2022年7月4日
中国 香港

【今の香港で起きていること⑤】多くの市民から「ありがとう」と言われた新聞があった

※この記事は2021年12月6日に公開したものです

2021年6月23日夕方、私は、土砂降りの雨の中を工業団地の中にある「リンゴ日報」の本社に向かっていた。

“国家の安全に危害を加えた”とされた新聞

「リンゴ日報」は、その前の週に編集長などが次々に香港国家安全維持法に違反した疑いで逮捕され、資金が凍結されていた。

警察に連行されるリンゴ日報の編集幹部ら(2021年6月17日)

これまでも創業者や幹部が詐欺などの疑いで逮捕されたことがあったが、今回の容疑は言ってみれば「紙面そのもの」に対して。

警察の発表によると「2019年から30回以上にわたって、記事などを通じて国家の安全に危害を加えた疑いがある」というのだ。

書いた記事が「国家の安全に危害を加えた」とされるなんて、記者にとって衝撃的だった。

そして続けざまに論説などを書いてきた「主筆」が逮捕されるに至って、「リンゴ日報」は慌ただしく発行停止を発表した。日暮れ前に私が本社に着くともうすでに大勢の人が集まっていて、その数はどんどん増えていった。

2021年6月23日夜、リンゴ日報本社前に集まった人たち

「唯一無二」の新聞だった

「リンゴ日報」はまさに「統治者と異なる考えや発言」を続けてきた新聞だった。

アパレル業界で財を築いた黎智英氏が、香港の中国返還の2年前、1995年に創刊。センセーショナルな芸能ゴシップやどぎついイラストなどで物議をかもすなどしたが、働いていた記者は「どんなテーマでも制限されることがなく、とにかく自由な雰囲気だった」と話す。

ほかの新聞すべてが中国政府や香港政府を称える広告を1面にでかでかと掲載しても、リンゴ日報だけはいつも「マイペース」。唯一無二の存在だった。

2021年4月15日、「国家安全教育の日」の広告を掲載した他の新聞とリンゴ日報

民主派の抗議活動を積極的に支援し、デモの参加者に「黄色い傘」を配ったり、活動が過激化していった時でも若者たちを鼓舞するような記事が目立ったりした。「民主派寄りの新聞」というより、むしろデモ参加者のための「活動機関紙」と言えそうな紙面の時もあった。

でもそのことは、リンゴ日報が香港に「言論の自由」が残っていることの証明でもあったと言える。2020年8月に創業者が逮捕されたあとも、新聞はその姿勢を崩すことはなかった。

保釈中にNHKのインタビューに答える黎智英氏(2020年9月)

しかし中国の指導部がそんなメディアを放っておくわけもない。私は2020年末以降に政治評論家などから、リンゴ日報はもうもたないだろうという話を幾度も聞いていた。

香港を混乱に陥れた「張本人」だと、中国指導部に目の敵にされていただけに「7月1日の中国共産党創立100年の晴れ晴れしい記念日までに、当局がつぶしにかかるに違いない」といわれ、そしてそのとおりになった。

リンゴ日報のニュースフロア

「きょうは言論の自由との決別の日だ」

2021年6月23日の夜、本社の周りでは数百人の市民がスマートフォンのライトを照らしながら、「リンゴ日報、ありがとう」「いつまでも支持するよ」と叫ぶ声が響いていた。降り止まない大粒の雨に「天も泣いている」と言う人もいた。ビルの中にいる記者たちからも「読者のみなさん、ありがとう」という声が聞こえてきた。

ビルからもスマートフォンのライトをかざす

しかし政府を批判するスローガンを叫ぶ人はいない。取り締まりの対象になるから。集まった人たちも記者たちも、誰もが胸の中に悔しさと怒りを押し殺しているように見えた。

最終号を制作

午後10時すぎ、どんどん集まってくる人の波をかき分けて、私はリンゴ日報の本社から九龍半島の繁華街に向かった。できあがったばかりの朝刊がいちばん最初に届く小さな新聞スタンドを取材するために。

そこにはすでに長蛇の列。長さは数百メートル、角を曲がった通りの先まで続いていた。列の先頭の人は午後7時に来たという。

午前0時前に最初の新聞が届くと大きな歓声があがった。1面には私がつい数時間前までいた本社前の市民の姿が掲載されていた。

最終号の見出しは「雨の中のつらい別れ」。スタンドの女性が「1人2部までね」と言いながら次々に手渡していく。受け取った人たちは写真を撮ったりその場で1ページ1ページ広げて見たり。大事そうに抱えていた男性は、「きょうは言論の自由との決別の日だ」と話した。

26年の歴史に幕を閉じる最後の朝刊の発行部数は、香港の全人口の約7分の1にあたる100万部、通常の10倍以上だった。

翌朝、通勤途中にあるコンビニエンスストアに寄ってみた。いつもリンゴ日報が山積みされていた“指定席”には別の新聞が積まれていた。「リンゴ日報」と書かれてあった棚のプレートもきれいにはがされていた。

