2022年7月22日
ウクライナ ロシア

もうひとつの戦争犯罪? ~破壊されるウクライナの文化財~

がれきと化す博物館、燃え上がる修道院。
ウクライナ国内ではいま、ロシアによる軍事侵攻後、次々と歴史的な建造物など文化財が破壊されています。その数は160か所以上にものぼるとされていますが、全容はわかっていません。

「文化財への攻撃は私たちのアイデンティティーに対する攻撃だ」(ウクライナの文化相)そんな声も高まる中、関係者へのインタビューや、現場の映像・衛星画像の分析から、その被害の実態を探りました。

(国際部 田村銀河・吉元明訓)

次々と破壊される文化財

ウクライナへの軍事侵攻の開始以降、文化財が破壊されたという報告があとを絶ちません。

ウクライナのゼレンスキー大統領が6月4日にSNSに投稿した動画には、修道院の聖堂が激しく燃え上がる様子が映し出されていました。

ウクライナ東部ドネツク州にある「スビャトホルシク大修道院」は16世紀ごろに建設された、ウクライナ国内に3つしかないウクライナ正教会の「大修道院」のひとつです。

聖堂は、旧ソビエトの支配下で一度破壊されましたが、2000年代に再建された国内最大級の木造の聖堂です。精緻に丸太が積み重ねられた美しい姿は、巡礼者や観光客を魅了していましたが、ロシア軍が東部に攻勢を強める中で砲撃が直撃し、瞬く間に火が燃え広がりました。

こちらの動画は、ウクライナ東部ハルキウ州にある「ロゾバ市文化会館」の近くにある監視カメラの映像です。5月20日にロシア軍のミサイル攻撃を受けた瞬間を捉えています。

施設には、音楽ホールやダンスホール、映画館などが入っていて、街の文化の中心地でしたが、ミサイルが直撃し、黒煙が大きく上がる様子が鮮明に捉えられています。

ユネスコは早い段階から危機感

世界の文化や歴史的建造物の保護にあたるユネスコ(国連教育科学文化機関)は侵攻開始直後の3月、すでに危機感を表明していました。声明で「私たちは“過去からの証言”としてだけでなく、未来の“平和と結束の懸け橋”としてウクライナの文化遺産を守らなくてはいけない」と呼びかけましたが、その後も文化財への攻撃はいっこうに収まりませんでした。

ユネスコは文化財の被害の情報収集を続けていて、7月18日時点で計164の文化財が破壊されたと公表しています。ウクライナ当局は文化財への攻撃は400回を超えると発表していて、被害の実態はまだわかっていないのが実情です。

被害の実態を調べると・・・

被害を受けたのは、どんな場所で、どれほどの損害を受けているのか。その文化財が破壊されたことを地元の人はどう思っているのか。NHKでは、現地の写真や衛星画像を探すとともに、現場近くにいる人たちを探して連絡をとり、被害の実態を調べました。

ドネツク州 聖ニコラス教会 攻撃前と後

こちらは東部ドネツク州にある「聖ニコラス教会」です。親ロシア派の武装勢力と戦って命を落とした兵士たちをたたえ、慰霊する場として、2018年に建造されたという比較的新しい教会ですが、3月、ロシア軍による空爆で、シンボルだった黄金のドームや木造の壁が破壊されて崩れています。

聖ニコラス教会の衛星画像

人工衛星から撮影した画像です。攻撃前は整然としていた教会の周辺ですが、攻撃後は色が変わっていて、がれきのようなものが散らばっているのが分かります。

地元の人たちにふだんから親しまれている文化財も次々と被害に遭っています。

こちらはウクライナ北部のチェルニヒウにある若者向けの図書館、「旧タルノブスキー博物館」です。施設を管理する館長によりますと、19世紀の半ばごろに建てられ、その後、19世紀の終わりごろにこの地域では珍しいゴシック様式の建物として再建されたといいます。

旧タルノブスキー博物館 攻撃前と後

しかし、3月、攻撃で変わり果てた姿となってしまいました。屋根や窓枠にあった繊細な装飾や草花に覆われた庭園は見る影もなくなってしまいました。

旧タルノブスキー博物館の衛星画像

人工衛星から撮影された画像では、建物の形状が崩れている様子だけではなく、隣接する広い競技場にも砲弾かミサイルの跡と見られる大きな穴があいていたり、観客席が大きく壊れたりしている様子も確認できます。

そして、こちらは中庭を撮影した写真です。大きなクレーターができているのが分かります。

この施設を管理するセルギー・ライエブスキー館長によりますと、3月10日から11日かけて、2発の爆弾の爆発で、建物のおよそ7割が破壊されたということです。図書館から200メートルほど離れたところに軍事施設があるとは言え、文化施設が意図的に狙われた可能性もあるとライエブスキー館長は感じています。

ライエブスキー館長
「この建物は地元の人にとって、重要なシンボルです。ロシアがウクライナの歴史的な文化財を破壊してウクライナの歴史をなくそうとしているように感じていてとても怖いです」

