2023年4月28日
気候変動 スーダン アフリカ

「スーダンを忘れないで」現地で小麦の研究に携わる男性の願い

「スーダンで今、一番困っているのは現地で暮らし、逃げる場所のない人たちです」

こう語るのは、鳥取大学の辻本壽教授です。

農業プロジェクトのため訪れていたスーダンから帰国したのはことし3月。
このあと、現地では軍と準軍事組織の「RSF」との間で激しい戦闘が発生しました。

今、現地のプロジェクト関係者とも連絡が取れなくなるなか、辻本さんはこう訴えます。

「人々が平和な暮らしを取り戻すその日まで、スーダンのことを忘れないでほしい」

(国際部記者 小島明)

スーダンでの農業プロジェクトとは

乾燥地での農業について研究をしている鳥取大学の辻本壽教授などのグループが、2018年から行っています。辻本さんたちが目指すのは「暑さに強い」小麦の品種改良の研究です。

鳥取大学 辻本壽教授

スーダンは、ナイル川の水を利用した大規模潅漑による農業が盛んです。なかでも、小麦はアフリカ諸国でも有数の産地で、地域の「パンかご」と呼ばれたこともありました。

しかし、ここ最近、人口の急増と都市化の影響で、小麦の需要は高まる一方です。スーダンの人口はこの半世紀で4倍以上に増え、今後も増え続けることが予想されています。人々の食生活も変わりました。伝統的に食べられてきた種類の穀物から、小麦を使うパンを好む人が増えているのです。

年間を通して高温で乾燥が続くスーダン。実は、小麦を栽培する環境としては「世界で最も過酷」とも呼ばれています。プロジェクトでは、そのスーダンで最も適した小麦の研究が続けられていました。

スーダンの実験用の小麦畑

辻本さんの信念 “現地の人の立場で”

まとまった収穫量が得られる小麦の品種を作り出すことがスーダンの未来につながる。

辻本さんは他の研究機関と一緒に、高温に強い小麦と野生種をかけ合わせるなどして、新たな品種を作りだそうと試行錯誤を繰り返してきました。

また、こうした品種改良には通常10年以上の歳月がかかるため、辻本さんのグループでは、効率的な育て方の普及も行ってきました。最先端の農機具や技術を導入するのではなく、現地のモデル地区の農家の声を丁寧に聞きながら、指導員を通じて栽培方法を伝えてきました。

「研究者が最善だと思う最新の技術を導入しても、地元の人に受け入れられなければそれは最善とはいえない」

辻本さんが常に意識している信念です。

何よりも現地で暮らす人々のことを考える。こうした辻本さんの姿勢は、現地の人々にも受け入れられてきました。

緊迫する情勢 まさかこんなことに

辻本さんは、戦闘が始まる前の2023年2月から3月にかけてスーダンを訪れていました。
現地を訪問したのは3年ぶりでした。

実験用の小麦畑 (2023年2月撮影)

辻本さんは、実験用の小麦畑のほか、改良された小麦を実際に育てている畑を視察。今シーズンはたくさんの小麦が実り、収穫を待っていたといいます。

その時の様子はどうだったのか。そして、今、何を思い、私たちはどうすればいいのか、辻本さんに改めて、聞きました。

-改良された小麦が順調に成長していた?

鳥取大学 辻本壽教授

「気候のおかげもあるでしょうが、今シーズンは例年になく豊作で、順調だ、とてもうまくいっているという手応えがありました。現地の人にも歓待を受け、役に立てているなと感じ、帰国しました。まさか、こんなことが起きるなんて思っていませんでした」

気がかりなのは…

軍事衝突が始まってから、当初は現地の関係者と連絡が取れていたものの、その後連絡が取れていません。

それに自分たちを受け入れ、一緒に小麦の栽培に励んでくれていた農家の人たちは無事なのか。

また、長年、鳥取大学でスーダンの研究者の育成も行ってきた辻本さん。「母国のために」と頑張ってきた教え子たちが衝突に巻き込まれていないか、心配は尽きません。

現地の農家や教え子と(2023年 2月撮影)

そして、彼らの安否とともに気にかかるのが「小麦」の状態です。

辻本さんによると、現地での小麦の収穫自体は終えているとみられますが、各地の詳しい状況は分からないといいます。

さらに収穫された小麦の種は、今後の研究にとって重要です。

辻本壽教授

「SNSで『スーダンの1日も早い平穏を祈る』と投稿したところ、かつて教えた学生たちからは全員ではないですが『いいね』などの反応があったので、大丈夫なのかなと思っています。
ただ、とても心配しています。そして、各地で収穫されたであろう小麦が今後どうなるのかもとても心配です。現地が混乱状態にあるなか、流通は極めて厳しいと思います。
そうすると、衝突が落ち着いたとしても、小麦が値上がりしたり、不足したりして、人々の暮らしがさらに脅かされる可能性もあり、懸念しています」

遠くの「ひと事」にしないで

辻本さんのプロジェクトが、今、どのような状態で、今後どうなるのか、現時点ではわかりません。

このプロジェクトの目的は、スーダンの食料事情の改善だけではありません。

気候変動の影響が懸念される中、世界で最も過酷とされるスーダンの生育環境で小麦の生産ができることや、食料を自力で確保できることは、世界にとってとても重要だと、辻本さんは考えています。

だからこそ、今、スーダンで起きていることを「ひと事」と思わないでほしい。辻本さんは力を込めて、そう訴えています。

辻本壽教授
「私たちが関わってきた人々は逃げ場のない、現地で暮らしていくしかない地元の人たちです。
そうした人たちが食に困らないよう手助けをしたいと、研究を続けてきました。安全の確保ができない以上、今、外国人がスーダンから退避していることやプロジェクトが止まってしまうことは仕方がないことだと思います。
ですが、情勢が落ち着いたら、少しでも早くプロジェクトを再開していきたいです。こうした思いは、現地に何らかの形で関わってきた多くの人が持っていると思います。
外国人の退避ができたからいいわけではありません。衝突の行方やスーダンの人々について、ひと事ではなく、多くの人に関心を持ち続けてほしいです」

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る