
防空警報のサイレンが鳴り響く中、シェルターになっている地下の劇場に入ると、聞こえてきたのはギターの音色。
避難してきた人たちの中には、表情に疲れや不安の色が見える人もいましたが、ギターを弾いていたのは1人の青年でした。
ギターを弾いている理由を尋ねると、青年は笑顔で答えました。
「恐怖に支配されないためです」
(ウクライナ現地取材班 佐野圭崇)
防空警報が鳴り響く街で

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってまもない2022年2月末。現地を取材するため、ウクライナ西部の都市リビウを訪れました。
当時、ロシア軍による直接の攻撃はありませんでしたが、街では何度も防空警報のサイレンが鳴り響いていました。
そしてサイレンが鳴るたび、住民たちは30分から1時間ほど地下シェルターに身を潜めることを余儀なくされていました。
シェルターになっていた劇場

取材をしていたある日の夕方。
その日、3回目となる防空警報が鳴り、私たちもシェルターになっている地下の劇場に入れてもらいました。
そこには近くに住む家族連れなど40人ほどが身を寄せていました。
赤ちゃんをあやす母親、スマートフォンで情報収集をする人、ひとり途方に暮れている人もいました。

避難してきた人たちの中には、表情に疲れや不安の色が見える人たちが目立ちました。
聞こえてきたギターの音色
すると、どこからかギターの音色が聞こえてきました。
音がする方に行ってみると、そこには和やかな雰囲気でチェスに興じたり、ギターの音色に耳を傾けたりする人たちがいました。

ギターを弾いていたのは、伸ばした金髪を後ろで束ねる、優しい目をした青年でした。
ギターを弾く理由を尋ねると、青年は笑顔でこう答えました。
「恐怖に支配されないように、いつも通り過ごして気を紛らわすのが大切なんです」
大統領と同じ名前の青年
青年の名前はボロディミルさん、17歳だといいました。

「私たちの(ゼレンスキー)大統領と同じファーストネームです」と誇らしげに答える表情には、まだあどけなさが残っていました。
通っている高校は、軍事侵攻が始まったその日に休校になり、気の合う仲間たちと学校で会えなくなったことが残念だと話しました。
国外に避難するかどうか尋ねると、複雑な表情を浮かべて答えました。
「家族はポーランドなどの隣国に行くべきだと考えていますが、父は軍に参加しなければならないので、一緒に来られないんです」
そばにいた父親も肩を落としていました。
ウクライナでは、今も防衛体制を強化するため、18歳から60歳の男性の出国が制限されているのです。
銃を取って国を守る
来年で18歳になり、軍事侵攻が長引けば徴兵される可能性もあるというボロディミルさん。
軍に入りたいかという質問に、少し考えて、こう答えました。
「たぶん、イエスです。自分が銃を持つということを考えたことはありませんでした。ただ、それが義務ならば、友人たちと銃を取って国を守るまでです」
彼が質問に答えると、防空警報が解除されたという知らせがあり、私はボロディミルさんと父親に別れを告げました。
最後の質問に答えるまでのわずかな時間、彼は何を思ったんだろう。
「恐怖に支配されないよう」平静を保とうとしたのだろうか。去りゆく2人の背中を見送りながら、考え続けました。