する事態になりましたが、もし非常用ディーゼル発電機などの代わりの機材も損傷した場合は、原子炉の冷却ができずに、重大な事故につながりかねません。
また、使用済み核燃料や放射性廃棄物を取り扱う施設が大きく損傷した場合も、周辺に汚染が広がる恐れが専門家から指摘されています。
ウクライナ気象当局の放射線監視部門の幹部は、NHKの取材に対して、気象条件や事故の規模によっては、放射性物質がウクライナだけでなく、ヨーロッパやロシアにも広がる可能性があると指摘。
さらに、原発の敷地を含む広い範囲をロシア軍が掌握しているために、もしトラブルや事故があっても、ウクライナ当局が住民の避難を円滑に行えない恐れがあると懸念を表しました。
IAEAの視察、事態打開できるか

原発の安全性に懸念が深まる中、IAEAの専門家チームは9月1日、ザポリージャ原発に到着しました。
しかし、ウクライナの気象当局の放射線監視部門の幹部は、「短期間の訪問では問題の解決はできない」と指摘しています。
原発で何が起きているのかを調査し、安全を確保するためにも、一過性の視察ではなく、長期にわたり現場で活動を継続すべきだと訴えました。
また、原発に対する攻撃への対策に詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長は、次のように述べ、客観的な現状の把握が重要だと指摘しています。

「ザポリージャ原発そのものがロシア軍の軍事要塞化しているという報道もあり、制約の多い中での調査になると思うが、原子炉建屋だけでなく、冷却系統の施設がしっかり機能しているか、核物質がしっかり管理されているかなどを把握する必要があるし、周辺の放射線量がどうなっているか客観的な機関が測定することは非常に重要だ。
また、職員はロシア軍の管理下で仕事をしている可能性が高く、精神的なプレッシャーは相当なものだと思うので、心身の疲労や健康状況を把握する必要がある」
その上で、次のように訴えています。
「原発を冷却する機能を維持し続けるために、当事国だけでなく、第三者の客観的な機関が入って運営していくことが必要になってきている。できれば調査だけでなく、IAEAの調査官などが常駐することが必要だ。
非常に危険な戦闘地域ではあるが、ウクライナとロシア双方で合意を得て、スタッフに危害を与えない担保を取った上でスタッフを常駐させ、常に客観的に状況を把握して、データを送信できるようにする必要があると思う」
補足:「原発大国」ウクライナ

ウクライナにある原発は、建設中のものをのぞき15基。IAEAによりますと、2021年の時点でウクライナの電力に占める原子力の割合は55%で、フランスに次ぐ世界2位です。
原子力の発電量も世界7位で、9位の日本を上回り、「原発大国」だと言えます。
日本原子力産業協会によりますと、15基の原発はすべてロシア製で、もともとは核燃料もロシアから調達していました。
しかし、2014年に南部のクリミアが一方的にロシアに併合されて以降、ウクライナは核燃料の調達先の多様化を図り、現在はアメリカの企業からも燃料を購入しています。