
トランプ前大統領の移民政策の象徴とも言える国境の壁。
退任から2年近くたつ今もアメリカで大きな論争を巻き起こしている。
バイデン大統領は就任翌日に壁の建設停止を指示した。
しかし、中間選挙を前に状況は変化を見せようとしている。
(ワシントン支局記者 辻 浩平)
国境に現れたのは・・・
これは一体、何なのか。
2段重ねにされた貨物用のコンテナが、国境沿いの“壁”が途切れた場所をふさぐように連なっている。
数百メートルはあるだろうか。有刺鉄線までつけられていた。

新たな“壁”を設置したのはアリゾナ州の共和党の知事。
バイデン政権が建設しないなら自分でやるとばかりに、中古のコンテナを持ってきて壁が途切れている場所に設置したのだ。
わずか11日間で各地に設置されたコンテナの“壁”の総延長は1キロを超えるという。
アリゾナ州知事は「連邦政府ができないでいることをアリゾナはやってみせた。国境をきちんと管理し、安全なものにしようと本気で思えば、いかに迅速にできるのかを示したのだ」とバイデン政権の対応をあてこすり、批判した。
国境の“日常”驚きの光景
午前2時すぎ。メキシコとの国境沿いに車を走らせる。
横には高さ10メートルはある国境の“壁”。
実際には鉄製のフェンスだ。延々と続いている。
15分ほど進むと、まぶしいばかりのライトに照らされた一角にたどり着く。
そこにはバックパック1つで国境を越えてきた人たちが長い列をなしている。国境での手続きのために、ライトで照らしているのだ。

数百人はいるだろうか。みんなアメリカへの移住を目指してきた人々だ。
壁の切れ目を見つけて入ってきたという。
キューバ、バングラデシュ、アフガニスタン、ベネズエラ、カザフスタン、ドミニカ共和国。
どこから来たのか尋ねると、文字通り世界のあらゆる場所からだった。

アフガニスタンから半年かけてたどりついたという男性は「アフガニスタンはタリバンが支配していて安全に暮らすことができない」と話してくれた。
日が暮れて深夜ともなると、気温は10度を切っていてかなり寒く感じる。
親に抱えられた赤ちゃんの泣き声がいたるところで聞こえる。
彼らの足元に目を向けると靴や服が濡れている。
国境を流れるコロラド川をわたってきたためだ。
日が昇って暑くなる日中をさけ、夜中に移動してきているのだ。
私たちは明るくなるまで4時間近く現地で取材していたが、国境を越えてくる人の列は途切れることなく、長くなる一方だった。
国境警備隊が1人1人のパスポートなどを確認しては、一時的な保護施設に向かうバスに乗せていく。取り調べを経て難民申請に向けた手続きが行われることになる。

取材に訪れたのはアリゾナ州南部のユマ。国境警備当局が検挙する人の数が全米で3番目に多い場所でもある。
ことし9月までの1年間に各地の国境警備当局に検挙された人は全米で200万人を超える。
過去最多の数字だ。
このため野党・共和党はバイデン大統領が国境を管理できていないと厳しく追及。
自分たちなら「不法移民」の流入を防ぐことができると主張し、移民対策は中間選挙の大きな争点となってきた。
壁をめぐる新たな展開
「壁は1フィート(約30センチ)も建設することはない」。
トランプ氏の壁建設を非難してきたバイデン大統領。
2020年の大統領選挙期間中、こう述べて壁を建設しないことを公約に掲げた。
その言葉通り、就任翌日には大統領令を出して壁の建設停止を指示している。

しかし、ことし7月。
事態は新たな展開を迎える。
アリゾナ州ユマの壁の一部については建設を行うと発表したのだ。
どういうことなのか。
実は国境の壁には、数十メートルから数百メートルの「隙間」がところどころにある。
これは川が流れるなど地形的に建設が困難な場所などは後回しにされてきたためだ。
その隙間から移住を目指す人々が入国してきているのだ。

バイデン政権の発表は、この「隙間」を埋めるというものだった。
工事が始まるのは2023年1月。
現場には壁建設のための資材が大量に置かれていた。
要領を得ない記者会見
「壁の建設はしない」としていたバイデン政権の対応の変化に、ホワイトハウスの会見では早速質問が飛びだした。

