
鳴り響く警報の音。
慌ただしく避難を始める人たち。
逃げる先は、地下シェルター。
そして、そこには、ウクライナの“日常”がありました。
(国際部記者 吉元明訓)
「不屈の拠点」を取材していると…
2023年1月までの1か月間、私はウクライナを訪れ、現地の様子を取材しました。
その時取材したのは、「不屈の拠点(Points of Invincibility)」という場所です。

ロシアによる軍事侵攻が続く中、ウクライナでは2022年10月以降、各地で発電所などのインフラ施設を狙った攻撃が激しくなっていました。
その影響で、厳しい冬を越すための“命綱”ともいえる暖房設備が使えなくなったり、計画停電を余儀なくされたりしていました。
そこで、ウクライナ国内で設置が進められていたのが「不屈の拠点」でした。
この拠点は、学校や公共施設などに設置され、自家発電機、充電用コンセント、暖房器具、インターネット通信が使える環境が整えられています。

電気や暖房が使えなくなった住民たちなどがいつでも使えるようにと、取材した1つでは、ボランティアの大学生らが1日3交代のシフトで対応にあたっていました。

首都キーウにある学校の施設内に設けられた拠点には、多い日で1日数百人が訪れるということでした。
鳴り響く警報音
拠点を訪れる住民を取材しているさなか、突然、市内で警報の音が鳴り響きます。
ロシア軍の攻撃のおそれがあることを知らせる、防空警報です。
拠点で対応に当たっていたスタッフの様子も慌ただしくなりました。聞くと、近くにあるスーパーの地下シェルターに避難するとのこと。
取材をいったん中止して、一緒に避難することにしました。拠点の利用者も、手際よく荷物をまとめてその場を後にしていました。
スタッフについて行くと、数百メートル先にそのスーパーがありました。

入り口脇の階段から地下に降りて、避難開始から数分ほどで地下シェルターに着きました。
地下にある“日常”
シェルターの中は薄暗く、わずかに明かりがともっている程度。
少しずつ目が慣れてきて中の様子が見えてきました。
シェルターは、コンクリートがむき出しとなった、がらんとした空間でした。
奥の方はぼんやりとしか見えませんでしたが、かなり奥行きがありそうです。

あたりを見回してみると、板が置かれただけの簡易のベンチに避難者が座っていました。また、避難が長引いた場合に備えてなのか、マットが敷かれたところもあります。
そのベンチに座る会社員風の男性は、膝に載せたノートパソコンをずっとタイピングしています。すぐに終わらせないといけない仕事があるのかもしれません。

そのほかにも、スマホを眺める女性やシェルターの中を走り回る子どもたちもいて、地上と変わらない“日常”が、地下でも続いていることがうかがえました。

平和と家族
そんな中、目に留まったのが、シェルターの中の壁に貼られた何枚かの絵です。

避難してきた子どもたちが描いたものなのか、どの絵もかわいらしいタッチです。
青と黄色で描かれたウクライナの国旗の周りには、カラフルなハートマークがちりばめられていました。

子どもらしさがあると思ってその絵を眺めていると、キリル文字で何かが書かれていることに気付きました。同行する通訳に聞くと、ウクライナ語で次のように書かれているということでした。
「私たちのところに平和がほしい」
その絵の下側には、ウクライナを象徴する花として親しまれているひまわりをモチーフにしたのか、上半分が黄色、下半分が緑色の1輪の花が描かれた絵がありました。

この絵には、ウクライナ語で次のように書かれていました。
「ウクライナは私たちの家族」
つきまとう不安
防空警報が出されてから約30分後、警報が解除されました。
避難していた人たちが一斉に引き上げる中、60歳の男性に話を聞くことができました。
ロシアによる軍事侵攻が長引く中、警報が出ていてもいなくても、常に不安がつきまとうのだといいます。

キーウで警報が出ていないときでも、夜寝るときは警報マップを見て、ほかの地域はどうなっているのかを確認するのが日課だとも話しました。
もし、周辺で警報が出ていれば、避難する場合に備えてすぐに移動できる服装で寝ていると教えてくれました。
今一番願っていることは?
こう質問すると、男性は次のように答えました。
「勝利がほしいです。ロシア軍が、ウクライナを攻撃してくると感じなくて済むように」
本当の“日常”が戻る日は…
避難していたときに遊んでいた子どもたち。
子どもたちの楽しそうな声がシェルターの中に響いていました。

一見すると、ロシアによる軍事侵攻が続く中での生活に、住民たちが慣れているようにも見えるウクライナ。
しかし、今の日常は、あくまでも“強いられた日常”です。
警報が鳴り止み、地下に逃げ込む必要がなくなって、本当の“日常”がウクライナの人たちに戻る日はいつになるのか。
不安に心を埋め尽くされるように感じると話す男性の、「ロシア軍が攻撃してくると感じなくて済むように」という言葉が重く響きました。