2023年3月24日
世界の子ども スリランカ アジア

「お母さん、おなかがすいた…」痩せ細る子どもたち

子どもにおなかいっぱい食べさせてあげたい。

でも、大半の食品の価格が上がり、食事の回数も、量も、減らさなければならない。

子どもは栄養不足で、体調を崩すようになりました。

親として、当たり前のことをしてあげたいのに…

どうすることもできない現実に、母親は悔しさを募らせています。

朝礼で倒れる子ども

「前日から何も食べていないようで、空腹から気分が悪くなったそうです」

インド洋に浮かぶスリランカ。十分に食事をとることができていない子どもたちが相次いで報告されていると聞いて訪れた公立学校。教諭は、こう話しました。

校庭で行われていた朝礼中に意識を失いかけた女子生徒が室内に運ばれてきたのです。

日本の小学生から高校生にあたる児童と生徒、約350人が通うこの学校。

校長によると、去年2022年から十分に食事をとることができていないとみられる子どもたちが多く確認されるようになり、この女子生徒のように、体調不良を訴えるケースも少なくないといいます。

公立学校の校長

「子どもに朝食を与えることも難しい状況です。必要な栄養がないと、子どもたちの健康状態が悪化していきます」(校長)

突然急騰した食品の価格

子どもたちは、なぜ十分な食事をとることができていないのか?

話を聞かせてくれたのは、スリランカの特産品・紅茶の農園で働く、プシパムさん(39)です。7年前に夫を病気で亡くし、12歳と7歳になる子ども2人を、1人で育ててきました。

プシパムさん(中)と子どもたち

プシパムさんが暮らすのは、スリランカ中部の農村部。

貧困層が多く、紅茶農園での収入は月3000スリランカルピー、日本円にすると1000円ほどですが、親族からの支援も受けながら、これまではなんとか家計をやりくりできていたといいます。

しかし、去年、突然あらゆる食品の価格が大幅に上がり始めました。いったい何が起きているのか全くわからないまま、魚や卵、それに野菜と次々に価格が上がっていきました。

プシパムさんの収入では買うことができなくなり、豆類などの限られた食材で食事を作るほかありませんでした。

また、1日の食事の回数を3回から2回に減らし、量も減らさざるをえませんでした。

次第に元気をなくす子ども

「お母さん、おなかがすいたよ」

プシパムさんの長女のミトルシニちゃん(7)は、食事が減ったことで空腹を訴えるようになりました。

ミトルシニちゃん

当初は食べ物をねだることもありましたが、次第に元気をなくしていきました。

貧血やめまいを訴えるなど頻繁に体調を崩すようになり、去年は小学校を半分近くも欠席したといいます。

医者になるのが夢で、体調を崩す前は勉強が大好きだったというミトルシニちゃん。今はその夢を叶えるどころか、健康状態すら危ぶまれています。

母親のプシパムさんは娘を見つめながら、親として当たり前のことさえしてあげられない現実に、胸が押しつぶされそうになるといいます。

プシパムさん

「子どもにはちゃんと勉強して、立派な仕事に就いてもらいたいのです。私のように苦労せずに生きていってほしい。それが親としての唯一の願いです」

背景には何が?

スリランカは、インドの南に位置する人口が約2200万の島国。

スリランカの最大都市コロンボ

今、深刻な経済危機に陥っています。去年、前の政権によるインフラ整備のための借金が膨らんだところに、新型コロナウイルスによって観光客が激減したことなどが重なり、深刻な外貨不足に陥りました。

さらに、ウクライナ情勢が追い打ちをかけ、燃料や肥料など輸入品の価格が高騰。

このため多くの食品で、生産や輸送などにかかるコストが増加し、値上がりしているのです。

どれだけ高騰しているのか?

