2022年10月8日
ウクライナ ロシア

「“誰もいない”結婚式」人生を戦争に支配されないために

「戦争で離ればなれになった家族に言いたいです。『俺、ついに結婚したぞ!』って」

膝丈の純白のドレスに身を包んだ花嫁。白のスニーカーでカジュアルな印象の新郎。

そこはウクライナの式場。2人は、永遠の愛を誓っていました。

ただ、その祝福の場に、参列者はひとりもいませんでした。

(ウクライナ現地取材班 佐野圭崇)

戦時下で誓う永遠の愛

2022年8月下旬、ウクライナの短い夏が終わろうとしていました。

首都キーウは、ロシアによる軍事侵攻から半年が過ぎ、中心部は日常を取り戻したかのように感じるほど、平穏な時間が流れています。

こうした中、増えているのが新たに結婚するカップルです。

ウクライナの司法省のまとめによると、2022年上半期は、前の年の同じ時期に比べると20%増えて、10万組以上のカップルが結婚。

そもそも、コロナ禍で人の集まりが制限され、式を挙げたくても挙げられなかったことも背景にありました。

今この時期にどんな思いで結婚するのか話を聞いてみようと、キーウの中心部から車で20分ほど走ったところにある結婚式場を訪れました。

そこは司法省が管轄している公立の式場で、式を取りしきるのは神父ではなく、ウクライナ伝統の民族衣装で用いられる網目模様の刺繍が施されたドレスを着た女性。公務員なのだそうです。

「あす目を覚ます保証はどこにもない」

取材に訪れてから、最初に出会ったのは、新郎のドミトロさん(30)と新婦のディアナさん(23)の2人。

2人そろって式場に入ると、司会の女性から、次のように尋ねられました。

「きょうはあなたたちの人生で重要な日です。あなたたち家族にとっての誕生日なのです。自分たちの気持ちに迷いはありませんか?ディアナさんは、結婚することに同意しますか?」
 
「ターク(はい)」
 
「ドミトロさん、最愛の人と運命を分かち合うことに同意しますか?」
 
「ターク(はい)」

2人の友人代表が、伝統的な刺繍が施されたタオルを床に敷きます。その上に2人が立って指輪を交換。

ウクライナでは、左手ではなく右手の薬指に結婚指輪をはめるんだそうです。

軍事侵攻が続く中、なぜ、このタイミングで永遠の愛を誓い合ったのか尋ねました。

「今、世界で起こっていることが、私たちを突き動かしています。あす、目を覚ます保証はどこにもありません。重要なイベントは後回しにすべきではないと悟ったのです」(ドミトロさん)

「私たちが勝利する」

新婦のウラディスラバさん(23)を抱き上げて、喜びを表現していたのは、新郎のニキータさん(27)でした。

侵攻後の4か月間、チェコに避難していたウラディスラバさんと離ればなれになっていたニキータさん。

軍事侵攻も2人の愛を引き裂くことはできないと強調しました。

「離れている間、むしろお互いを思う気持ちは強くなりました」

2人は、キーウで新たな生活を始めようと考えているといいます。日常を取り戻すためにも、侵攻が1日も早く終わることを願っていました。

「私たちの軍を信じています。戦争は、もうすぐ私たちが勝利します」(ウラディスラバさん)

2人は家族に見守られる中、署名を行っていました。この署名は、日本の婚姻届のようなもので、署名を終えることで結婚に必要な行政手続きが終わるのだそうです。

「願うのは平和な空」

次に式場に入ってきたのは、オレクサンドルさん(27)とオレクサンドラさん(28)。

日本語でひと文字違いの名前の2人に、その点を触れると「運命的でしょ?」といたずらっぽく笑顔を見せていました。

今回の結婚のタイミングが軍事侵攻と関係あるか尋ねると、関係ないとしつつも次のように語りました。

「戦争が少しだけ、私たちの背中を押したことは事実です。自分たちの幸せな未来、強い家族、幸せな子どもたち、そして平和な空を願っています。ウクライナに栄光あれ」(オレクサンドルさん)

式で、2人は親が持つケーキ型のパンにキスをする一幕もありました。これは、ウクライナの結婚式では伝統的な儀式のひとつなのだそうです。

“誰もいない”結婚式

続いて式場に姿を見せたのは、ロマンさん(28)とダリアさん(23)。

入場曲として、日本でも耳にするワーグナーの「婚礼の合唱」が流れる中、扉が開き入ってきた2人。

ただ、新郎新婦を拍手で迎える参列者は1人もいませんでした。

2人は、親ロシア派が事実上の支配地域を持つドネツク州の出身。

侵攻が始まったあと、キーウに避難してきましたが、家族は全員、国内外の各地に避難したままです。

新郎のロマンさんは、侵攻が始まった2月24日以降、頻繁に爆発音が聞こえ、買い物に行くのでさえ恐怖を感じたといいます。

ロマンさんは、ドイツに避難している母親と14歳の弟を思いながら、喜びの声を上げていました。

「戦争で離ればなれになった家族に伝えたいです。『俺、ついに結婚したぞ!』って。今は、人生最高の瞬間です」

「人生を戦争に支配されないため」

侵攻から半年がたつ中で新たな人生を歩み始めた、たくさんのカップル。

そもそもなぜ、ウクライナで結婚する人たちが増えているのでしょうか?

式場を後にし、ウクライナの心理学者カテリーナ・ゴルツベルグさんに聞きました。

「これは、遺伝子を残したいという本能的な欲求ですが、もちろんほかの要因もあります。今、多くの人は戦争のせいで、人生が思い通りにいかないと感じています。だから、自分で人生をコントロールできていると思えることは、何でもしようと思うのです」

式場では4組のカップルに出会うことができました。

それぞれ、今回の軍事侵攻に複雑な思いを抱えていると感じました。

一方で、これからの人生に希望を持っているとも。

ウクライナのすべてのカップルが、末永く幸せでありますように。

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