2022年10月24日
インド 経済 ウクライナ ロシア

なぜインドで数万人の失業?ダイヤモンド・シティーで何が…

結婚指輪に使われることも多いダイヤモンド。その輝きから「宝石の王様」との異名も。

そのダイヤモンド、実は、世界で流通している9割がインドで加工されているんです。
ところが今、インドのダイヤモンド産業では、数万人規模の失業者が出ているといいます。

いったいなぜ?
中心地“ダイヤモンド・シティー”に向かいました。

(ニューデリー支局記者 山本健人、カメラマン 森下晶、リサーチャー アビシェク・ドゥリア)

突然仕事を失う

「ダイヤモンドの加工が唯一、私にできることでした。今は、将来に希望を持つことができません」

こう話すのは、インドでダイヤモンドの加工職人として17年働いてきた、インド人のプラビン・ベサニアさん(42)です。

プラビン・ベサニアさん

2022年7月、勤めていた会社から業績悪化を理由に、突然解雇されたといいます。ベサニアさんの家族は、妻と2人の息子。家計を支えるために、日給のタクシードライバーの仕事を始めましたが、仕事がない日も少なくなく、収入は半分以下に。

同じくダイヤモンドの加工職人として別の会社で働いている息子2人の収入のおかげで、なんとか暮らせているということです。

今、インドでは、ベサニアさんと同じ加工職人が、数万人の規模で失業する事態になっています。

“ダイヤモンド・シティー”

ベサニアさんが暮らしているのは、インドの西部グジャラート州にある人口600万人の都市、スーラト。首都ニューデリーからは約1000キロ離れた、アラビア海に面した町です。

町の中には、あちこちに「Diamond」の文字が入った看板がありました。

それもそのはず、世界で流通しているダイヤモンドの大半は、この町で加工されていて、スーラトは州政府から「ダイヤモンド・シティー」と呼ばれているのです。

中心部の市場を訪れると、路上ではダイヤモンドを取り引きするバイヤーたちでにぎわっていました。

日本の百貨店の宝飾品売り場などで見かけるダイヤモンドは、もともとは世界各地の鉱山から原石が採掘され、その後、別の国で加工されたあと、市場に流通します。

世界で流通しているダイヤモンドのうち、9割を加工しているのがインド。中でもスーラトは、1960年代から、安価な労働力と高い技術力で、ダイヤモンド加工の中心地となっています。

なぜダイヤモンドの町で相次ぐ失業者?

では、なぜ“ダイヤモンド・シティー”で、大量の失業者が出ているのか?

スーラトにある労働組合を訪れました。担当者に話を聞かせてもらうと、「突然、解雇された」「給料を減らされた」といった加工職人からの相談は、この半年で、これまでの3倍以上に急増しているといいます。

相談に応じる労働組合の担当者

そして、労働組合では、失業者は少なくとも3万人に上るのではないかと推計していました。

実際、事務所で取材をしている最中にも、相談に訪れた加工職人もいて、来た理由について、次のように話しました。

「突然、会社から『もう来なくていい』と言われました。なんとか助けてほしくて、ここに来ました」(27歳男性)

原因は、ロシアによる軍事侵攻?

いったい何が起きているのか?

スーラトにあるダイヤモンド加工会社を訪れました。この会社を経営するニキル・アソダリヤさん(29)が、事情を説明してくれました。

アソダリヤさんによると、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻のあと、ロシア産のダイヤモンドの原石が、ほとんど手に入らなくなったのだそうです。

ダイヤモンドの原石

理由は、欧米諸国などによるロシアへの経済制裁(※)です。

ロシアは、ダイヤモンドの原石の採掘量で、世界全体の30%近くを占める、最大の産出国。そして、インドで加工される原石の多くは、ロシア産だと言われています。

こうしたロシア産の原石の多くは、欧米諸国などを経由してインドに入ってきていました。

しかし、欧米諸国などが経済制裁を行ったため、インドにほとんど入ってこなくなっているというのです。

アソダリヤさんの会社では、扱う原石の7割がロシア産だったため、収益が軍事侵攻の前から、約3割減少。この状況が続けば、約700人いる従業員の雇用を守ることができなくなるのではないかと危惧していました。

ニキル・アソダリヤさん

「原石を十分に確保できず、大きな打撃を受けています。雇用を維持できるよう努力はしますが、生きるために工場の閉鎖や労働者の解雇を行わなければならないかもしれません。この状況がいつ、どうやって終わるのか、誰にもわかりません」

※関係する欧米諸国などのロシアへの経済制裁

・世界最大のダイヤモンドの消費国アメリカは、2022年3月、軍事侵攻を受けて、ロシア産のダイヤモンドの輸入を禁止。これにより、ロシア産の原石の購入を控える動きが相次ぎ、インドに入ってくる原石も大幅に減少。

・欧米諸国などがSWIFTと呼ばれる国際的な決済ネットワークからロシアの主要銀行を締め出す措置をとった。インドの企業は、ロシアから原石を直接購入することも困難に。

影響はどこまで?

世界最大のダイヤモンド加工国、インドをめぐる状況は、世界のダイヤモンド産業にどんな影響を及ぼすのか?

宝石の格付け評価などを行う会社を経営し、宝石の国際取引に詳しい原田信之さんは、ダイヤモンド価格が高騰していると指摘しています。

原田信之さん

「ロシア産の原石の減少分をカナダやアフリカなど、別の産出国からの供給で完全に補うことは難しいでしょう。こうした供給不安から、ダイヤモンドの価格は上昇していて、最高級品の研磨済みダイヤモンドの国際価格は、軍事侵攻前に比べて3割上がっています」

原田さんは、日本では、円安の影響で宝飾品店の仕入れ値への影響がさらに大きく、一部では、すでに値上げをする動きも出ているとも話しています。

直撃を受けた社会の脆弱さ

インドのダイヤモンド加工職人たちの多くは、非正規労働者です。

このため、これまでも企業側から一方的に解雇されるなど、「雇用の調整弁」として利用されやすく、正規に雇用されている労働者に比べて、弱い立場にありました。

ダイヤモンドの加工職人

ロシアによるウクライナの軍事侵攻によって、世界経済が大きな影響を受ける中、その余波は、真っ先にインド国内の社会的に弱い立場にいる人たちに打撃を与えていました。

インドの“ダイヤモンド・シティー”こと、スーラトが再び輝きを取り戻す日が来るのか。引き続き、取材していきたいと思います。

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