記者:「なぜアリゾナ州に壁を建設しているのか」
報道官:「我々は壁を完成させようとしているのではない。前の政権が残した問題の尻拭いをしているだけだ」
記者:「バイデン大統領は、壁を1フィートも建設しないと発言しているが、何か変更があったのか」
報道官:「我々は壁を完成させようとしているわけではない」
公約を破るのかとの質問が相次ぐが、報道官は政策変更ではないと強調した上で、同じ答えに終始した。
「建設を提案したのは私だ」
突然の対応の変化はなぜ起きたのか。
背景には厳しい選挙戦があると見られている。
建設が発表されたアリゾナ州の上院議員の選挙戦は大接戦となっている。
与党・民主党の現職候補に対して追い上げる共和党の候補者は「不法移民による侵略を止める」と訴え、「トランプ氏の壁建設を完成させる」と連日、攻勢を強めている。
移民問題はメキシコと国境を接するアリゾナ州では特に関心が高いテーマだ。
防戦を強いられた民主党の現職マーク・ケリー上院議員は思い切った手を打つ。
いわば「身内」であるバイデン大統領を公の場で批判するようになったのだ。
法的な手続きを踏まずに入国してくる移民を防ぎきれていないというのがその理由だ。
移民の流入を厳しく取り締まるべきだと考える有権者を意識した行動と見られている。

公共ラジオNPRなどがことし7月に行った世論調査では「メキシコとの国境すべてに壁を建設すべき」と答えた人は46%で4年前から8ポイント増えている。
海軍のパイロットをへた元宇宙飛行士という華やかな経歴のケリー議員が話を聞かせてくれた。
ケリー上院議員
「バイデン政権の移民政策は十分ではなく、国境の問題を悪化させている。大統領には受け入れられないとはっきり伝えた。私は壁の建設を提案し、時間はかかったが、ホワイトハウスはそれを受け入れたんだ」
ケリー議員によると、国境管理には一部の壁建設が必要で、それを自身が進言したことで、バイデン政権が受け入れたという。
バイデン大統領にしてみれば、大規模な壁建設という政策転換まではしないが、「隙間」を埋めるというからめ手によって、ケリー議員が共和党からの批判をかわせるよう後方支援するという、政治的妥協を図ったと見られている。
議席がきっ抗する議会上院で多数派を維持するために、バイデン政権は1議席も落とせない状況なのだ。
移民問題に詳しいシンクタンク、移民政策研究所のジュリア・ジェレット研究員は中間選挙を前にした壁の建設やコンテナの設置は、正面から移民問題を解決するための政策というよりは、厳しい国境管理を望む有権者にアピールするための政治目的があると指摘する。

ジェレット研究員
「移民の流入を本当に管理する目的というよりは、政治的な意図があって行われている。民主党の候補者は移民政策が十分ではないとの批判にこたえなければならない状況に置かれているからだ」
「壁では問題は解決しない」
中間選挙を前に、壁の建設や国境管理が政治利用される事態に、有権者からは複雑な声も聞かれる。
話を聞かせてくれたのは移民支援を行う団体を運営するフェルナンド・キロスさん。
自身もメキシコからの移民2世だ。

人々が国境を越えてくる現場に毎日未明に向かい、水などを差し入れている。川を渡って足元が濡れている人々には、乾いた靴下を提供する心配りも見せている。
移民に寛容とされるバイデン大統領を支持してきたキロスさん。
選挙を意識したと見られる政策変更に失望を隠せないでいる。
キロスさん
「アメリカへの入国を目指す人はよりよい生活を目指してあらゆる犠牲を払って国境に来ている。コンテナを置こうが、壁を強化しようが彼らを止めることはできない。政治目的で壁の隙間を埋めたいならそうすればいいが、根本的な問題を解決するためにはどうすればいいかを政治家は示すべきだ」
トランプ前大統領が建設した国境の壁をめぐる議論。 退任から2年たった今も、アメリカの政治論争の中心に残り続けている。