2022年9月9日
エストニア アメリカ

9・11同時多発テロ事件 マネーはどこから?マネロンの闇

ニューヨークの象徴だった双子の超高層ビルに旅客機が相次いで突っ込み、日本人24人を含むおよそ3000人が犠牲になった9・11から21年。

実行した国際テロ組織アルカイダは活動に必要なマネーをどうやって調達したのか。
彼らは当局の監視の目をかいくぐり、マネーロンダリング=資金洗浄を行い、資金を受け取っていた。

悲惨なテロを防ぐには資金源を断つことが重要だが、今も世界では巨額の不正マネーがうごめく。

日本も決して無縁ではない、マネーロンダリングの足跡とその対策を追う。

(ヨーロッパ総局 副総局長 有馬嘉男、経済部記者 白石明大/古市啓一朗) 

時間が止まるグラウンドゼロ

ニューヨーク・マンハッタン南部。ことしもあの日・9月11日が訪れる。

ワールドトレードセンターがあった場所に設置された慰霊碑。
亡くなった人たちの名前が刻まれ、可憐(かれん)な花がたむけられている。

日本人の名前を目にすると胸が締めつけられる思いにかられる。巨大なリフレクティングプールには水が静かに吸い込まれ、時間の流れが止まったように感じられる。

倒壊する超高層ビル

テロ事件は2001年9月11日に起きた。4機の旅客機がハイジャックされ、このうち1機が午前8時46分にニューヨーク・マンハッタン南部の世界貿易センタービルの北棟に激突、17分後の午前9時3分には隣の南棟に別の旅客機が激突した。

ともに110階建ての2つのビルは崩壊し、ビルにいた人に加え、かけつけた消防士や警察官も巻き込まれ、あわせて2753人が犠牲となった。

アルカイダの資金調達手法は

テロの首謀者オサマ・ビン・ラディンと国際テロ組織アルカイダはどのようにしてこの凶行に及んだのか。

さまざまな要因が複雑に絡み合うが、巧妙な資金移動やマネーロンダリングによって潤沢な資金を手にしていたことは大きな要素だ。

アメリカ議会 独立調査委員会がまとめた報告書

アメリカ議会の独立調査委員会が2004年にまとめた報告書では、アルカイダはサウジアラビアなどにある、外部監視が甘く、内部統制がきいていない慈善団体からの資金調達をしていたことが記されている。

そして「ハワラ」と呼ばれる信頼と血縁で成り立つイスラム特有の非公式の金融システムで頻繁に資金を移動していたという。

9・11のテロ攻撃を計画実行するのにかかった費用は40万ドルから50万ドル(日本円でおよそ4300万円から5400万円)。驚くべきことにハイジャックの実行犯たちは事件の1年8か月も前にアメリカに入国し、銀行口座に資金を送られ、何食わぬ顔でアメリカ国内からその口座にアクセスしていたというのだ。

もし、こうした金の流れを食い止めていれば9・11の悲劇は防げたかもしれない。

現在進行形のマネロン(マネーロンダリング)

各国はこの20年、マネーロンダリング、およびテロ資金供与を防止するため対策を強化してきた。

しかし、犯罪組織やテロリストたちは巧妙に監視網をすり抜け、資金移動を行っている。それは現在進行形だ。

エストニアの首都タリン

ヨーロッパ北部、バルト3国の1つ、エストニアの首都タリン。中世の面影を残す、美しい町並みで知られているが、ここを舞台にマネーロンダリングが長年にわたって行われてきたことが2018年に発覚した。

 デンマークのダンスケ銀行のタリンにある支店。その顧客にはロシアのプーチン大統領の家族やロシアの諜報機関、アゼルバイジャンやウクライナの権力者たちが名を連ねたと報じられている。

この銀行は2015年までのおよそ9年間におよそ2000億ユーロ、26兆円ものマネーロンダリングに手を染めていたことを公表。

この事件の調査報道を続け、スクープを放つデンマークの新聞社ベアリングスケ紙のルンド記者によると、国際テロ組織アルカイダなどとのつながりが指摘されるパキスタンの資金洗浄のプロもこの銀行の支店を使っていたという。

