2022年5月25日
ベトナム アジア

彼は駅に捨てられた…

「暴力を受けて逃げてきた」「退職するよう迫られた」

取材を進める中で聞いた、耳を疑うようなことばの数々。とても今の日本で起きていることとは思えませんでした。その中でも最も驚いたのが、次のことばでした。

「駅に捨てられた人がいるんです」
(国際部記者 紙野武広)

※この記事は2020年10月22日に公開したものです

行き場を失う実習生

新型コロナウイルスの感染が続く中、行き場を失っている技能実習生たちがいる。この情報に触れた私は、さっそく取材を始めることにしました。

取材を進めると、ベトナム人の技能実習生たちが毎日のように駆け込んでいるというNPO法人があることがわかりました。そのNPO法人「日越ともいき支援会」は、高層ビルが建ち並ぶ東京港区のビルの中にありました。

私が取材に訪れた日も、施設の中はベトナム人たちがたくさんいて、中には両手いっぱいの荷物を抱えて今駆け込んできたばかりのような人もいました。

NPO法人の代表、吉水慈豊さんに話を聞くと、事情を説明してくれました。

NPO法人 日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん
「彼らは『受け入れ先から暴力を受けた』『実習先の企業から退職するよう迫られた』と訴えて、私たちに助けを求めに来ています。新型コロナウイルスの感染が続く中で、そうしたベトナム人が後を絶たないんです」

そして吉水さんは、「駅に捨てられた実習生がいるんです」と言って、1人の技能実習生を紹介してくれました。

夢は、家族に家を建てること

彼の名前は、グエン・ディン・ティさん(25)。2019年6月に来日し、静岡県内の建設会社で技能実習生として働きはじめました。

日本に行く決意をしたのは、夢をかなえるためでした。それは、ふるさとベトナムに家族のための家を建てること。

しかし、来日から9か月ほどがたった2020年3月。会社からティさんに、あるメッセージが届くようになりました。

「あしたは、やすみです」
それは、ティさんに仕事を休むよう伝える内容でした。

建設会社は、新型コロナウイルスの影響で仕事が少なくなっていたのです。メッセージは連日のように届くようになり、ティさんは出勤できない日が続きました。

そして、2020年4月、ティさんを建設会社へ紹介した団体の担当者からこう告げられました。

「東京に住むところを用意したから向かってほしい」

ティさんは詳しい事情が分からないまま、急いで荷造りをしました。静岡県内の駅までは団体の担当者が送ってくれましたが、東京までの切符は自分で買いました。

日本での生活に必要なものを詰めた大きなスーツケース2つとともに都内の駅に降りたティさん。
しかし、彼のことを迎えに来る人は誰もいませんでした。

ベトナムに帰りたい

1人東京に投げ出されたティさん。日本語もよくわからない、どこに相談していいのかわからない。同じく技能実習生として日本で働く姉に連絡をとり、なんとかお金を借りることができました。

その後は、ホテルに泊まったり、友人を頼ったりしてなんとか過ごしてきました。駅で野宿することもありました。それでも、あっという間に所持金は底を尽きそうになっていました。

そうした中でたどりついたのが、NPO法人でした。

ティさんは、支援してくれる人やほかのベトナム人たちと話している時は笑顔を見せ、明るくふるまっているように見えましたが、私が当時のことを聞くと表情が暗くなり、口かずも少なくなりました。

それでも、取材を重ねていくうちに、自身の思いを明かしてくれました。

グエン・ディン・ティさん
「急に居場所がなくなり、とても疲れた。日本での生活は大変になるだろうと、覚悟はしていた。でも、ひどすぎる。もう日本人を信じられない。ベトナムに帰りたい」

なぜ行き場を失うのか?

なぜティさんのような技能実習生が行き場を失っているのか。
まず、技能実習生がどのようにして日本の企業で働いているのか、その仕組みを調べてみました。

ティさんに、静岡県から東京に向かうように伝えてきたのは、技能実習生を実習先の企業に紹介する「監理団体」と呼ばれる民間の団体です。

国からの許可を得て海外から技能実習生を受け入れたうえで、国内の企業に紹介しています。

監理団体は、たとえ企業の経営状態が悪化して実習生が解雇された場合でも、新たな就職先を紹介したり帰国を希望する実習生のサポートをしたりすることが定められています。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、技能実習生を受け入れている企業の経営状況が悪化し、実習生の解雇が急速に増える中、監理団体のサポートが追いつかなくなっているケースが出てきているのです。

その結果、解雇された実習生がその後のサポートを受けられない現状が浮き彫りになってきています。

監理団体はなぜ「放置」したのか?

