小平奈緒×大野将平【対談】“自分は何者か”共鳴した思い

対談は、2人のアスリートの強い思いで実現しました。
小平奈緒選手。ピョンチャンオリンピック、スピードスケート女子500メートルの金メダリストで、北京オリンピックで日本スピードスケート界初の連覇を期待されています。
そして大野将平選手。東京オリンピックの柔道男子73キロ級で金メダルを獲得し、オリンピック2連覇を成し遂げました。
全く異なる競技で頂を目指す2人の道が交差したのは、この「連覇」というキーワードがきっかけでした。「連覇」を目指す途上にある小平選手と、「連覇」を手にした大野選手。互いにふだんからその発言や競技に向かう姿勢を意識しあい、リスペクトしていたという2人の思いが共鳴しました。

目次

    何と戦っているのか

    2人が対談したのは北京オリンピックの開幕まで1か月を切った2022年1月9日。オンラインでつなぎ、1時間にわたって6つのテーマについて思いを交わしました。

    小平選手

    「こんにちは」

    大野選手

    「おはようございます。よろしくお願いします。めちゃくちゃ緊張しています」

    小平選手

    「きょう1時間もお話しできるか自信がないんですけど、よろしくお願いします」

    大野選手

    「お願いします」

    小平選手

    「私のほうに(質問)カードが何枚かあって、それを引くように言われているんですけど。早速始めたいと思います」

    小平選手

    「“何と戦っているのか”。大野選手(から)の質問ですか」

    大野選手

    「私のような気がします。スピードスケートはタイム、数字と戦っているのか。それとも同じレースを走る相手と戦っているのか。それとも自分自身と戦っているのかに興味がありまして」

    小平選手

    「そうですね。奥深い質問だなと思います。私は誰かと戦うのがあまり得意ではなく、誰かと戦っているというよりは自分自身との戦いだと感じています。タイムとも戦わないといけないというのもありますが。あと、相手との駆け引きの中で、タイムが伸びることもあります」

    大野選手

    「いいタイムが出たときには相手ありきのものという、再確認の場にもなるということですか?」

    小平選手

    「そうですね。相手に勝ったうれしさよりは、大きく自分の能力を引き出してもらえたなという意識にはなると思います」

    大野選手

    「柔道は全く数字が関係のない競技ですけど。柔道には『自他共栄』という言葉があって。自分自身がどれだけ頑張ってもいい試合にはならないと言いますか。相手ありきの柔道で、コロナ禍で稽古ができなかった時期があって、1人でやらなければいけない時期に、柔道は相手がいないと成立しない競技だと本当に考えさせられました。相手やライバルの存在は非常に重要だなと強く思います」

    コロナ禍でのオリンピックの意義

    小平選手

    「次に行きますけど…“コロナ禍でのオリンピックの意義”」

    大野選手

    「難しいですね、どうですか」

    小平選手

    「オリンピックの意義、スポーツの意義。私たちアスリートは、すごく考えなきゃいけない状況だったとは思うんですけど。結構難しい質問ですよね」

    大野選手

    「コロナ禍になって、いったんすべてのスポーツがストップして、やりたいのにやれない状況の中で、スポーツは本当に必要なのかを考えさせられた時期がありました。このままスポーツがなくても生きていけるよねと、世の中進むよね、というようなネガティブな感情になってしまうことがあって。
    その中でスポーツの意義・オリンピックの意義、スポーツの力というのを改めて考えたときに、私はどうしても今まで自分自身のパフォーマンスを見てもらって夢や希望を与えたい、感動してもらいたい、みたいな感じになってしまうと、われわれスポーツ選手が上から目線というか、何か押しつけているような感覚になってしまう。
    だからこそ、オリンピックを終えた後のインタビューで“心が動いて頂けたら”というような言葉を使わせてもらったんですけど。
    だから、オリンピックの意義というのは、誰しもが1回夢や希望を持って生きていく中で、諦めの悪かったわれわれに自分自身ができなかったことを重ねて見てくださっていると思うので、それを共有できたらすごいんじゃないかなと。それがオリンピックであるのかなと思います」

