2021年9月14日
アメリカ

誰が、何のために「デマ」を拡散させるのか?

「デマの65%は12人から派生している」

記者会見でこう指摘したのは、ホワイトハウスのサキ報道官です。

2021年3月までの1か月余りの間にSNS上に出回った新型コロナウイルスのワクチンに関するデマの65%は、わずか12人に派生するアカウントから発信されていたというのです。

いったいどういうことなのか?この12人はどういう人たちなのか?取材しました。

(ワシントン支局記者 辻浩平 ロサンゼルス支局記者 山田奈々)
※この記事は2021年9月14日に公開したものです

デマの65%は12人から

ことし7月のホワイトハウスでのサキ報道官の記者会見で次のような発言がありました。

サキ報道官
「新型コロナウイルスのワクチンに関するディスインフォメーション(デマ)が広く出回っている。デマの65%は12人から派生している」

会見でサキ報道官が引用したのは、イギリスとアメリカに拠点を置くNGO団体、デジタルヘイト対策センター(CCDH)が今年3月に発表した報告書。

それによると、団体が2021年2月から3月にかけてフェイスブックなどのSNSに投稿されたりシェアされたりしたデマ情報81万件余りを分析したところ、12人に関係するアカウントに行き着いたというのです。

12人の中にはフォロワーの数が、フェイスブック、ユーチューブ、インスタグラム、ツイッターを合わせて400万を超える人物もいます。

「新型コロナのワクチンによって不妊になるおそれがある」
「ワクチン接種によって死者が出ている」

それらのアカウントからデマが発信され、瞬く間に世界中に拡散されたのだといいます。

12人はどんな人たち?JFKの“おい”も

では、この12人はいったいどういう人たちなのでしょうか。報告書には、個人や彼らが運営する団体の名前が記されていました。

その中の1人に取材を試みることにしました。

その人物の名前はロバート・F・ケネディ・Jr氏。あのケネディ元大統領のおいで、言わずと知れた多くの政治家などを輩出する名門一家の1人です。

ケネディ・Jr氏の投稿

彼はSNSで新型コロナのワクチンに関して「ワクチンによって1万2000人以上が死亡している」「ワクチンを接種した女性が流産したとの報告がある」などと主張しています。

こうした主張について、ワクチンを承認するアメリカの政府機関FDA=食品医薬品局は「明確にしておくがこうした情報は事実ではない。ワクチンは命を救う」と、明確に否定しています。

ケネディ・Jr氏に取材を申し入れると、オンラインでなら応じると回答がありました。早速オンラインで取材を試みました。

ロバート・F・ケネディ・Jr氏

記者
あなたは「新型コロナワクチンによって1万2000人以上が死亡している」などという情報を発信しているがその根拠は?

ケネディ・Jr氏
私の主張は公的機関などのデータに基づいている。

記者
具体的にはどの公的機関のどのデータですか?

ケネディ・Jr氏
HHS(アメリカ厚生省)が運営するウェブサイトに市民が情報を投稿できるようになっている。そのデータによると、ワクチン接種後に死亡した人は1万2000人だ。

公的機関のWEBサイト

彼が指摘したウェブサイトを見てみると、確かに市民が新型コロナに関連する情報を投稿できるようになっていました。

そこには、ワクチン接種後に死亡したとするデータもあり「1万2000人以上」という数字は見つかりませんでしたが、2021年8月23日時点で6968人という数字がありました。

ただ、よく見ると、サイトの目立つところに「免責事項」として「検証不可能な情報が含まれている可能性がある」と記されていて、ワクチン接種と死亡の因果関係も定かではないものでした。

未確認の情報をそのまま引用することの是非について、後日、メールで取材を申し入れましたが、明確な回答はありませんでした。

また、CCDHやホワイトハウスが名指しでデマを拡散していると非難していることについて聞いてみるとー

ケネディ・Jr氏
今のアメリカの政策は間違っている。新型コロナについてはわかっていないことが多い。ワクチンの危険性も多く指摘されている。科学は反対意見をぶつけあうことで発展していく。政府の主張と合致しないという理由で、なぜ我々の主張が一方的に非難されるのかわからない。

記者
しかし科学的に根拠のない、誤った情報を発信するのは問題なのでは?なぜ、こうした情報を発信し続けているのか?

ケネディ・Jr氏
私たちはワクチンを接種すべきかどうかのアドバイスを提供しているわけではない。最終的にワクチンを接種するかは個人の判断だ。

その後も、いくら質問しても、似たような主張を繰り返し、こちらの疑問に明確に答えることもありませんでした。

“彼らの目的はマネーだ”39億円超の売り上げ?

