2023年3月29日
世界の食 経済 アメリカ

デンプンからアイス?その秘密とは

この夏、カラフルなパッケージにひかれ、何気なく購入したアイスクリーム。調べてみると、なんと牛乳が使われていない!?成分は100%植物由来なのに、普通のアイスクリームと変わらず滑らかな食感。

何でできているのか、取材してみると、原料はジャガイモなどに含まれる、あの「デンプン」。そして、製造するスタートアップ企業も普通のアイスクリームメーカーでないことが分かりました。その秘密のレシピに迫ります。

(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)
※この記事は2022年9月15日に公開したものです

牛乳は一切使っていません!

8月下旬、新入生の歓迎イベントが開かれている、カリフォルニア大学バークレー校を訪れると、ひときわ長い列ができていたのがアイスクリームのブース。

「無料のサンプルです、食べてみてください!1番人気のクッキー&バターです」

威勢のよい声にひかれてアイスをほおばる大学生たちに感想を聞いてみると…

「これ、おいしい!」、「とてもミルク感がある」と好評な様子です。

このアイスクリームを作るのは、アメリカ・カリフォルニア州のスタートアップ企業、エクリプスフーズ。

アイスの種類は、大学の歓迎イベントでも配られていたクッキー&バターに、ミントチップ、マンゴーパッションフルーツなどなど。

見た目も味も普通のアイスですが、牛乳は一切使われていません。

牛乳を使わない植物由来の“乳製品”は、豆乳やアーモンドミルク、オーツミルクがよく知られていますが、このアイスの成分の正体は「デンプン」

粉っぽいイメージのデンプンから、どうやって滑らかな食感のアイスを作っているのか?その秘密を探るべく、会社を訪ねました。

目指すのは“食のインフラ企業”

迎えてくれたのは、CEOのアイロン・ステインハートさんと、シェフのトーマス・ボーマンさんの創業者2人です。

アイロン・ステインハートさん(左)とトーマス・ボーマンさん(右)

ステインハートさんは、代替食品の業界団体に長年勤務していた起業家。

ボーマンさんはミシュランの星付きのレストランで働いた後、フードテック企業の開発部門で活躍していたシェフという異色の経歴を持っています。

2人はイベントで出会って意気投合し、3年前に会社を設立しました。

この会社、普通のアイスクリームメーカーではありません。

目指しているのは、デンプンを元にした植物由来の“乳製品”を世界で展開する、食のインフラ企業です。

エクリプスフーズ アイロン・ステインハート CEO

ステインハート CEO
「より持続可能で、健康的かつ倫理的な食のシステムを作るのが我々の使命です。これまでにもアーモンドミルクやオーツミルクを使った植物由来の代替乳製品は存在してきましたが、味や食感などが本物の乳製品と変わらない、置き換えても気付かれないレベルのものは存在しなかった。私たちはそれを目指しています」

気になる食感の秘密は…

特別に今開発しているという商品の開発現場を見せてもらいました。

シェフのボーマンさんがこの日作っていたのは、黒ごまのアイスと、抹茶のアイス。

日本の私たちになじみの深いフレーバーです。

使われていたのは、少しずつ色が異なる4種類のデンプン粉。

粉砂糖のように細かい粒子状になった、ジャガイモ、コーン、キャッサバ、菜の花のデンプンをブレンドし、糖分や水などと混ぜ合わせます。

混ぜる温度や時間、速度などは企業秘密。

水にもあらかじめ特別な加工がなされているのだと教えてくれました。

途中まで混ぜ合わせた段階で、脂肪分の働きを担うキャノーラ油やひまわり油を追加。

さらに混ぜ合わせるとできあがるのが、まだ味が付いていない、プレーンなアイスクリームのもとです。

これに、黒ごまや抹茶、果物やチョコレートなどを混ぜて味を付けていくというわけです。

エクリプスフーズ トーマス・ボーマン シェフ

ボーマン シェフ
「牛乳が何でできているのか、その成分を細かく調べました。カゼインたんぱく質など、牛乳に含まれているのと同じ働きができる成分を、さまざまな種類の植物の中から見つけ出すことに成功したんです。

たとえばキャッサバのデンプンは、植物性の脂肪分と反応させることで、バターの脂肪分のような感じになります。アイスがクリーミーな秘密は、カゼインたんぱく質を構成しているミセルという微細構造にありますが、それをデンプンを組み合わせることで生み出すことに成功し、植物由来とは気づかれない、クリーミーな食感のアイスを実現したんです」