実際、最大都市コロンボにあるマーケットに行ってみると、さまざまな食品の価格が大幅に値上がりしていることがわかりました。

マーケットは多くの人でにぎわい、一見活気があるように見えましたが、訪れている市民からは現状への不安の声が聞かれました。

コロンボ市内のマーケット

「あまりにも食品の価格が高すぎます。生活を維持するのが困難です」(50代の男性)

国連世界食糧計画(WFP)も、2023年2月の報告書で、スリランカで全世帯の約3割が食料を安定的に得られておらず、1日の食事の回数を減らしたり、食事の量を少なくしたりしなければならない状況に追い込まれていると指摘しています。

7割以上の子どもたちが低体重?

こうした食料価格の高騰は、子どもたちの健康に深刻な影響を及ぼしかねない状況です。

冒頭の公立学校では、学校に通う子どもたち350人全員の健康状態を把握するため、身長と体重から割り出す指標、BMIを独自に調査。

すると、世界保健機関(WHO)が定める「低体重(※)」の基準より、BMIの指数が下回った子どもが75%に上りました。

また「低体重」にあたる子どもの割合は、前の年の同じ時期に比べて30ポイントも増加していることもわかりました。

この学校に通う9歳の女の子は、好きな物を食べられなくなったと悲しそうな表情で明かしてくれました。

「卵、お肉、お魚が食べられなくなりました。パンも高くなったので、以前のように食べられません。今は一番食べたいものは、大好きなヨーグルトです」

※WHOが定める低体重の基準
BMIの指数が18.5未満。

支援も始まるも…

こうした中、国連児童基金(ユニセフ)はスリランカ政府と連携して、国内約1300の学校に無料で食事を提供する支援をスタートさせています。食事を食べられるようにするだけでなく、継続的に教育を受けられるようにするのが目的です。

ユニセフから提供された食事を食べる子どもたち

スリランカでは、子どもの体調不良だけでなく、親が通学のための交通費や文房具などの費用を工面できず、学校を欠席させるケースも数多く報告されているためです。

ただ、食料価格の高騰の影響は、特定の地域に限られたものではなく、スリランカ全土に及んでいます。

このため、ユニセフスリランカ事務所のクリスチャン・スクーグ代表は、すべての子どもたちに必要な支援が届くよう、国際社会からの支援を訴えています。

クリスチャン・スクーグ代表

「この危機は、すべての子どもたちに甚大な影響を与えています。早く社会が正常な状態に戻らなければ、スリランカや子どもたちの将来にも深刻な影響を与えることになります」

経済危機はいつまで?

国際通貨基金(IMF)は2023年3月20日、スリランカ政府に対して、金融支援として4年間で約30億ドル(日本円にして約3900億円)の融資を行うことを正式に決めたと発表しました。

スリランカの経済に詳しいジャフナ大学のアヒラン・カディルガーマル氏は、今回の支援がスリランカの経済立て直しに向けた第一歩になると一定の評価をしました。

一方で、ロシアによる軍事侵攻が続く中、燃料などを国外からの輸入に多く依存しているスリランカの食料価格は、すぐに下がらないとの見方を示しました。

ジャフナ大学のアヒラン・カディルガーマル氏

「中国やインドなどとの間に抱える多額の債務の再編、それに財政再建には、しばらく時間がかかるとみられます。スリランカが抱えている債務の大きさを考えると、4年間で約30億ドルの支援だけでは十分とは言えません」

空腹を訴える子どもたちの声を前に

スリランカは、現在の危機的な状況に陥る前は、順調に経済発展を遂げ、新興国の中では比較的、教育などの水準が高いとされてきました。

しかし、経済状況が大きく悪化したことで、健康や教育といった子どもたちに保障されるべき基本的な権利が脅かされています。

スリランカの経済危機の根本的な原因は、一族で権力を独占してきた前のラジャパクサ政権による財政運営や農業政策の失敗、それに汚職にあるとも指摘されています。

さらに追い打ちをかける国際情勢の余波。それによって、社会の中で最も弱い立場に置かれている人たちが苦境に立たされるという理不尽な現実に、やり切れない思いがしました。

空腹を訴える子どもたちの切実な声、そして、我が子の願いを叶えてあげることのできない親たちの悲痛な表情が、頭から離れません。

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