狙われた?博物館の現場は

スコボロダ文学記念博物館 攻撃前と後

ロシア軍が意図的に攻撃した疑いが強く指摘されている文化財もあります。

東部ハルキウ市の近郊にあるスコボロダ文学記念博物館は「ウクライナのソクラテス」とも呼ばれるウクライナの代表的な哲学者で、詩人でもある、フルィホーリィ・スコボロダが晩年を過ごした家です。ことし、ちょうど生誕300年となるスコボロダはウクライナの500フリブニャ紙幣に肖像が使われているほど、ウクライナ国民、誰もが知る存在です。

18世紀に建てられた博物館にはスコボロダの著作物や彼が集めた哲学書や詩集、絵画など貴重な資料が展示されていて、毎年数万人もの人が訪れる有数の文化施設です。

攻撃で炎上し、屋根や壁が大きく損傷したスコボロダ文学記念博物館

ところが博物館によると、5月、夜間にミサイルが直撃し、博物館が炎上。一部の展示品などは避難させていて無事でしたが、多くの書籍や絵画が焼けたほか、ミサイルが着弾した屋根や床には大きな穴が空きました。

博物館の象徴 スコボロダの像

そして、博物館の象徴として、館内の中心に置かれていたスコボロダの像。攻撃後、屋根が落ち、黒焦げになりながら、風雨にさらされるようになってしまいました。

博物館の担当者のオレーナ・リブカさんは、地元では軍事関連の施設は周囲にはなかったにもかかわらず、攻撃を受けたことに大きな怒りを感じていると言います。

スコボロダ文学記念博物館 オレーナ・リブカさん
「ミサイルで意図的に狙ったのです。文化財が破壊されないよう、ハルキウ州のウクライナ軍は、博物館の周辺に軍事的な施設を一切置かないようにし、できる限り攻撃を受けるリスクが少なくなるようにしていましたが、それでも残念ながら守り切れませんでした。博物館はロシア軍にとって、とても魅力的な標的だったのです。7月6日にはスコボロダの名を冠した教育大学も破壊されましたし、これは文化財への意図的な破壊だとしか思えません。ただの破壊ではなく、私たちの文化の破壊です」

文化行政のトップ “アイデンティティーへの攻撃”

こうした状況について、NHKのインタビューに応じたウクライナのオレクサンドル・トカチェンコ文化情報相は、プーチン大統領がウクライナ人の存在そのものを否定していることの表れだと訴えています。

オレクサンドル・トカチェンコ文化情報相
「プーチンは、千年以上の歴史や言語といったウクライナ独自の文化や遺産が存在することを認めていないと何度も強調しています。プーチンがウクライナ人やその領土に対してだけでなく、文化財に対しても攻撃を行うことは、わたしたちのアイデンティティーに対して攻撃をしかけていることとまったく同じなのです」

裁けるか “もうひとつの戦争犯罪”

文化財は、これまでも戦争や紛争の中でしばしば攻撃の対象になってきました。アフガニスタンのタリバンによるバーミヤンの仏像の爆破や、IS=イスラミックステートよるシリアのパルミラ遺跡の破壊などです。

イラクの遺跡を破壊する ISの戦闘員ら

戦争で文化財を攻撃対象にしてはいけないと定める国際法もある上、国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪の定義の一つに「宗教、教育、芸術、科学、または慈善のために供される建物、歴史的建造物、病院及び傷病者の収容所であって、軍事目標以外のものを故意に攻撃すること」を挙げています。

ウクライナ政府は今後、文化財への攻撃をロシアによる戦争犯罪として追及していく考えです。ただ、民間人への攻撃と同様、文化財への攻撃もその意図があったかどうかを立証していく作業は簡単なものではありません。

ウクライナ文化遺産保全の専門家はー

2015年からウクライナの文化遺産の保全に関わってきた筑波大学の上北恭史教授は次のように指摘しています。

筑波大学 上北恭史教授
「『自分たちの文化に対じするものは破壊してもいい』という考え方を持つ人たちがいると、いざ戦争などが起きた時、文化財保護の国際条約が守られないということがこれまでも起きています。ユネスコの文化財保護の取り組みはまだ完全に達成できていません。『相手を理解することによって平和を獲得する』というユネスコの信条を大切にしながらも、文化財保護のために、これまでとは違う、より実効性のある方法を生み出していかないといけないと思います」

取材を終えて

今回取材した文化財は、いずれも、祈りや交流を通して、人々の記憶や歴史に刻まれてきた場所ばかりです。話を聞かせてくれた人たちからは文化財が突然失われた怒りや悲しみ、やるせなさが伝わってきました。

みずからのアイデンティティーと深くつながる文化財の破壊は、ウクライナの人たちの心の中に暗い影を落とし、ロシアへの根深い不信感を生み出しているように感じます。

プーチン大統領は「ロシア人とウクライナ人は1つの民族」などと主張してきましたが、現状は、ロシアとウクライナの国民の間の分断を深めてしまっているように見えます。

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