2023年3月14日
中国 中国・台湾

“老いる中国のリアル”人口1位から転落へ 結婚半減 介護疲れ

「自分の人生を犠牲にしてまで、結婚したくない」

14億の人口を抱えながらも、ついにその数が減少し始めた中国。
インドが中国を抜いて世界トップの人口大国となる時代を迎えつつあります。

結婚を望まない若者が増え、結婚する人の数はこの10年で半分に減少。かつてないスピードで少子高齢化が進み、親の介護が負担で殺人事件に発展するケースまで出ています。
人口減少は中国社会に何をもたらしているのか。その実態を中国各地で探りました。

(中国総局 渡辺壮太郎 中村源太 伊賀亮人 / 広州支局 高島浩)

人口減少が始まった

「(2022)年末の人口は14億1175万人で前年と比べて85万人減少した」

ことし1月、世界中を駆け巡ったそのニュースは淡々としたひと言で発表されました。

会見する中国 国家統計局(2023年1月)

しかしその様子とは裏腹に、すでに人口減少は中国社会を大きく揺さぶり始めています。

実のところ、中国の人口が減少に転じたのは61年ぶり。建国以来、過去には2回しかありませんでした。

その2回とは、毛沢東が大衆を動員して、鉄鋼や穀物の増産を短期間で目指した「大躍進」政策が失敗して、多くの餓死者が出た時期にあたる1960年と1961年。いわば”国家の危機”にひんしている時代でした。

「大躍進」政策当時の中国の農村(1958年)

結婚数が半減

中国本土で去年1年間に生まれた子どもの数は956万人。前の年よりも実に106万人減少しています。

さらに人口1000人あたりの生まれた子どもの数を示す「出生率」も去年末の時点で6.77となっていて、1949年の建国以来、最も低くなっているのです。(※日本の人口1000人あたりの「出生率」は6.4 [2022年速報値])

「一人っ子政策」を廃止した中国でなぜいまも「出生率」が下がっているのか?

調べてみると驚くべき変化も見えてきました。初めて結婚する人の数です。

最新の統計がある2021年まで8年連続で減少し1157万人余りに。過去最多だった2013年の年間2385万人余りと比べて半分以下になっているのです。

「結婚すれば犠牲も」

実際に、結婚はしないと考えている人に話を聞きました。上海でバーなどの飲食店を経営する30代の女性です。

毎日1時間ジムで運動、週2、3回ゴルフのレッスン。さらに、女性は、年に1度は数週間の休みを取って日本やヨーロッパを訪れて趣味のスノーボードなどを楽しんでいるといいます。収入面で不安はないものの、結婚や出産によって、みずからの自由な時間がなくなってしまうと考えています。

飲食店を経営する女性
「家庭を持つと多くの責任が伴います。今の自分の人生の楽しみを犠牲にしてまで、結婚したくはありません」

恋愛を教える大学まで

ほかにもさまざまな要因が指摘されています。異性との関わり方がわからないという人も多くいると言われています。

経済発展に伴って社会的に競争が激しくなる中で、受験勉強などに集中してきた結果、異性との関係を築く余裕がなかったという見方も出ています。

最近は、大学の中にも「恋愛心理学」や「恋愛と人生の幸福」といった授業を始めたところもあります。

中国の大学での「恋愛心理学」の授業

一方、結婚や出産を望んでいても、不動産価格の高騰や子どもの教育費の増加など、生活コストの負担が重いことを理由に踏み出せない人も多くいるのが実情です。

一人っ子にのしかかる介護

少子化の傾向が続く中で、急速に高齢化も進んでいます。去年の65歳以上の高齢者は2億978万人と人口全体の14.9%。いわゆる「高齢社会」に位置づけられる数値です。

高齢化が加速する背景にあるのが「一人っ子政策」です。

中国では、1980年ごろから人口の増加を抑制するためにひと組の夫婦に原則として1人の子どもしか認めてきませんでした。そして今では40代となった「一人っ子」も多くなっていて、高齢の親を1人で介護しなければいけないことが現役世代に重くのしかかり始めています。

「両親が憎らしく感じてしまう」

「一人っ子」の介護の実態はどうなのか。中国北部、内モンゴル自治区で70代と60代の両親を介護する劉陽さん(41)に話を聞くことができました。

河北省の会社で働いていましたが、おととし、両親が自分たちだけで生活するのが難しくなったため、仕事を辞めて地元に帰ってきました。

父親の介護をしている劉陽さん

両親は耳が聞こえにくく、目が不自由です。家庭内でのやりとりも手話です。買い物や病院など、劉さんが一緒でなければどこにも行けません。24時間つきっきりで世話をしていると言います。

劉さんは介護の現状について、涙ながらに話してくれました。

劉さん
「社会が子ども1人に介護を背負わせてはいけません。両親は優しいはずなのに、憎らしく感じてしまう…この矛盾をどうしたら伝えられるでしょう。伝えても、皆さんには分かってもらえないと思います」

