2022年11月18日
韓国 朝鮮半島

好調の韓国映画 “名門”映画学校に密着!

いま世界で、韓国映画が存在感を高めています。
2020年に「パラサイト 半地下の家族」がアカデミー賞で作品賞を受賞したのをはじめ、2022年のカンヌ映画祭では「最優秀男優賞」をソン・ガンホ(宋康昊)さん、「最優秀監督賞」をパク・チャヌク(朴贊郁 ) 監督がそれぞれ受賞。さらにアメリカのエミー賞では、ドラマ「イカゲーム」が6つの賞を受賞しました。

韓国の映像コンテンツが好調な背景を探ると、20年以上前から取り組んできた国を挙げた人材育成の成果が見えてきます。
その戦略の鍵を握る、映画学校の授業に密着しました。

(ソウル支局 長野圭吾)

国際映画祭で体感 韓国映画の勢い

プサン国際映画祭(2022年10月)

韓国映画の勢いを体感しようと訪れたのが、毎年10月に開かれる「プサン国際映画祭」です。アジア最大級の映画祭で、2022年には7つの劇場、30のスクリーンを使い、世界各地の作品240本もが上映されました。

韓国の若手映画監督の作品を紹介する看板も

地元の映画祭だけに、将来が期待される韓国の若手監督の作品も多数紹介されていました。

私もドラマやドキュメンタリーなど7本を鑑賞。テーマは、学歴や格差の問題、LGBT、アメリカやドイツの韓国人移民など多種多様。社会問題を織り交ぜながら人物を深く描写した作品が多く、新しい世代からも力のある監督がたくさん出ていることを知りました。

プサン国際映画祭の商談ブース

映画祭の期間中、原作やシナリオをプレゼンして映画の出資者や共同製作者を募るイベントも行われました。会場を訪れていた海外のバイヤーからは韓国映画への注目度の高さが感じられました。

アメリカの映画配給会社の担当者
「韓国映画はテーマやストーリーがすごく革新的だと思う。『イカゲーム』も『パラサイト』も面白かった。アメリカでもマーケットは広がっています」

ドイツの映画プロデューサー
「映画もグローバル化しているから、ヨーロッパでも韓国映画は人気になっている。一緒にビジネスをするチャンスだと思う」

優秀な映画人を輩出 国立の映画学校

その韓国映画界に新たな才能を次々と供給している場所があると知り、訪ねました。

プサンにある「韓国映画アカデミー(KAFA)」です。1984年に設立された国立の映画学校です。もともとソウルにありましたが、プサンに映画関連の機関を集約する国の方針に沿って、2018年に移転しました。

韓国映画アカデミー(韓国 プサン)

映画監督やアニメーション監督、プロデューサー、カメラマンなどのコースに分かれ、50人あまりが映画作りを学んでいます。シナリオ制作や長編映画に特化した課程もあり、最大3年間在籍することができます。

アニメーションを制作する学生

アカデミーが育ててきた映画人材は700名以上。

卒業作品を収めたライブラリーには、あの人の名前も。
『パラサイト 半地下の家族』で、外国語の映画として初めてアカデミー作品賞を受賞したポン・ジュノ(奉俊昊)監督です。1994年に在籍し、ここで映画の基礎を学んだ一人です。

今でも毎年のように国際映画祭で勝負できる映画監督を輩出しています。

才能を見出し 最高の環境で育てる

ポン・ジュノ監督にあこがれ、この学校に入学したチェ・フン(崔勳)さん27歳。

チェ・フン(崔勳)さん(右)

美術大学で工芸を学んだ後、映画監督になる夢をかなえたいと、今年春、20倍の競争率を乗り越え入学しました。
取材したときには、初めて自作シナリオをもとに13分ほどの短編映画を製作していました。
 
夜9時。編集を終えたチェさんの自宅に伺いました。
「韓国映画アカデミー」では、学生が映画作りに集中できる環境を整えています。

寮でシナリオを練るチェさん

ソウル出身のチェさんには、学校から徒歩10分ほどのアパートの部屋を無償で提供。

様々な奨学金を用意しているため授業料もほとんどかからず、生徒の多くがアルバイトをすることなく映画作りに打ち込めるようにしています。

実習作品には1本300万ウォン(約30万円)の製作費が与えられます。

さらに才能が認められれば、最大で1本4億ウォン(約4000万円)もの予算で、国際映画祭に出品するような長編映画を製作する学生も数多くいます。

チェさん
「小さなころから絵を描くことや話を作ることが好きで、自然と映画監督になりたいと思うようになりました。この学校に入ることが本当に夢だったんです。国の支援で映画を撮影でき、援助も受けられて幸運に思っています」