    小平選手

    「私も大野選手の考えに共感していて。アスリートはいい意味でも悪い意味でも、すごく勘違いしているなというところがあって。スポーツで優れた成績をとっているから偉いんだと少し思い上がってしまう選手が多いのかな。それによって多くの人が感動をもらっていると思ったら、それは全く別の問題で。
    私たちはアスリートでありながら、1人の人間であることに変わりなくて。コロナ禍で私たちが練習できなかったり、自分自身を表現したい舞台に立てなかったりして、人生の生きがいの中にぽっかり穴が開いてしまった状況になりました。
    それってコロナ禍で仕事を失ってしまった人や、誰かの命を救おうと自分の時間を犠牲に生活していた人たちと同じで。生きることに対しては、みんな同じ方向を向いていると思います。
    私たちがスポーツをやってすごい成績を残して、いろんな人たちの力になるのは、コロナ禍では本当に通用しないというか。
    そんなの好きなことをやっているだけでしょう、という話になると思うので。そうじゃなくて、自分たちも置かれた状況で何とか乗り越えて、人生を生きようとしているところに、いろんな人たちが自分と重ね合わせて、共感してもらい、前に進む力を共に抱いてもらえればいいというところに、オリンピックの意義はあったと思うんです」

    大野選手

    「難しいですよね。東京オリンピックのときに、「中止をしろ」というデモが、リアルで行われているのを目の当たりにして、本当にオリンピックって当たり前に4年に1回のサイクルでやっていたけど、反対していて、やってほしくない人たちが世の中にいるんだなという現場を見て。
    だから、ただオリンピックに出る、勝つのがいいことじゃないということが、自分の中でしっかり芽生えてですね。でも、出場するからには勝ちは目指すんですけど。勝つことによって、1人でも多くの人によい影響があるのならば、われわれが戦っている意義や意味があるんじゃないかなと思います」

    小平選手

    「いろんな人がそれぞれオリンピックに対しては、いろいろな思いを持っていることを、わかりながら私たちもしっかり心に留めておかなきゃいけない部分もあるかなと思います。人の思いに寄り添うというか」

    大野選手

    「オリンピックが来るたびに意義を考える機会があるっていうのもいいことだと思います。
    プラスしてコロナ禍ということもあって、より深く考えなければ答えなんか出るはずもないんですけど、考えを持つのが非常に大事だなと今回思いました」

    自分は何者なのか

    小平選手

    「これは私の質問なんですけど、東京オリンピックで大野選手が『自分が何者なのかを証明するために戦うことができました』とコメントしたのが、すごく印象的だったんですけど。何かそのコメントを聞いたときに、しばらく“何者”って何なんだろうと考えて。本当につい最近、こういうことだったのかと自分なりの答えが見つかったんですけど。
    大野選手はオリンピックを終えて“自分は何者だったのか”という答えは見つかりましたか?」

    大野選手

    「これもなかなか考えをまとめてお話しするのが難しいんですけど。理想としている自分、史上最高の自分を形成していって、どうしても周りが作り出している大野将平像を追いかけてしまっていたといいますか。いわゆる完璧を求めていってしまいがちだったんですけど。
    無理に理想に答えなくていいな、っていうのが自分の答えです。
    ふと冷静に自分自身と対話したときに、自分はそんな完璧な人間でもないし、欠落した部分が多いです。そんな自分がやっぱり自分らしいなと思っていて。
    やっぱり人間ってどうしてもきれいな丸でいられないと思うんですよね。
    やっぱりとがっている部分があったりとか、へこんでいる部分があったりとか、でもそっちの方が個性があって味があって、自分はいいなと思っています。
    周りに求められている自分じゃなくて、信念を持って自分がなりたい姿こそが、自分なのかなと思います。
    それを経験しながら発見できる1つの場がオリンピック。なおかつ、周りから求められている大野将平よりも、自分自身がなりたい自分っていうのが上で、期待を超えるものだったならば、より一層人間として魅力的だと考えています」

    小平選手

    「東京オリンピックで勝敗が決まったときに大野選手が喜びをすごく自分自身の内側にグッと向けたのがすごく印象的で。そのシーンを思い出したときに、“何者”であるか証明できた、その“何者”って何だろうと想像してみたんですけど、まさに大野選手が言っていたとおりで、とんでもなくすごい何者かになろうとしていたんじゃなくて。ほかのものになろうとしていたのではなくて、自分は自分で何者になる必要もなかったのかな、というのが答えだと思いました」

    大野選手

    「そのとおりですね。柔道は金メダリストに本当に偉大な先輩方が多いのでどうしても比べられることが多い。先輩の後を追ってしまうというか。
    私自身もリオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得して、2連覇を目指すとなって、同じ天理大学でオリンピック3連覇された野村忠宏先輩のまねをしようとしたことがあって。
    2017年、1年間休んだときに大学院でいろんな文献をあさったときに、誰かのまねをして勝てるようなもんじゃないなと考えを持ちました。ならば自分の道を進んでいくしかないと思って。その延長線上で、やっぱり自分に自問自答する時間が非常に増えましたね。
    周りから“2連覇が当たり前”と聞こえてきて、やはり2連覇があってこその大野将平で、自分の存在価値だというのをプレッシャーとして強く背負っていた部分があったので」