不十分な社会保障 ヘルパー頼めば全額負担

さらに、劉さんを追いつめているのが生計をどう維持するかです。つきっきりで介護するため仕事に出ることはできず、両親のわずかな年金と自分の貯金を取り崩して生活しています。

また、中国では日本の介護保険にあたる制度はありません。ヘルパーを頼んだり、施設に入居しようとすれば全額自己負担になってしまうため、いまの劉さんにはとても払えません。

病院で点滴を受ける劉陽さんの父親

さらに、医療費に対する支援も十分とは言えません。

劉さんの両親が支払う医療費の自己負担は50%です。入院などでまとまった金額が必要になれば生活が立ちゆかなくなると心配しています。

“介護疲れ”の末に…

悲惨な事件も中国各地で相次いでいます。

南西部、雲南省の山あいにある集落では、3年前、40代の息子が一緒に暮らしていた父親の首を絞めて殺害する事件が起きました。

事件が起きた家

70代の父親は病気を患い息子が1人で介護していたと地元メディアは報じています。

息子には障害があり、農業による収入は年間で4万円ほど。苦しい暮らしぶりだったといいます。

検察によりますと、息子は父親の病気が悪化して思うように食事がとれなくなり、「これ以上苦痛を与えたくない」と殺害したということです。

「社会主義」なのに…

中国では、介護を支える公的な仕組みは整っていません。一部の地域で試験的に介護保険制度の導入を始めていて、2025年をめどに全国的な導入を目指してはいますが、今は家庭での介護に依存しているのが実態です。

社会主義を掲げていますが、社会保障制度が十分に整備されていないのです。

国連の推計によると、今は高齢者1人を5人の現役世代で支えている状況ですが、10年後には3.4人で支える計算になります。

現役世代の減少と65歳以上人口の増加により 現役世代の負担が上昇

中国の社会保障制度に詳しい専門家は、早急にこの課題に対処しなければ社会的な不安を招きかねないと指摘します。

ニッセイ基礎研究所 片山ゆき主任研究員

片山主任研究員
「ことし以降、1960年代生まれを中心としたベビーブーム世代の大量退職が進むので、高齢者がどんどん増えていく。その子どもは一人っ子の可能性が高いので、彼らに介護といった経済的な負担が重くのしかかっていくことになる」

財政も危機に

さらに、人口減少は地方の財政に深刻な影響をもたらしています。

東北部、黒竜江省の鶴崗かくこうでは、100万人あまりだった人口が、2020年までの10年間でおよそ17万人、実に15%以上減少しました。

中国 黒竜江省 鶴崗

かつては「石炭の街」として栄えましたが炭鉱業が衰退。雇用も歳入も減り、財政が危機的な状況に陥って、2021年には「財政再建計画」を公表。事実上「財政が破綻した」と報じられました。

街を歩くと、目につくのはあちらこちらの建物の壁に貼られた、住宅の空き部屋を売る広告です。中心部を離れると80平方メートルの新築マンションが4万人民元以下(約80万円以下)で売られていました。

人口減少と経済の低迷で売れ残った空き部屋が多くあるのです。

空き部屋の広告

市内の飲食店で働く24歳の女性に話を聞きました。月給は3000人民元(約6万円)でひと月の生活費を1000人民元以下(約2万円)に切り詰めています。

週に一度の楽しみは豚肉を買うこと、遠くに旅行に行ったことはありません。将来のためにわずかでも貯金することで精いっぱいです。

飲食店で働く女性(24)
「生活にかかるコストは安いから将来を諦めて何もしないで暮らしたい人にはよい街かもしれないけど、よりよい暮らしを求め努力する人はこの街での生活を選ばない。私も将来は街を出たい」

4割以上の都市で人口減少

2020年に行われた国勢調査では、中国の290余りの都市(地級市)のうち4割以上で10年前と比べてすでに人口減少が始まっています。(※対外経済貿易大学 西村友作教授調べ)

中国政府も人口減を食い止めたい考えです。

7年前に「一人っ子政策」を廃止し、現在は3人の子どもまで認めるようになりました。しかし、それでもなお、出生数は増加に転じる兆しは見えていません。中国の人口減少にともない、インドが中国を抜いて世界トップの人口大国となる時代を迎えつつあります。

全国人民代表大会で演説する中国 習近平国家主席(2023年3月)

人口動態はその国の国際的な存在感や経済力にも影響を及ぼします。

13日に閉会した全国人民代表大会で3期目がスタートした習近平国家主席率いる指導部に、人口減少の問題は重い課題としてのしかかってくるとみられています。

人口減少が中国社会全体にどのような影響を与えるのか、今後も実態を追っていきたいと思います。

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