本来サポートの役割を担うはずの監理団体は、なぜティさんを東京に「放置」してしまったのか。

監理団体の担当者に、電話で連絡を取ることができました。

監理団体の担当者
「本人の意向もあり、ベトナムに帰国させる方針となった。帰国便が取れるまでの間、東京にいる、ベトナムから彼を送り出した、送り出し機関の担当者に引き取ってもらうことになった」

しかし、実際にはその担当者が迎えに来ることはなかった状況を伝えると…。

監理団体の担当者
「NPO法人からの連絡が来るまで知らなかった。彼が東京に着いたときに確認しておくべきだったが、本人の連絡先を知らず連絡することができない状況だった。放置するつもりはなかった」

私は、ベトナムにある送り出した機関にも接触を試みましたが、いまのところ連絡がついていません。

NPO法人の吉水さんは、技能実習生をめぐるこうした現状に憤っています。

NPO法人 日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん
「文化も言語も違うベトナムから来てもらっているのだから、私たち日本人の方から歩み寄って支援をするべきです。今回のケースは東京まで行かせて放置するという悪質なケースですが、ここまでいかなくても、新型コロナウイルスの影響で突然解雇されたり、帰国させられそうになったりと、いろいろなケースの相談が来ています」

急増する実習生の解雇

それでは、ティさんのように解雇された技能実習生はいったいどのくらいいるのでしょうか。

出入国を管理する出入国在留管理庁が、コロナ禍で事実上の解雇となった実習生の人数を把握していました。

その数は、2020年9月18日の時点で3627人。数字をとり始めた5月に比べて4倍あまりとなっていて、一貫して増加傾向にありました。

そして、このうち次の職場を見つけられずにいる人は1378人で、解雇された実習生全体の4割近くを占めています。

こうした実習生たちが置かれた状況を国はどの程度把握しているか。出入国在留管理庁に聞いてみましたが、ひとりひとりの詳細まで把握するのは難しいと説明しました。

出入国在留管理庁の担当者
「彼らの実態を調査する必要性は認識しているものの、本来業務だけでなく新型コロナウイルスによる業務量の増加もあり、網羅的に調査することは難しい」

新型コロナウイルスの影響が長引く中、国は、解雇された実習生が転職できる職種の幅を広げたり、帰国できない実習生の在留期間を延長したりして支援の拡充を図っていますが、ティさんのように支援が行き届いていない実習生も少なくありません。

こうした現状に、外国人技能実習制度に詳しい神戸大学大学院の斉藤善久准教授は、支援体制を拡充することが必要だと訴えています。

神戸大学大学院 斉藤善久准教授
「実習生が帰国するまで監理団体がサポートするのが当然ですが、いまはコロナ禍で経営が厳しく雇い続けられない企業も多い一方で、すぐに帰国させることもできない特殊な状況です。制度が始まった当初はこうした非常事態が想定されておらず、監理団体だけで対応するのが難しい部分も出てきています。もともとは国が始めた制度なので、国は民間に丸投げするのではなく、帰国できるまでの間、実習生をシェルターで保護するなど、積極的に支援をしていくことが必要です」

もう、つらい思いはしたくない

ティさんは今もNPO法人に保護されていて、施設の中で暮らしています。ベトナムに帰ろうにも、新型コロナの影響で減便したベトナムへの航空便は順番待ちの状態が続いていて、帰国のめどは立っていません。

何も知らない日本で、仕事も失ったティさんに残ったのは、日本に行くための費用として工面した約130万円の借金だけです。

ティさんは、NPO法人の吉水さんの支援を受けて、新しい働き先を探そうとしましたが、東京に1人取り残されたときのつらい思いが頭をよぎってしまいます。

グエン・ディン・ティさん
「また、つらい思いをする。もう、そんな思いはしたくない。ベトナムで家を建てるという夢は諦めるしかない」

実習生は必要不可欠な人材

発展途上国への技術移転の名のもとに始まった外国人技能実習制度ですが、その人数はいまや41万人を超え、事実上、日本の人手不足を補う大切な役割を果たしています。

日本にとって必要不可欠になったと言える人材をつなぎとめるための十分な対策はとられているのか。新型コロナウイルスの感染が続く非常事態だからこそ、国が責任をもって支援を拡充していく必要があると感じています。

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