できたての黒ごまアイスを私もさっそく試食。

商品化に限りなく近い段階まで開発が進んでいるとあって、いくらでも食べられてしまいそうなおいしさでした。

デンプンで作られていると言われなければ、全く気づかないレベルです。

低コスト&大量生産がカギ

ステインハートCEOの言う通り、植物由来のミルクを使った“乳製品”はこれまでにもあり、アーモンドミルクやオーツミルクなど牛乳の代わりとなる植物性ミルクの市場は、少しずつ拡大しています。

植物由来の代替食品の業界団体によると、アメリカでの2020年の売り上げは25億ドル(日本円で3600億円)と2年前に比べて27%増えました。

植物性代替食品の市場全体の35%を占めるまでになっています。

健康に配慮する人が増えたことや、乳製品のアレルギーがある人も味わえることなどが背景にあるとみられています。

スーパーの売り場に行くと、こうした植物由来のアイスはたくさん売られています。

では、デンプンでできたエクリプスフーズのアイスは、味や食感以外に何が違うのか?。

キーワードは「低コストと大量生産」です。

あるスーパーの売り場に行ってみると、エクリプスフーズの商品は5ドル99セント、そのすぐ隣に売っていたオーツミルクを使った別のアイスは6ドル99セントと1ドル高い。

さらに、別の乳製品不使用のアイスは、8ドル99セントで、3ドルも高いのです。

たとえば、オーツミルクの原料、オーツ麦は、主要な産地からの輸送費がどうしてもかかります。

一方、デンプンはさまざまな植物に含まれ、どこででも安く、簡単に手に入ります。

わざわざ原材料を運ばなくても低コストで大量生産できることが、このデンプンの強みなのです。

日本にも来るかも!

黒ごまアイスと抹茶アイスを開発中と知っては、この質問をしない訳にはいきません。

「日本に近い将来進出しますか?」とステインハートCEOに尋ねてみると、「今後ビジネスパートナーになりうる日本企業などとも会話をしていますし、アメリカのスタートアップの日本への進出を支援しているベンチャーキャピタルからも出資を受けていますので、もちろん可能性はあります」との答えが返ってきました。

それに、シェフのボーマンさんは大の日本好き。

オフィスにはほうじ茶や緑茶のペットボトルが常備され、部屋にはパチンコ台がインテリアとして置かれていました。

みなさんが日本のスーパーやコンビニで食べられるようになる日もそう遠くないかもしれません。

広がる植物由来“乳製品”

こうした植物由来の“乳製品”を作るスタートアップ、カリフォルニアにはほかにもあります。

パーフェクトデイという会社は、植物由来のミルクやクリームチーズなどを製造・販売。

微生物を活用した発酵技術で代替乳製品を作っています。

このクリームチーズを使っているというベーグルサンドも食べてみました。

言われなければ普通のクリームチーズとなんら変わりません。

これから先、全く気がつかないまま植物由来の乳製品を食べ、それが乳製品か代替か、もはや誰も気にすらしなくなる日が来るのではと思いました。

食料安全保障の問題も解決?

植物由来の代替食品に詳しい専門家は、植物性のたんぱく質でも、動物性のたんぱく質に限りなく近い栄養価を再現することができる可能性を秘めているとして、こうしたフードテック企業の台頭が、今後、食料安全保障の問題も解決できるゲームチェンジャーになる可能性も秘めていると指摘しています。

グッドフードインスティチュート プリエラ・パネスク博士

パネスク博士
「アーモンドやオーツのように1つの材料から植物由来の乳製品を作るのではない、フードテックのやり方は革新的です。代替たんぱく質の開発こそが、持続可能な農業を可能にし、それが食の安全保障につながっていくと強く信じています。

今後、消費者が広くこうした商品を手にとることができるために必要なのは、フードテック業界に対する開発への投資と政府などからの支援です」

取材を終えて

今回の取材で特に印象に残ったのが、デンプンのアイスを作るステインハートCEOの「秘伝のレシピがあるコカ・コーラのシロップみたいに、現地の工場で商品を生産する」ということばです。

それぞれの地域で利用可能な植物のデンプンを活用した共通のレシピで食品を作れれば、消費者の選択肢が大きく広がることにつながるかもしれません。

先端的なフードテック企業が集まるシリコンバレー。

ここで生まれた新たな“乳製品”がどこまで広がりを見せるのか、今後の展開から目が離せません。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る