いったい彼らはなんのために誤った情報を発信し続けているのか?その疑問を、報告書をまとめたCCDHのイムラム・アフマド代表に聞いてみました。

デジタルヘイト対策センター(CCDH) イムラム・アフマド代表

アフマド代表によると、12人は新型コロナウイルスの存在やワクチンを否定する情報を積極的に発信することで、多くのフォロワーを集めていて、そうした人たちを対象に、セミナーを開いたり、みずからが運営するウェブサイトでサプリメント、本、健康情報などの販売をしたりしているといいます。

CCDHが発表した別の報告書では、12人がそれぞれ運営するウェブサイトでの物品の販売、“健康情報”にからむビジネスによる年間の売り上げは合わせて3580万ドル、日本円で39億円余りにのぼるというのです。

実際、報告書の12人のリストのトップに挙げられ、SNSで400万人以上のフォロワーを持つ医師のジョセフ・メルコーラ氏は、ウェブサイトで健康グッズや栄養補助食品などを販売していました。

サイトを見ると「免疫を上げたり認知能力を向上させたりする」と主張するサプリメントが並んでいます。

過去には「がんのリスクを軽減させる」と主張するベッドを販売したことで、政府機関から虚偽広告だとして指導され、消費者に対しておよそ260万ドルの返金を命じられたこともありました。

メルコーラ氏は、政府から名指しで批判されていることについて、NHKの取材に対しメールで次のように回答しています。

「億万長者がこの魔女狩りを財政的に支援している。彼らは巨額の費用を投じてワクチンの義務化のキャンペーンをしている。ワクチン・パスポートを身分証の必要条件とするのがねらいで、それは権威主義のテクノクラシーの夢なのだ」

また今回、オンラインで取材に応じたケネディ・Jr氏は以前からワクチン全般に懐疑的な「アンチ・バクサー(anti-vaxxer)」として知られていて、ウェブサイトなどを運営しています。

そのサイトでは10ドルで会員登録できるサービスがあり、契約するとより多くの情報に触れられるとしています。サイトには子どもたちがワクチンなどの危機にさらされていると主張する情報や、ワクチンの信頼性に疑問を投げかける内容が目立ちます。

イムラム・アフマド代表は彼らの意図をこう説明しています。

イムラム・アフマド代表

イムラム・アフマド代表
「彼らの目的はマネーにほかなりません。これをビジネスにしているのです。時には100人を超えるスタッフを雇い、洗練されたデマのコンテンツを大量に作って発信しています。彼らは情報操作のプロなのです。『ワクチンはこういうリスクがある』『安全性は確認されていない』などともっともらしい疑問を提示し、何が事実なのか分からなくなるようしむけているのです」

デマ批判はプラットフォーマーにも

新型コロナのワクチンに関するデマをめぐっては、プラットフォームを運営するフェイスブックなどのソーシャルメディア事業者への批判も高まっています。

アメリカでは2021年8月2日には、18歳以上で少なくとも1回の接種を受けた人の割合が70%に達しましたが、当初の目標より1か月ほど遅れていて、アメリカ政府はその要因のひとつにSNSなどでのデマがあるとしています。

アメリカ政府はデマや誤った情報の投稿を特定して、ソーシャルメディア事業者に対して、削除するよう求めたり、アカウントの凍結などより強い措置をとったりするよう求めています。

ソーシャルメディア事業者も投稿の削除やファクトチェックを行ったうえで、情報が事実ではないと注意喚起を促しています。

ただ、SNS上には、依然としてワクチンなどに関するデマが大量に出回っていることから、バイデン政権はいらだちを強めていて、バイデン大統領はこうしたソーシャルメディア事業者について「彼らは人々を殺している」とまで発言しています。

バイデン政権から対応が十分でないと批判されていることについて、フェイスブックの担当者に取材しました。

フェイスブックは傘下のインスタグラムと合わせてこれまでに2000万もの投稿を削除し、そうした情報を投稿する利用者のアカウントを凍結・削除する対策を行っているとしたうえで、担当者は次のようにコメントしています。

フェイスブックの担当者
「アメリカのフェイスブック利用者の85%がすでにワクチンを接種したか、接種したいと考えていると回答している。バイデン政権の接種率目標が達成されなかったのはフェイスブックのせいではない」

一方で、今回、CCDHが報告書で指摘した12人のアカウントが閉鎖されていないことについて尋ねると「個別の案件については回答を差し控える」としています。

そのうえで、次のようにコメントしています。

フェイスブックの担当者
「新型コロナに関する誤った治療法や予防法、感染拡大地域や、その深刻度に関する誤った主張など、差し迫った危害につながる可能性のある内容は削除しており、特に、その誤情報を信頼した場合、病状が悪化したり、必要な治療を受けられなくなったりする可能性がある虚偽の内容の削除に注力している」

自分の経験を伝えて

ボストン大学で感染症を専門にしているサブリナ・アサモウ医師は、ワクチン接種によって「不妊のおそれがある」、「死亡するケースがある」などの情報は科学的に明確に間違いであることが明らかになっていると指摘しました。

それでは、家族や友人など身近でデマを信じている人がいた場合、どうすればいいのでしょうか。自身もデマ情報を信じる患者に多く接してきたというアサモウ医師は、以下の点をアドバイスとして挙げました。

サブリナ・アサモウ医師

・自分の経験を語ること。

・科学的な根拠を示してデマ情報を否定するだけでは人の気持ちは簡単に変えられないので、まずは相手をばかにしたり否定したりせず、耳を傾け、懸念に理解を示すこと。

・かかりつけ医など信頼できる人に相談するよう勧めること。

・信頼できる公的機関のウェブサイトを紹介すること。

サブリナ・アサモウ医師
「ワクチン接種を済ませている人は、周りの人に自分の健康には何も問題がないと伝えてください。デマを信じている人は真剣に心配しているだけの人も少なくありません。身近な人がワクチン接種後も健康な状態でいることを知ることが、不安をぬぐい去ることに最も役立つのです」

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