映画のチケットが 人材育成につながる仕組み

学校の今年の予算は85億ウォン(約8億5000万円)。運営費用は日本にはない独特の方法でまかなわれています。

映画のチケットには「映画発展基金」に関する記載がある

韓国では、シネマコンプレックスなどで映画を鑑賞する際の料金が1万4000ウォン(約1400円)ほど。
実はその料金の3%が、法律に基づき「映画発展基金」として徴収される仕組みになっています。

映画発展基金はコロナ前の2019年で545億ウォン(約54億円)ほど。

その資金を映画の製作費の助成や映画の海外展開の支援、「韓国映画アカデミー」の運営など人材育成に充てています。つまり、観客は映画を見ることで韓国映画の振興や人材育成を支える仕組みとなっているのです。

この映画発展基金を管理・運営するのが、韓国映画振興委員会(KOFIC)です。担当者は、こうした取り組みが韓国映画の発展に直結していると言います。

映画振興委員会 ハン・サンヒ(韓相煕)チーム長

ハン チーム長
「映画発展基金は、韓国映画の飛躍的な成長のための財政的な支えだと言えます。人材育成は韓国映画の原動力です。持続的に発展できる土台作りです。観客が出してくださったお金によって、優れた作品、多様な創作や観覧の環境を整えていく。そのためには安定的な財源確保が必要だということを、私たちはたゆまず観客や映画産業関係者に伝え、理解と協力を求めています」

韓国が国を挙げて映画振興を始めたのには、きっかけがありました。

実は1990年代後半までは、韓国の映画産業は主に国内市場にとどまっていました。

しかし1997年の通貨危機の直後に就任したキム・デジュン(金大中)大統領は、韓国を支える新たな産業を育てるために、映画などの文化産業を輸出産業に育てる目標を掲げ、国費を投入して支援を始めたのです。

キム・デジュン(金大中)大統領(当時)

キム・デジュン大統領
「文化産業は21世紀の基幹産業です。観光産業、映像産業、文化的特産品などは無限の市場が待っている富の宝庫です」(就任演説・1998年 )

国の支援が拡大される中、映画の輸出額は着実に増えていき、いまや質・量ともに世界で大きな存在感を示すまでになっているのです。

厳しく問われる 監督としての才能

「韓国映画アカデミー」のチェ・フンさん。この日は朝から緊張した面持ちでした。

初めて作った短編映画を学校の教授や外部の映画関係者に見てもらうためでした。

チェさんは韓国でも社会問題となっている「振り込め詐欺」をテーマに銀行で巻き起こる騒動を作品化しました。

映画の後半には、ノーカット1分半の長回しのカットを用いました。
観客を映像に没頭させたいと、チェさんがこだわった演出でした。

作品に手ごたえを感じていたチェさんでしたが、教授の評価は全く違いました。

教授
「お前は楽しかったかもしれないけど、私は苦しかったよ。この映画のすべてのカットがそうだ。なんでわかっていないのに映画を撮るんだ?」

教授
「長回しは、その長さに堪えられる感情や情報という見どころがないと耐えられない。このタイミングで使うべきだったのか」
「私はチェ・フンの口から、“自分のやりたいことをやる”と聞いてぞっとした。それは監督の役割ではありません」

学生が映画作りに集中できる環境を与える「韓国映画アカデミー」。

その分、学生の才能は厳しく見極めます。互いに競争させ、才能をふるいにかけ、一握りの生徒だけが映画監督としての道に進んでいくことができるというのです。

チェさん
「今日はボロボロになりました。まだまだ足りないことは事実ですが、負けん気が起きました。いつか世界が驚く映画、私だけが作れる映画を作りたいし、映画を通して世の中を少しでもよくしていくことが目標であり覚悟です」

映画人を国が育てる意味とは?

この取材をしながら、アカデミーの手厚い教育に感心しながらも、ある疑問がありました。文化とは個人の中から生まれるものであり、ここまで国に支えられ育てられるべきものなのだろうか?

そのことを「韓国映画アカデミー」のトップに聞くと、ためらうことなくこう答えました。

韓国映画アカデミー チョ・グンシク(趙根植)院長 

ディレクター
「韓国映画界において、若い人材を国が関わって育てる意味とは?」
チョ院長
「芸術や創作は自然に放っておいて成長を待つ道もあります。しかしこの学校は、その分野で最高になれる学生たちを集め、いわば国を代表できる人材に訓練する。そういう役割を担っているのです」

チョ院長はそう語るとともに、若い人材の作家性や創造性を制限しないように教育することを最も大切にしていると付け加えました。
  
映画を文化・芸術であると同時に、国を支える産業としても強力に支援してきた韓国。

その取り組みの先に、いまの韓国映画の躍進があるように感じます。

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