2023年4月7日
IT ウクライナ ロシア

ロシアが仕掛ける偽情報 攻防の最前線は

ブランド品に身を包んだウクライナのゼレンスキー大統領の妻。

実はこれは別の人の写真から顔をすり替えてねつ造されたフェイク画像です。

軍事侵攻が始まってから急増したとされる偽情報。

ロシア側はどのように拡散しているのか?

ウクライナ側はどう備えているのか?

サイバー空間で繰り広げられる“情報戦”の最前線を訪ねました。

(ウクライナ現地取材班 吉元明訓)

潜入 ウクライナの偽情報対策の拠点

ウクライナの首都キーウ中心部にある、一般の企業も入居しているごく普通のオフィスビル。

案内されて上の階にあがると、1つだけ、ふちに黄色と黒色の斜線が入った重厚そうな銀色の扉が見えました。その扉を担当者が開け、視界に入ってきたのは、灰色を基調とした目立たない色使いの空間に机とパソコンがならんだ簡素な部屋でした。

引っ越ししたばかりのIT企業のオフィスのような場所に、偽情報(※)に対応するウクライナの中枢機能がありました。

ウクライナの国家安全保障・国防会議のもとに設置された「偽情報対策センター」です。

日本のメディアに取材許可が出るのは今回が初めて。センターの詳しい場所や職員の顔を明かさない条件で、取材に応じました。

「偽情報」
意図的に作成、提示、拡散された虚偽、不正確、または誤解を招く情報のこと。

ブランド品に身を包んだ大統領の妻?

「偽情報対策センター」の役割は、インターネット上で一定の発信力をもつロシアや親ロシア派のインフルエンサーなどがSNSなどで発信する偽情報を分析し、国家安全保障・国防会議に報告することです。

職員はおよそ50人。分析は「デジタルネイティブ」として日常的にSNSを使いこなす20代が中心を担っています。

案内してくれたセンターの幹部、アナイト・ホペリヤさんは早速、ロシア側の偽情報だとする事例を紹介しました。

こちらは一見、ブランド品に身を包んだゼレンスキー大統領の妻、オレーナ氏の画像です。

しかし、実際は別の人物の写真をねつ造したものです。

“ウクライナは腐敗した国で欧米の支援を浪費している” そんなイメージを広げ、ウクライナ支援の機運をそぐのが狙いで拡散されたとみられます。

分析官は複数の種類のSNSを監視し、独自のソフトウエアを使うなどして分析して、こうした偽情報を特定しているということですが、詳細は明かせないとしています。

脅威だとみなした情報については種類や内容別に分類。例えば1月15日までの1週間の統計では事実をゆがめる「情報操作」が6割、でっちあげだとする「フェイクメッセージ」が3割を占めたといいます。

ウクライナ偽情報対策センター 幹部 アナイト・ホペリヤさん
「ウクライナ軍は無能であるという俗説は、偽情報の中でも常に高い割合を占めています。私たちは治安機関とも連携して、偽情報がいつ、どこから始まるのか、どのようにひろまっているのか、それにより相手が何をしようとしているのか、という偽情報の全体像を明らかにしようとしているのです」

ねらいは“大混乱”

センター設立のきっかけとなったのは、2014年のロシアによる一方的なクリミアの併合だといいます。

ウクライナでは、このとき、ロシアが通常の兵器に偽情報なども組み合わせた、いわゆる“ハイブリッド戦争”を仕掛け、その目的を達成したと分析しています。

このときの経験を踏まえ、センターはロシア側の情報工作に対抗するため2021年に設立され、ロシアによる軍事侵攻が始まる3か月前に本格的に業務を始めました。

ロシア ゲラシモフ参謀総長 (2022年12月)

ウクライナがロシア側の情報工作の中核にあるとみているのが、2023年1月、軍事侵攻の指揮をとる総司令官に任命されたゲラシモフ参謀総長が2013年に発表した軍事戦略です。

この戦略では新たな時代の戦争では軍事力よりも非軍事力の割合が大きく、中でも情報戦は相手国を弱体化させることができるとしてその重要性を強調しています。

偽情報対策センター ホペリヤさん
「ロシアの偽情報は非情です。ロシアのねらいは大混乱を生み出すことなのです。私たちは敵を過小評価することはできません。偽情報を発信するために彼らは小さなチームではなく多くの人員を抱えているのです」

見えてきたロシア側の手口

センターは、これまでの分析で、ロシア側がよく使う手口を確認してきたといいます。

その1つは、センターが『強制的な翻訳』と呼ぶ手口です。
英語の記事を読めない人をターゲットに、イギリスの公共放送BBCやアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズなどの英語の記事の内容を勝手に意味をねじ曲げて翻訳し、SNSなどで発信するといいます。