デンマークではこれまでに3人が起訴され、このうち2人の裁判が今月、始まる。しかし、当時エストニア支店を担当していた銀行の幹部が不審死をとげるなど、マネーの流れの全容の解明はいまだ難航しているという。

日本も対策不十分

日本はマネーロンダリングやテロ資金供与とは無縁なのか。

そんなことは決してない。警察庁によると2020年(令和2年)、金融機関などからのマネーロンダリング犯罪が疑われる取引の届け出の受理件数はおよそ43万2200件。マネロン事件の検挙数は597件で最近増加傾向だ。

検挙数の増加は金融機関の取引検知能力が上がり、届け出件数が増えていることが要因としているが、潜んでいた犯罪が水面に浮上しただけで、依然私たちの身近に危険が潜んでいることには変わりない。

FATFが行った日本の審査結果

世界各国のマネーロンダリング対策をチェックする国際機関FATF(「ファトフ」と読む)は2021年8月30日、日本の審査結果を公表した。

OECD傘下にあるこの国際機関の勧告は世界205の国と地域に適用され、マネロン対策の世界で「東京地検特捜部」とも言うべき、厳しさで知られる。

その内容はというと一言でいえば「不十分」。3つの分類で真ん中に位置する「重点フォローアップ国」とはいえ、さらなる法整備など改善の進捗報告が定期的に求められるカテゴリーだ。

具体的には

▼大手銀行以外の地方銀行などでは、自らのマネロン・テロ資金供与リスクの理解が限定的である
▼宝石商や弁護士、会計士など一部の業種ではこうしたリスクや義務について低いレベルの理解しか有していないと指摘しているほか、
▼金融庁を含む金融監督当局にも、「金融機関に対する効果的かつ抑止力のある一連の制裁措置は活用していない」と手厳しい。

地銀、狙われる事例相次ぐ

FATFが報告書で指摘する地方銀行などの脆弱性。過去にはこんな事例も起きていた。

舞台は西日本にある地方銀行。

2017年のある日、1人の男性が銀行の支店を訪れ、現金およそ1000万円を窓口に持参し、香港の企業に送金したいと申し出た。

銀行は本人確認は行い、不審な点がなかったことから送金を受け付けた。その後、4回、合わせて5回、5億5000万円が海を渡った。

後日、地方財務局に記者を名乗る男性から「不審な海外送金が行われた」とする告発電話がかかってきた。

当局は北朝鮮への送金の疑いもあると見て、調査に乗り出した。すると送金先の香港の企業は実体のないペーパーカンパニーと判明。この銀行は送金先企業のチェックをしていなかったことが分かった。

マネーロンダリングが強く疑われる事案だったが、最終的に誰に資金が渡ったのかは確認できなかったという。

最近では2020年9月、ゆうちょ銀行や地方銀行の預貯金口座から「ドコモ口座」などの電子決済サービスを通じて預貯金が不正に引き出される事件が相次いだ。

ドコモ口座と銀行口座をひも付ける際にオンラインで本人確認を行う「2要素認証」を導入していなかった地方銀行などで被害が起きていた。

被害額はおよそ3000万円にのぼり、警察は組織的な犯罪グループが関与しているとみて、関係する全国の10以上の警察本部が合同捜査本部を設置。2021年1月には埼玉県警が中国籍の容疑者3人を逮捕するなど全容解明に向けた捜査が続いている。

地銀のマネロン対策最前線

地方銀行では疑わしい資金の流れを断ちたいと今、対策を強化する動きが広がっている。

そのひとつ、横浜銀行を取材した。

疑わしい送金を避けるにはまず、徹底した本人確認が必要だ。

そのうえで今、銀行が力を入れているのが「モニタリング」だという。

対策の司令塔となる「マネロン等金融犯罪対策室」に初めてメディアとして入った。総勢50人体制で、1日平均およそ100万件と膨大な数の取引から疑わしい取引を見つけ出さなければならない。

