2022年7月13日
サウジアラビア イスラエル バイデン大統領 アメリカ 中東

アメリカ バイデン大統領 なぜいま中東訪問? 思惑は?

「悪い選択肢しかない」。
アメリカのバイデン大統領が今週、サウジアラビアを訪問することについてアメリカのメディアはこう報じました。
なぜ「悪い選択肢しかない」のでしょうか?
にもかかわらず、なぜ訪問に踏み切るのでしょうか?

各地で取材する記者たちがわかりやすく解説します。

(ワシントン 辻浩平・ドバイ 山尾和宏・エルサレム 曽我太一)

バイデン大統領はなぜ中東を訪問するの?

バイデン大統領は7月13日から16日にかけて就任以来初めて中東を訪問します。最も注目されているのは世界有数の産油国、サウジアラビアへの訪問です。

ねらいの1つは、産油国に原油の生産を増やしてもらうよう呼びかけることです。

なぜかというと、ロシアによるウクライナへの侵攻などを背景に原油の価格が世界的に高騰した状態が続いているからです。

アメリカでもガソリン価格が記録的な高値となり、車社会の国民生活に深刻な打撃を与えています。ことし11月に中間選挙を控える中、原油の増産でガソリンを安くして、国民の最大の関心となっているインフレを抑えたいねらいがあります。

なぜ「悪い選択肢」しかないの?

原油価格を抑えるために産油国に生産を増やしてもらうのは、自然なことのように思えます。
なぜこれが「悪い選択肢」なのでしょうか。

主な理由は2つです。

1つは今回の訪問でガソリン価格を引き下げるほどの増産につなげられるかどうかは不透明だからです。アメリカのシンクタンク、ブルッキングス研究所のサマンサ・グロス研究員は次のように説明します。

ブルッキングス研究所 サマンサ・グロス研究員
「中東の産油国の増産だけでウクライナ情勢を受けたロシア産の原油の影響の分を補うのは難しいだろう。さらに産油国は原油の高騰で潤っているために増産の動機は生まれにくい」

グロス研究員は、訪問しても成果が得られなければ「弱い大統領」と見られるリスクを負うと指摘しています。

もう1つの理由は、人権状況をめぐる対立です。バイデン大統領はこれまでサウジアラビアの人権状況に厳しい目を向け、サウジアラビアを世界の「のけもの」にするとまで発言してきました。

長年、強固な関係にあったサウジアラビアをなぜそこまで批判してきたのか。そのきっかけは4年前のある出来事までさかのぼります。

サウジアラビア政府に批判的だったジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコにあるサウジアラビア総領事館で殺害された事件です。捜査したトルコ政府は遺体はバラバラに切断されたと発表するなど衝撃をもたらしました。

サウジアラビア ムハンマド皇太子

アメリカ政府はその後、サウジアラビアのムハンマド皇太子が計画を承認したとする報告書を発表。サウジアラビア政府は、一貫して皇太子の関与を否定しましたが、両国の関係は冷え込んでいきました。

そんな中でサウジアラビアを訪問するとなれば、バイデン大統領は「原油を得るために人権問題を棚上げした」と批判されかねません。

ただ、バイデン大統領にしてみれば、こうした批判は覚悟の上です。ガソリン価格の高騰などで支持率低迷に悩むだけに、背に腹は代えられない苦しい状況なのです。

産油国は増産するの?

バイデン大統領は訪問先でサウジアラビアやUAE=アラブ首長国連邦、それにクウェートなどの産油国に対して増産を呼びかける予定です。

ただ、産油国側からすれば、アメリカの要請とは言え、原油需要を読み間違えて、原油価格の暴落だけは避けなければならず、増産については慎重に判断するものとみられます。先ほどのグロス研究員の指摘にもあったとおり、産油国にとって価格が高騰している現状は国家歳入が増えるだけに悪い話ではないからです。

カギを握るのはサウジアラビアの意向です。その理由は、サウジアラビアが世界最大の原油輸出国であるからだけでなく、「OPECプラス」と呼ばれる、主な産油国による生産調整グループを主導する立場にあるからです。

サウジアラビアとしては、消費国が原油価格の高騰で苦しむ今こそ、産油国としての強みを生かして、外交交渉で有利に立ち、国内の人権問題への批判を封じこめ、自国が進める外国企業の誘致や脱石油の取り組みで、協力を取り付けたい思惑もあります。サウジアラビアが、原油の増産と自国の思惑をどう天秤にかけていくか、その対応が注目されそうです。

ほかには中東のどこを訪問する?