    大野選手

    「(東京オリンピックで)勝った後、今にでも叫びたくなるような瞬間ではあったんですけど、グッと抑えられたのが、何か自分らしくてよかったなと、人として成長できた部分を自分でも感じることができた東京オリンピックでした。
    自分探しの旅が、ある意味1回終着点にたどりついたんじゃないかなというような瞬間でしたね」

    小平選手

    「あれこそ本当に人間味あふれる瞬間だったなと思いました。私もピョンチャンオリンピックで金メダルを取った後に、周りが作る小平奈緒という理想像にすごく縛られた時期があって。
    1回、自分の周りに殻を作ってしまって、結構閉じこもるような期間を過ごして、自分らしくない自分とすごく向き合わなきゃいけなかった。
    その後に地元の長野県で災害があって、ボランティアに参加して地域の人と接する中で、この街で暮らしているんだという気持ちになって自分を取り戻していきました」

    ボランティアに参加した小平選手

    小平選手

    「アスリートは特別だという考え方ではなくて、本当に1人の人間として、どんな人とでも寄り添って歩いていけるような人間でありたいなと思ったのと。それをスポーツに置き換えたときに、リンクに立っているから特別ではなくて、リンクに立っていたとしても表現するものは自分の生きざまだと感じて。
    だからこそ、例えば自分の体が思うように動かない状況でも試合を棄権するのではなくて。負ける姿がすごく惨めなことに思われるかもしれないんですけど、それさえも『自己表現の舞台にしよう』と思ってからすごく楽になって。
    試合に出るたびに勝たなきゃいけないというプレッシャーから解放されて。
    どんな姿でも自分自身が戦っている姿をありのまま表現することがスポーツの魅力だなと感じました」

    大野選手

    「すごいですね、僕はまだその境地まで行けてないと感じましたね。勝ちが続いている中で、負ける怖さをまだ持っているので。柔道は金メダルじゃなきゃだめだという競技で、すごいハードルも高くて、ほかの競技と比べて損しているなと思ってた時期もあるんですけど。今はそのハードルの高さをやりがいに感じています。
    今、ボランティアに参加されたお話を聞いて、自分はやっぱり自分の力だけではもう走れることがなかなかなくて。今後、自分自身が現役を続けていく中で、きょうこうやって小平選手と対談させてもらって、外からのエネルギーを大切に競技生活を過ごしていきたいなと強く思いました。
    でも、小平選手の境地に自分が達していないことが、きょうは本当によくわかって。負けが惨めとおっしゃっていた中で、何かそれすらも見せられる強さを、今後持っていきたいなと一つ目標ができました」

    モチベーションと年齢による変化

    小平選手

    「どんどんいきます。“モチベーションと、年齢による変化”」

    大野選手

    「私の質問です。東京オリンピックが終わってから3か月ぐらい柔道から少し離れました。次のパリオリンピックまで3年しかないということで、今回は、前回のリオデジャネイロ大会のあとみたいに長々と休んでいられないんですけど。そういった中でオリンピックを戦っていくモチベーションは何なのか。私自身も30歳になるんですけど。年齢の変化によっての精神面、体力面の変化は小平選手にありましたか」

    小平選手

    「ピョンチャン大会で金メダルを取った後に、やはり私自身もすごくモチベーションを求めていて、男子と一緒のレースに出て自分を試す機会を作ってもらったりしました。それが女子500メートルの世界記録への挑戦への道になってはいたんですけど。
    そのときに年齢がもう31歳で、徐々に耐えてきた体が悲鳴を上げてきていて。スピードを求めて、ほかの人が経験したことのないような領域でのトレーニングを重ねていくうちに、やっぱり体にうまくいかないところが出てきました。
    大野選手も、今まで自然とできていた動きの範囲が狭まってきたことに気付かなきゃいけない時期が今後出てくると思うんですよ。それに早く気付くかが、これから試されると思います」

    大野選手

    「練習やトレーニングの時間とか量はコントロールして、若い時期よりも減らしているんですか」

    小平選手

    「そうですね。やっぱりスマートにトレーニングしていかないといけないですね。ただ、大野選手もそうだと思いますが、私は結構練習が好きなほうだったので。ストップかけられないとやってしまうところは似ているところがあるのかなと思っています」