横を見ると同じように棚を見つめる中年の男性が「ああ、やっぱりないんだね」と声をかけてきた。

そして7月1日には中国共産党創立100年と香港の中国返還24年を華々しく祝う広告が、すべての新聞の一面を飾った。この日、香港の声は「1つ」になった。

共産党創立100年と香港中国返還24年を祝う広告が載った新聞各紙

強まり続ける規制に映画は、美術は

「リンゴ日報」が発行停止に追い込まれたあと、今の香港で「表現の自由」はどこまで許されるのだろうか。ずっと気になっていることだ。

私は映画や美術を鑑賞するのが好き。いずれも詳しくはないが、映画は月に5,6本は映画館で見るし、夏休みの旅行はいつも美術館が中心だ。そんなわけで特に映画や美術に国家安全維持法がどれくらい影響するのかが気がかりだった。

香港のシネコン

リンゴ日報などメディアへの統制に続いて、映画に対する規制の強化が打ち出されたのは2021年8月。香港政府は映画の検閲に関する条例の改正案を発表した。国家安全維持法に基づいて描写や内容が「国家の安全に悪影響を与える」と判断されれば、その作品の上映は禁止される。刑事罰が科される可能性もある。

香港ではこれに先駆けてすでに2021年初めから、2019年のデモを扱ったドキュメンタリー映画の上映会が開催自粛に追い込まれるケースが相次いでいた。

民主派の政党、民主党はすぐに声明を発表して懸念を示した。

「何が国家の安全に危害を加えると判断されるのかはっきりしておらず、香港映画の発展を妨げるものだ」

しかし改正案はすんなり議会で可決され、施行された。法律は新たに制作する作品だけでなく、すでに制作された作品についても適用されるという。

日本の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞した「理大囲城(監督:香港ドキュメンタリー映画工作者)」や、台湾の台北金馬映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した「時代革命(監督:周冠威)」といった、映画祭で高い評価を受けたいくつかの作品は香港では見ることはできない。

表現の自由の「余地」はまだある

2021年11月に開館したばかりの現代美術館も例外ではなかった。私が赴任してからずっとそのオープンを楽しみにしていた新しい美術館、「M+(エム・プラス)」。
ニューヨーク近代美術館や、パリのポンピドー・センターに匹敵するような、そしてアジアに注目した世界レベルの美術館になるという触れ込みだった。

ビクトリア湾を臨む「M+」

M+には「シグ・コレクション」と呼ばれる、中国の現代美術1500点が収蔵されている。スイスの中国大使をつとめた著名な美術収集家、ウリ・シグ氏が長年集めてきた絵画などだ。中には政治や社会に対する批判的なメッセージを含み、中国本土では展示が困難なものも多い。

オープンを前に親中派の議員や中国政府寄りの新聞が、アイ・ウェイウェイ(艾未未)氏の一部の作品などを問題視した。アイ・ウェイウェイ氏は中国政府の言論統制などを厳しく批判した芸術家として知られ、現在は中国を逃れて海外で活動する。議員らは彼の作品のうち、北京にある天安門広場に向けて中指を突き出す仕草を映し出した作品などについて、「国家安全維持法に違反する疑いがある」と指摘していた。

「M+」のオープンの日、シグ・コレクションの展示室には問題視されたそれらの作品はなかった。作品を紹介するホームページからも、いくつかの作品が削除されていた。

作品が削除されたM+のページ

美術館を担当する当局トップはこう説明した。

西九文化区管理局 唐英年主席
「わたしたちの活動は、国家安全維持法の原則を守らなければなりません。もし法律に触れるようなことがあれば、ふさわしい措置をとることになります」

その一方で展示室には、天安門事件をモチーフにした別の画家の作品もあった。

天安門事件でけがをした学生をモチーフにした作品

そしてアイ・ウェイウェイ氏のほかの作品もあった。しかも展示室の中心に堂々と。

「洗白」(艾未未 1995-2000)

歴史の教科書に出てきそうな土器が126個並べられている。そのうちのいくつかには真っ白い塗料が塗られ、土器に描かれていた模様はすっかり見えなくなっていた。

傍らに添えられた作品の説明にはこうあった。

「手が加えられたものも時間を経ると、そのうちのいくつかは、塗られたペイントがはがれ落ち、元の姿が現れる。過去が完全に白く書き換えられることはないし、白く塗ること自体がまた歴史の一部にもなりえる」

この作品のメッセージをどう受け止め、解釈するのかは見た人が決めることだ。「M+」という名前には、箱ものの「ミュージアム」に、そこを訪れた人との交流が加わって発展していくという意味が込められているのだから。

国家安全維持法によって香港の「言論の自由」や「表現の自由」は、確かに非常に大きな圧力を受けている。リンゴ日報で見た通りだ。

アイ・ウェイウェイ氏のあの作品がダメでこの作品はOKだという線引きがどこにあるのか、正直なところよくわからないが、ただ少なくとも氏の作品がすべて展示できないわけではなかった。

楽観的すぎるのかもしれないが、表現の自由の余地はまだある、そしてまだ踏みとどまっている。少なくとも今のところは。希望も込めてそう思いたい。

【今の香港の「音」】ビクトリア湾を運航するスターフェリー(2021年10月)

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