2023年3月2日
経済 ロシア ヨーロッパ

ロシア 原油タンカーを追跡せよ!なぜ制裁は効かないのか?

ロシアによるウクライナ侵攻をどう止めるか。

欧米各国などはこの1年間、経済制裁で圧力をかけてきた。しかし、侵攻を止めるほどの決定的な打撃を与えるまでには至っていない。

そのロシアの国家財政を下支えしているのが、エネルギーの輸出、特に原油だ。
NHKでは今回、ロシア産原油などを運ぶタンカーのデータを独自に分析した。
その結果タンカーはさまざまな海域に出没し、原油の積み降ろしをしていることが分かった。

ロシアが外貨を稼ぐメカニズムの一端を解明したい。

(ロシア・タンカー追跡取材班)

減らないロシアからの輸送

経済制裁が科せられているのにロシアはどのようにしてエネルギーを輸出し、収入を得ているのか。その実態をつかむため、私たちはイギリスの調査会社「ベッセルズ・バリュー」から提供を受けたデータをもとに分析を行った。

データを分析する取材班

元になっているのはAISと呼ばれる船舶から発信される識別符号だ。AISには位置や進路、速力、それに喫水と呼ばれる船の浮き沈みの度合いなどのデータが含まれ、船舶から頻繁に発信されている。

2022年1月以降、ロシアの港から世界各地に向かった、原油のほか、ナフサや重油などの石油製品を運ぶ大型タンカーのべ5900隻について、調査会社が推測した輸送量などを含めたデータを分析した。

まず輸送量を1か月ごとにまとめてみた。それがこちらのグラフだ。

月ごとにばらつきはあるものの大きな変化は見られず、ロシアからの輸送量はウクライナ侵攻後も安定して推移していることが見て取れる。

欧州の“穴”を埋める国々

そこで行き先ごとに詳しく分析したところ、大きく変化していたのがEU各国向けの輸送量だ。侵攻前の2022年1月はEU向けが55%を占めていた。その後、大幅に減少し、2023年1月の輸送量は1年前と比べると半分以下にまで減っている。

侵攻開始直後の2022年3月、アメリカやイギリスなどがロシア産原油の禁輸を発表。その後、5月にはG7=主要7か国がロシア産石油の輸入禁止を発表した。先進各国の間でリスクを避けようとロシア産原油などを“買い控える”動きが見て取れるのだ。

ではなぜ輸送量全体は大きく変化しなかったのか。それは輸送量が大きく増えている国があるからだ。それが、インドや中国、トルコなどだ。データからもはっきり表れている。

以前の主要輸出先だったEUの穴を埋めるような形になっているのだ。

割安で需要が増加

なぜ、ロシア産原油をこれらの国が買い増したのか。背景にあるのがロシア産原油の価格の安さだ。

このグラフは国際的な原油取引の指標の1つである北海ブレント原油の先物価格と、ロシア産であるウラル原油の価格を示したもの。

侵攻前はロシア産と国際価格は大きな違いがなかったが、欧米などが制裁を強化する中で、ロシア産はリスクがあるとして買い控えられた結果、需要が落ち込み、価格が下落していった。

結果として国際価格より1バレルあたり20ドルから30ドル安い「セール品の原油」に、一部の国が「これはお買い得だ」と買い注文を出している実態が透けて見える。

産油国までも輸入拡大

ロシア産の“安さ”に注目したとみられる意外な行き先も判明した。

それが中東の産油国、UAE=アラブ首長国連邦だ。

ドバイから、ラクダが歩く砂漠の中の道を車で走ること1時間余り。オマーン湾に面したフジャイラ港は、石油タンカーなどの燃料補給の国際的な拠点として知られる。

UAE=アラブ首長国連邦 フジャイラ

取材に訪れた時に停泊していた船の1つ、ギリシャ船籍のタンカーはAISのデータなどからロシア北西部ウスチ・ルガの港を出発し、地中海やスエズ運河を通ってやって来ていたものであることが分かった。積み荷は重油とみられる。

ロシアを出港し UAEに来たタンカー(2023年2月)

エネルギー分野の調査会社「ケプラー」の分析によるとUAEが2022年1年間に輸入したロシアの石油製品は前の年と比べて3.3倍に急増した。

背景にはUAEとロシアとの良好な関係があるとの指摘もある。UAEはOPECプラスにおける原油の生産調整で協力関係にあり、ウクライナ侵攻後も良好な関係を保っている。

最大都市ドバイのリゾート地には、ロシアの富裕層が高級マンションを購入するケースが増えていて、侵攻後、ロシア企業が拠点を移しているとも言われている。

ロシア産→“UAE産”に?

さらに事情に詳しい人物が取材に応じた。去年までドバイを拠点に石油製品のブローカーとして働いてきたという人物で調査会社「ケプラー」のマット・スタンレー氏だ。

スタンレー氏は、割安なロシア産の石油製品を貯蓄施設が豊富なフジャイラ港などにいったん輸入し、“UAE産”として再度輸出することで、その差額で利益をあげている可能性があると指摘する。

調査会社「ケプラー」 マット・スタンレー氏

スタンレー氏
「輸入した製品をタンクに入れてブレンドする(混ぜ合わせる)ことで、ロシア産かどうかはわからなくなるし、買い手もロシア産が混じっているかどうかは聞かないだろう。フジャイラ港は、経済制裁に加わっていないUAEにあり、貯蔵施設などの設備が整っていて、まさにブレンドには理想的な場所だと言え、広く知られている。誰でも知らないうちにロシア産製品を利用している可能性はある」

