“ワクチンで不妊”のデマ

なぜ拡散し続けているのか

2021年8月10日

去年からネットで広がっている「ワクチン接種で不妊になる」という、科学的根拠がないとして多くの専門家が否定している情報は、誰が広め、なぜ拡散し続けているのか。

私たちが専門家と協力してSNSのビッグデータを分析したところ、誤った情報の「拡散者」の存在と、そこにごく一部の現役の医療関係者たちが加わっていることも見えてきました。

感染拡大の不安が広がるなかで、誤った情報に惑わされないためにはどうしたらいいのでしょうか。

(フェイク・バスターズ 新型コロナワクチンと誤情報 取材班 / 総合テレビ 8月10日 午後10時 放送予定)番組詳細はこちら

“ワクチンで不妊” 20万件の投稿を分析すると

私たちはまずツイッターで「ワクチン」と「不妊」という言葉が含まれる投稿を分析しました。

対象は去年12月から6月までの投稿で、リツイートを含めて約20万件。

内容をみると、ことし4月までは「ワクチン接種で不妊になる」という、多くの専門家が否定している情報が主に広がっていて、5月からは医師やメディア、公的機関などがそれを打ち消す、「ワクチンで不妊になるというのは誤った情報だ」という情報が広がっていました。

20万件の投稿 2つに分断 異なる意見入りにくく

私たちは、情報を投稿したアカウントどうしの関係を、わかりやすく、上記のような図に表しました。

こちらの図では、ひとつひとつの点が、情報を投稿したひとつひとつのアカウントを表しています。

細い線は、投稿をリツイート(シェア)したアカウントどうしを結んでいます。

赤色のかたまりが、主に「ワクチン接種で不妊になる」という投稿をしている集団で、青色が、「誤った情報だ」と打ち消す投稿をしている集団です。

意見が近いアカウントどうしで投稿をシェアしあって、2つの色の集団ができあがっています。

「エコーチェンバー」と呼ばれる現象で、自分と同じ意見を持つ人の情報ばかりをネットで共有することで、異なる意見が目に入りにくくなり、分断が生じていることがうかがえます。

「発信源」は、少数のアカウント

次に、ワクチンで不妊になるという情報を投稿しているアカウントのみについて、アカウントどうしの関係を詳しく調べました。

放射状に広がっている細い線のなかに、いくつか大きな丸があります。これが特に多くシェアされた情報を発信しているアカウントです。

分析の結果、全体で数万のアカウントのなかで、「上位20の発信者」の投稿だけで、全体の約4割を占めていました。最も多い発信者では2500ものアカウントにシェアされていて、限られた少数の発信者が大きな影響力をもっていることが分かりました。

止まらない誤情報の拡散 厚労省や研究機関は否定

特に多くシェアされていた投稿をみると、「ファイザー社の元職員が、コロナワクチンを接種すると無期限の不妊になると発言した」という情報が目立ちました。

ワクチンの開発元の関係者による「内部告発」だとして、去年12月上旬から広がり続けています。

この情報について厚生労働省や海外の研究機関は、「ワクチン接種で不妊になる科学的根拠はない」と否定しています。

厚生労働省はホームページで、
・新型コロナワクチンには、排卵や妊娠に直接作用するホルモンは含まれていないこと
・卵巣や子宮に影響を与えることが知られている化学物質も含まれていないこと
などと説明しています。

また実際にワクチンを接種した妊婦のその後を調査したアメリカの研究チームの結果にも触れていて、そこでは「ワクチンを接種した人の流産率」が「自然に発生する流産率」を上回ることはなく、「ワクチンが妊娠に与える好ましくない影響は確認されませんでした」と、妊婦への調査結果を紹介しています。

厚生労働省のQ&Aはこちらで確認できます。(NHKのサイトを離れます)

より専門的な説明としては、医師らでつくる「こびナビ」というグループのホームページで専門用語をまじえて説明されています。

「こびナビ」のホームページでは、拡散した情報の中にある「ワクチンによってつくられる抗体が女性の胎盤を攻撃する」ことはないと考えられる、と説明しています。

しかし、こうした「ワクチン接種と不妊との関係を否定する情報」を国や専門家たちが発信しても、不安を訴える投稿の拡散は止まらず、「ワクチンによる不妊」のまとめ記事を紹介する投稿だけでも、5月以降で2000回以上繰り返し投稿されていました。

なお、ワクチンが「なんとなく不安」という理由から接種を控えている方もいると思います。そうした方は「ワクチンへの不安」と「コロナ感染のリスク」について、実際の妊婦の体験をもとに解説したこちらの記事もあわせてお読みください。

誤情報が広がる背景に「拡散者」の存在

科学的に否定されている情報なのに拡散し続ける背景には、熱心に情報を広めようとする「拡散者」の存在があるといいます。

SNSビッグデータ解析の専門家である東京大学大学院の鳥海不二夫教授は、ことし1月から7月はじめまでに投稿された、「ワクチンによって不妊や流産になった」(科学的根拠がなく多くの専門家が否定している)「ワクチンは人口削減のための毒」(いわゆる陰謀論)などといった投稿、約62万件を分析しました。

クラスタリングという手法を用いて、内容が似ている投稿をグループに分けたところ、「ワクチンで不妊や流産」という投稿は28万件余りで、科学的根拠を示して打ち消す投稿の17万件余りを大きく上回っていました。

ところが投稿しているアカウントの数に注目すると逆の結果でした。根拠のない投稿をしたのは約5万アカウント、情報を打ち消す投稿は8万アカウントで、打ち消す投稿をしたほうが多くなっていたのです。

それなのになぜ?