もう1つは、センターが『情報アリバイ』と呼ぶ手口です。
センターによりますと、例えばロシア側が攻撃をする前に、『ウクライナが攻撃を行うつもりだ』とSNSに投稿します。そして、ロシア側が実行したにも関わらず、攻撃のあとに『言ったとおりになっただろう』などと指摘して、情報操作を行おうとする手法だといいます。

追跡“ゼレンスキーはブラックホール”

センターが特に注目しているのは、ロシア側が戦略的に大規模に仕掛けているとみられる偽情報のキャンペーンです。

1つの事例として紹介されたのは、“ゼレンスキーは西側から金を吸い取るブラックホール”だという俗説を広げようとする、ロシア側の情報工作です。

センターの分析からは、SNSの情報空間で広めたい俗説が浸透するまでに長い準備期間があり、その後、フェイク画像や動画などを使って一気に拡散を試みようとする手口が見えてきました。

まずは、キーワードの拡散です。あるとき、ロシアの治安機関とのつながりが深いとされるSNSのチャンネルに“ブラックホール”という単語が登場しました。

ロシアに近いインフルエンサーたちがSNSなどで“ブラックホール”という言葉を広めていきます。

4か月近くかけてこのキーワードが浸透したところでフェイク画像が拡散され始めます。
この時期に拡散した画像の1つです。

紙幣や戦車などを吸い込むゼレンスキー大統領が描かれ、実在するドイツの風刺雑誌の表紙に見えますが、これはフェイク画像です。

(左)実際の雑誌の表紙 (右)フェイク画像

同じ時期に、実在する雑誌の表紙に見せかけたフェイク画像をあわせて4種類、確認したということですが、機械的に投稿するツイッターなどのボットアカウントから同時に大量に発信されたため、元の出どころを特定するのは困難だったといいます。

こちらは、アメリカの報道機関が発信したニューヨークの中心部タイムズスクエアの画像です。電子掲示板にアメリカの博物館の広告が表示されています。

ところが、これをねつ造された画像がインターネットに出回りました。ゼレンスキー大統領の顔写真の隣には「ブラックホール」という単語が表示されていました。

この画像はイギリスやバングラデシュにあるロシア大使館のツイッターのアカウントから拡散されたと分析しています。

このフェイク画像はセンターが早い段階で発見し、もとの画像を発信したアメリカの報道機関に削除への協力を呼びかけたことで、拡散をある程度、抑え込むことができたといいます。

このキャンペーンは半年かけて行われ、各コンテンツの総閲覧数は600万回に上ったと分析しています。

センターによりますと、こうした偽情報のキャンペーンは去年1年間だけで250件以上もあったといいます。

ロシアの狙いは“欧米諸国”

ウクライナ国内に配信される偽情報はブロックするなどして対応しているものの、国外で出回る偽情報については直接の関与ができず、情報の拡散をどう抑えるかが課題だとしています。

ウクライナ偽情報対策センター幹部 アナイト・ホペリヤさん
「ウクライナでは偽情報に対する免疫がある程度できてきました。ただ、ロシアは欧米諸国を主なターゲットにしています。国内向けの偽情報は対応できますが、欧米諸国に対しては打つ手が限られています。欧米などとの協力関係を構築していきたい」

“もっと早くに偽情報に取り組んでいれば・・・”

SNSで偽情報を拡散し、世論を誘導したり社会を混乱させたりするいわゆる「情報戦」の脅威は国際社会でも指摘されています。偽情報の対策に取り組むことにはどれだけの意義があるのか?

取材の最後に、最前線で指揮をとるホペリヤさんに尋ねました。

「戦争の前には常に、偽情報、情報工作があります」

そう言い切った上で、ホペリヤさんは1991年にウクライナが独立してから対策を進めていれば、9年前のクリミアの併合も去年からの軍事侵攻も起きなかったかもしれないと指摘しました。

偽情報対策センター ホペリヤさん
「偽情報への対策は明確に意義があります。もし私たちが、2021年ではなく、1991年のウクライナ独立後すぐにこの問題に取り組んでいれば、間違いなく今のような事態を招かずに済んだはずです。このことは、すべての国にとって重要なことです。もし、分断されているのではなく、安定した、まとまった国家でありたいなら、情報領域に常に取り組む必要があるのです」

私たちはどう向き合うのか?

SNSで発信される情報が増え続ける中、どう情報に接すればいいのか?ホペリヤさんは2つのアドバイスをくれました。

●1人1人が一般に公開されている情報の中でも信頼できるソースを見つけて、多角的に検証できるようになる“調査官”になること。

●感情をあおりたてる情報には注意。

私たちは、日常的に使うSNSで流れてくる情報に触れたとき、それが感情を揺さぶったり、驚いたりするものだと、つい瞬間的に、“いいね”や“シェア”をしたくなりがちです。

その小さな1つの動作が、自分の気づかぬ間に情報空間での世論に影響を与えかねないいま、情報への向き合い方がますます問われることになりそうです。

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