タンカーを“追跡”

経済制裁の効果で価格が下がり結果としてロシア産の輸出が増えているという実態がある中、欧米の各国は輸送手段への締め付けも強めている。タンカーを多く運航するロシアの会社にも経済制裁を実施しているのだ。

そこで次にタンカーがどのような形で運航されているのかに注目した。

データを分析すると、侵攻後、ロシアから国や地域別で最も多くの原油や石油製品が輸送されたのは中国。実に4800万トン以上が輸送されている。

主な輸送先の1つ、中国東部・山東省の港町に取材に向かった。取材した2月3日、2隻のタンカーが停泊していた。

中国 山東省の港に停泊するタンカー(2023年2月)

このうち1隻はロシア極東の原油の輸出拠点、コジミノ港からのタンカーだった。

2023年2月9日に撮影されたコジミノ港の衛星写真には2隻のタンカーらしき船舶が映っている。

ロシア コジミノ港(2023年2月)

船の位置情報などを見ると、この港から主に中国に向けて今でもほぼ毎日タンカー船が出港していることが見て取れる。

謎の動きを示すタンカー

次にコジミノ港から山東省に訪れていたタンカーについて、衛星データの解析などを行う「IHIジェットサービス」から船舶の位置情報のデータの提供を受け、これをもとにその動きを分析してみた。

すると、このタンカーは侵攻2か月後の2022年4月まではイギリスの会社が所有していて船名も違う名前だったことが分かった。航跡を地図に上に描き出してみると、2022年1月から4月まではアメリカやヨーロッパで運航されていたのだ。

2022年9月にこのタンカーはアジアに現れた。船籍も香港に変更され、別会社の所有に。船名も変更されていた。

それ以降、コジミノ港と山東省などロシアと中国との間で運航されるようになっていた。

登録だけの事務所

香港

なぜ登録が変更されたのか。船舶の情報からは運航会社の名前が判明。その会社を香港政府のデータベースで調べると事務所の住所をつかむことができた。そこで今度はその住所を訪ねた。

しかしそこには別の会社の看板がかけられていた。対応してくれた女性に聞くと、船の運航会社は確かにここに登録はされているが従業員はいないという。

登録先の住所にいた女性
「運航会社の連絡先もわからなければその社員とも会ったことはありません。ここには1000以上の会社が登録されています」

香港には形式上登録されているだけの企業も数多くあるとされ、運航会社の実態をつかむことはできなかった。

“影の船団”も?

こうしたタンカーはほかにも多くあるのか。今度はロシアの港を出たタンカーについて、運航する会社を国・地域別にまとめてみた。

ロシアの運航会社、そして海運が盛んなギリシャの運航会社のタンカーが圧倒的に多かったものの、2022年の後半から増加している国・地域があった。

それが香港やインド、UAEだ。さらに中にはどの国の会社が運航しているかがわからない“所属不明”の船の輸送量も増加していたのだ。

ロシアのエネルギーに詳しい、JOGMEC=エネルギー・金属鉱物資源機構の原田大輔調査課長は次のように指摘する。

JOGMEC=エネルギー・金属鉱物資源機構 原田大輔 調査課長

原田 調査課長
「侵攻後からペーパー会社を設立してロシアの友好国にロシア産原油を輸出する動きが出ていると言われている。一方でロシア政府が今、行おうとしているのは『影の船団』と呼ばれる、船を自分たちで調達するロシア独自の輸送ルートというのを生み出そうとしていることだ。ロシア産原油などを輸送する新たな船が現れてきているわけだが、元締めをたどることができればもしかするとロシア政府が関係している可能性も否定できない」

制裁は効いていないのか?

経済制裁ではロシアの原油収入を減らすことはできないのか。2023年に入って変化も見え始めている。

ロシアからの輸送量は11月の3186万トンから12月は3035万トンと減少、その後2023年1月は3177万トンと大きな変化は見られない。

一方で、ロシア産原油の価格は一段と下落している。

そのきっかとなったのが2022年12月、EUとG7、オーストラリアが打ち出したロシア産原油の国際的な取引価格の上限価格を1バレル=60ドルに設定する制裁措置だ。

価格に上限を設け、ロシア産原油を市場に流通させながら、取り引き価格を下げることでロシアの収入を減らす狙いだ。

実際、この措置が発表された12月初旬以降、国際価格とロシア産原油の価格差は広がりつつある。ロシア産原油を“買いたたく”動きが広がっていると指摘されている。

ロシア財務省が2月6日に発表した2023年1月の財政収支は、歳入は前の年の同じ月と比べて35%減少し、財政赤字が拡大した。これは財政収入のおよそ4割を占める原油とガスの収入が46%減少したためだという。ロシア財務省は原油価格の低下と天然ガスの輸出減少が影響したと説明している。

専門家は今後、経済制裁が徐々に効果を発揮する可能性を指摘する。

原田 調査課長
「経済制裁を強めても抜け道ができていくことはしかたがないが、制裁を行っていない国にロシア産原油を買いたたかせて彼らが安い原油を享受することでロシアの収入を絶っていくことが実現しつつあるのではないか」

侵攻を止めるには

データを深掘りすることによって、これまで経済制裁に即効性があらわれなかった背景とともに今、その影響が出始めた可能性も見えてきた。

ロシアの侵攻から1年が過ぎた。世界における複雑なエネルギーの取引はどのように行われているのか、経済制裁が今後、どのように効果を及ぼしていくのか。1日も早い侵攻終結を願いつつ、取材を深めていきたい。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る