イスラエルにも行きます。

アメリカは1948年にイスラエルが建国された際に、最初に国家として承認して以来、政権が民主党であろうと、共和党であろうと、イスラエルと強い同盟関係にあります。

エルサレムにはイスラエルとアメリカの国旗が掲げられ歓迎ムード

そんなイスラエルへの訪問の目的について、バイデン大統領は「イスラエルの地域への統合を進めるためだ」と説明しました。どういう意味なのでしょうか?

これは一言で言えば中東で影響力を拡大させるイランに対抗するためにイスラエルとアラブ諸国の関係を強化するということです。

イスラエルはすでに2020年以降、長年対立してきたアラブ諸国のUAE=アラブ首長国連邦やバーレーンなどと国交を正常化していますが、今後最大の課題とも言えるのが、サウジアラビアとの将来的な国交正常化です。

バイデン大統領は何をしようとしている?

イスラエルとサウジアラビアの間を取り持とうとしています。

サウジアラビアは「アラブの盟主」とも言われ、湾岸地域を含む中東地域において経済的にも地政学的にも大きな影響力を持っています。イスラエルとしても、UAEやバーレーンに加え、サウジアラビアとも関係を改善できれば、敵対するイランに対する包囲網を築くことができると考えているのです。

すでに包囲網の構築に向けた動きは水面下で着々と進んでいるとみられ、イスラエルのガンツ国防相は6月、中東のほかの国と防衛面での協力を模索する“防空同盟構想”を進めていることを明らかにしました。

構想の詳細は明らかにされていませんが、バイデン大統領の訪問がこうした動きにどのような影響を与えるのかが焦点です。

マーティン・インディク 元駐イスラエル アメリカ大使

アメリカの駐イスラエル大使を2度務め、オバマ政権で中東担当特使も務めたマーティン・インディク氏は、イランに対処するために、イスラエルとサウジアラビアを含むアラブ各国とが関係を強化していくことはアメリカにとって重要だと指摘しています。

マーティン・インディク氏
「バイデン政権が中国とロシアに注力せざるを得ない状況で、中東ではこれまでのようにアメリカが中心的な役割を果たせない。台頭するイランに対処するために同盟関係にある国や友好国の力を借りる必要がある」

仲介がイスラエル・パレスチナに与える影響は?

“アラブの盟主”サウジアラビアは、同じアラブの同胞であるパレスチナについて「パレスチナ問題の解決なくしてイスラエルとの国交正常化なし」というスタンスを取ってきました。

ただ、イランの台頭など、めまぐるしく国際情勢が変化し、アラブ諸国が次々とイスラエルと国交正常化するなかで、パレスチナ問題は置き去りにされているのが現実です。

バイデン大統領は今回、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長とも会談をする予定です。

イスラエル国家安全保障研究所 ヨエル・グザンスキー上級研究員

イスラエル政府の国家安全保障会議のメンバーも務めた専門家ヨエル・グザンスキー氏は、「バイデン大統領としては、イスラエルの望み通り、サウジアラビアとの仲介など中東地域における協力をサポートして、イランにさらなる圧力をかける代わりに、イスラエルに対し、パレスチナ問題にもっと取り組めと迫るだろう。これはトレードオフの関係だ」とも指摘しています。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻による影響や、対イラン政策といった喫緊の課題の影には隠れてしまいますが、今回の訪問が、トランプ前大統領による極端なまでの親イスラエル政策によって深く傷ついたアメリカとパレスチナの関係を改善するきっかけになるのかも注目されているのです。  

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