東京大学大学院 鳥海不二夫教授
「根拠が無い情報を否定する人は『これはデマだと1回発信すればそれで役割は終わり』と思ってしまいますが、それを信じている人は『またこんな情報が出てきた』と新しい情報が出るたびに内容を更新して拡散するということだと考えられます」

さらに積極的に情報を発信している「発信者」の投稿を熱心にリツイートを繰り返す、いわば「拡散者」が、根拠のない情報をより多くの人に広めていると鳥海教授は分析します。

分析では全体の投稿の約50%を、拡散者たちがリツイートした少数の発信者の投稿が占めていました。

さらに拡散者のアカウントのふだんの投稿やリツイートの傾向を分析したところ、異なる主義主張の人たちが、コロナワクチンについてはいわば“党派を超えて”拡散に加わっていることがうかがえました。

例えばふだんの投稿は、
▽アメリカ大統領選にまつわる陰謀論をよく投稿していたり、
▽日本の外交や安全保障をめぐる話題を投稿していたり、
▽あるいは「集団ストーカー」や「電磁波」など犯罪や疑似科学についての話題を投稿していたりするグループなど合わせて15ものグループが確認できました。

東京大学大学院 鳥海不二夫教授
「私が過去に分析したケースでは、特定の政党への思いがある人たちが広めていたことが多かったのですが、ワクチンについては“党派を超えて”広げていると感じました。情報を否定されたことで、真実を知っているのは私たちだからもっと広めなければいけないと考えた人も一定数いるようです」

科学的根拠のない誤情報 一部の医師などもSNSに

取材を進める中で、情報が広まった背景にもう一つの問題が浮かび上がってきました。

科学的根拠のない情報を、ごく一部の医療関係者がSNSやブログで発信していたのです。

主に個人で医療機関を経営している医師などによるもので、取材班が確認したところでも、「ワクチンが不妊や流産の原因になる」という、多くの専門家が繰り返し否定している情報だけでなく、「ワクチンを打つと磁気を帯びて体に金属がくっつく」「接種すると全員2年以内に死ぬ」といった、明らかに根拠のない誤情報をたびたび投稿していました。

発信された誤情報は、「医師の先生が言ってた」という形で「拡散者」によって広がっていました。

そうした記事や動画のいくつかは、すでに大手プラットフォームによって警告が表示されたり、削除されたりしています。

投稿を繰り返していた複数の医療関係者に取材を試みましたが、いずれも「取材は受け付けていない」という説明でした。

中には医師本人ではありませんがスタッフが、「医師が海外の論文を翻訳し、それに基づく推測を掲載しています」と説明したところもありました。

国や学会の専門家たちが否定している情報を、ごく一部とはいえ医療関係者が積極的に発信している状況をどう受け止めればいいのでしょうか。

医師の情報発信に詳しい、島根大学医学部附属病院・臨床研究センターの大野智教授は次のように課題を指摘しています。

島根大学医学部 大野智教授
「医療者がそれぞれの信念、考え方に基づいて、正しいと思う治療法や研究内容について発信する、それ自体は『表現の自由』といえます。しかし今回の新型コロナワクチンについては、同じ医師という肩書の人たちが相反することを言っていると、医療知識のない方が見極めるのは難しいと思います。リスクを過大視してしまうことにもつながりかねません」

信頼できる情報を見極めるにはどうすれば?

一部の医師も加わって発信された根拠のない情報などは、「拡散者」を通じて一般の人たちにも広がりはじめています。

信頼できる情報を見極めるにはどうすればよいか。

「外科医けいゆう」の名で、SNSで医療情報を発信している医師の山本健人さんは、「医療では“100%安全”なものはほとんど存在せず、ゼロリスクを求めると、かえって不利益につながる恐れがある」と言います。

その上で、情報を見極めるためのポイントについて次のように話します。

山本健人医師
「特定の医師が発信する情報だけに注目するのではなく、多くの専門家が同じことを言っている部分、“最大公約数”を見つけることが重要だと思います。それが、いま最も“科学的根拠がある”と言える情報であり、その最たるものが、学会など公的機関が発表している情報です」

「デマは存在する 柔軟に情報に向き合って」

鳥海教授は一度信じてしまったあとの行動が大事だとアドバイスしています。

東京大学大学院 鳥海不二夫教授
「まず、デマは必ず存在するということ。そしてデマは必ずしもデマの顔をしてやってこないと考えたほうがいいでしょう。そして過去の自分の言動にとらわれすぎないことも大事です。だまされても、そのあと新しい情報が得られたら、それに応じて考えを変えて柔軟に情報に向き合うことが必要だと思います」

  • ワクチンデマに不安感じた妊婦 考え変わり接種したきっかけは