銀行員たちは厳しい目でモニターを凝視していた。

モニタリングではまず、取り引きを「パターン検知システム」に通す。

これは疑わしい取り引きの類型にあわせて「特定の国」「一定金額以上」「頻度」「最近起きた金融犯罪のキーワード」など、パターンを数十種類用意し、コンピューターがパターンに該当するものを自動で検知し、抽出する。

それをさらにAI=人工知能が絞り込んでいく。去年1月に本格導入したばかりの新機能だ。AIは過去、当局に報告された疑わしい取り引きを日々学習しており、高い精度で疑わしいケースを見つけ出すことが可能だという。

この銀行によるとAI導入前と比べて検出割合は3倍に増加。高い精度で、疑わしい事例が数多く見つかり、手応えを感じている。

一方、難しいのは不正につながるパターン、キーワードを常に最新のものにしておくことだ。この条件がずれてしまうと、最新のシステムも意味がなくなってしまう。

めまぐるしく変化する世界情勢や犯罪、テロ情勢に追随していくのは簡単ではないと銀行の担当者は話す。

横浜銀行 マネロン等金融犯罪対策室 光安豊史室長

光安室長
「対策に終わりはない。事業環境や犯罪の状況、顧客の状況は変化するので常にいろんな工夫をしてあわせていかなければならないのが非常にむずかしい」

横浜銀行の「モニタリング」システムは2022年、AIを活用する領域をさらに拡大させ、進化している。

具体的には、これまで検知に成功した取り引きの情報を学習させ、前述した「パターン検知システム」で用意されるパターンの精度を高めることに成功した。当局に届け出る検出の数はおよそ2倍に増加した。

マネロン対策には、こうした不断の見直しが必須となっている。

暗号資産への監視は未知数

各国の当局が今、頭を痛めているのはかつて仮想通貨と呼ばれた暗号資産だ。

金融機関を介せず決済ができ、いとも簡単に国境を越えられる。マネーロンダリングには好都合な条件がそろっている。

オーストラリアの研究者の論文では2009年から2017年に行われたビットコイン取引を調べると46%は違法行為がらみだったと推計している。

 アメリカ財務省傘下の金融規制部門、金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は2020年11月、銀行が暗号資産の送金についての情報を収集しなければならない基準を3000ドルから250ドルに引き下げる提案を行った。

また、この部門は2021年7月、初めてとなるデジタル通貨チーフアドバイザーを選任、取り締まり強化に乗り出している。

意識改革が必要

マネーロンダリングやテロ資金供与をいかに断ち切れるのか。

ことし6月に国会で成立した改正資金決済法を受けて、金融庁も暗号資産のマネロン対策強化を進めている。

改正法では、法定通貨に価値を連動させる暗号資産の1つ「ステーブルコイン」の取り引き・管理を担う仲介業者を登録制にして犯罪の疑いのある取り引きを監視するなどの暗号資産業者に対してさらに厳しいマネロン対策を求めていく。

また、規模の小さい地方銀行などが規制の抜け穴にならないように、銀行間で不正な取り引きをAIで検知する共同監視システムの構築・導入に向けて、システム運営機関を「為替取引分析業」として許可制にするなどの体制整備も進めた。

このほか金融庁は財務局などと連携して金融機関への立ち入り検査も強化した。すべての金融機関・暗号資産業者に対してマネロン対策の状況を総点検し、2024年3月末までに体制整備を促す方針だ。

鎖の強さ

テロによって倒壊したワールドトレードセンター跡地近くには、さらに高い高層ビル、「ワン・ワールド・トレードセンター」が建ち、アメリカの「テロには屈しない」という強い姿勢が示されている。

しかし、テロや犯罪を防ぐマネーロンダリング対策は世界各国で道半ばだ。

スコットランドの哲学者トーマス・リードのことばに「鎖の強さはその最も弱いつなぎ目の強さで決まる」というのがある。鎖の弱い部分が壊れると全部が崩れてしまうという意味だ。

平穏な毎日がこれまでと同じように続くよう、マネーロンダリング対策に協力していくことが私たちにできる小さな、しかし着実な歩みだと取材を通じて痛感した。

※ 2021年9月6日公開のビジネス特集「マネロン最前線 尽きぬテロ資金9・11から20年」に加筆修正して掲載しました。

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