    大野選手

    「ストップをかけられたら、なんか『よっしゃー』じゃないですけど。そういう変な線引きがあるので、これから自分でその線を引いていかなきゃいけないですね。週6日で柔道をやるんですけど、それをキュッとして、それこそスマートにとおっしゃっていましたけど。そういう作業が必要になってくると思っています。
    30歳になって、よく回復が遅くなるとかよく周りに言われるので、そういった変化を楽しみながら、恐怖を感じながらやりたいなと思います。
    でも、辞めたいとは思わなかったんですか」

    小平選手

    「辞めたいとは思わなかったんですけど、自分の体が思いどおりに動かなくなったときに、スケートってこんなに苦しかったかなと思ったときはありました。こういうスケートをしたくなかったんだよなって思ったんですけど、でもそこで何とかもっとよい状態に回復させてあげようと働きかけてくれる人たちもいたので、できることを最大限やっていこうってことで、今はもうだんだん解消されてきて。
    一度だめになった自分から改善していく、成長していくことにモチベーションを感じていて、楽しんでいるところかなと思います」

    大野選手

    「すごいですね。本当にスケートが好きなんだ、練習が好きなんだなと伝わってきますね。
    自分は東京オリンピックが終わってから毎日もう辞めたいなと思っていました。負けるのが嫌なので、早く辞めたいなと思っていたんですけど。
    気が付いたら落ち着かなくて汗流していて。
    とりあえず、次の試合に向けて頑張ろうかなみたいな、パリオリンピックを目指しているというのは全くなくて。結果的にパリまでいければ、いいかなぐらいの気持ちで、とりあえず次の大会、次の大会、次の大会とやっていきたいなと思っています」

    小平選手

    「無差別級の試合に挑戦をしているみたいなことを聞いて。73キロ級ですよね。大きい人たちと組んでいるのはすごいと思うんですけど」

    大野選手

    「それもモチベーション探しの一種で、勝てることはないですし、負け大前提なんですけど。そこで気持ちの変化を待っていて、わざとそういう修羅の道に自分を追い込んで自分の心が燃えるのを待つというか。
    本当にことしはそういうのにも挑戦しながら、自分が長く現役を続ける火になればいいかなと思っています」

    2連覇は意識したか

    小平選手

    「私の質問なんですけど、“2連覇”は意識していましたか」

    大野選手

    「存分に意識していました。ただ、背負うと重いので、背負わないように意識していました。自国開催の東京オリンピックで2連覇というところは、すごく自分に言い聞かせてやっていました。それがエネルギーに変わることも知っていましたし。
    でも終わってみれば、客観的に見てインタビューで涙を流していた自分の姿を見て、やっぱり気付かないうちに2連覇への意識が重荷になって背負っていたんだなとは感じましたね。連覇は意識されていますか」

    小平選手

    「柔道みたいにスピードスケートは、日本選手で2連覇を成し遂げた選手がいないので。そういった意味では、挑戦できる機会は私しか持っていないので。2連覇したいとか、もう一度金メダルを取りたいというよりは、その挑戦を楽しみにしたいという意識でいます」

    大野選手

    「自分は単純にほかの人と一緒が嫌だったので。今回、例えば同じ男子メンバーだけで5人が金メダルをとったんですけど。
    自分が連覇できなかったら、その後輩たちと金メダル1個ずつで並んでしまうので。一緒に出ている仲間たちよりも1個上のところに行っときたいなみたいなところもあって、2連覇は絶対してやろうと思っていました。
    いいモチベーションになったような気がします。なので、2連覇して伝説になってください」

    小平選手

    「はい、頑張ります。ありがとうございます」

    金メダルとは

    小平選手

    「最後です。“金メダルとは”」

    大野選手

    「壮大な…」

    小平選手

    「壮大な質問ですね、これは」

    大野選手

    「金メダルどうされていますか?」

    小平選手

    「しまっていますね。開けてもないです」

    大野選手

    「なんか取ってしまったら、意外とほったらかしちゃいますよね」

    小平選手

    「改めて取り出してみる機会はあまりないですよね。でも、オリンピックが終わって、金メダルを見て涙を流してくれる人たちを見ると、取ってよかったなとすごく思いますね。
    そういった意味では、すごく価値があるものかなとは思うんですけど」

    大野選手

    「子どもたちに見せる機会とかが多い中で、子どもたちが掲げたりとかしているのを見ると、すごいほっこりするというか。金メダルは誇らしいことですけど、でも、自分の柔道人生と金メダルをイコールにはしたくないなっていうか。オリンピックだけに縛られる自分は嫌で、違った価値を今後は見つけていきたいです」

    小平選手

    「金メダルを手にすることで、子どもたちが自分の未来を描きやすいのかなとは思いますけど」

    大野選手

    「自分はその逆でしたね。学生のときに、金メダルを見るのも嫌でしたね。ちょうど大学生の頃に初めて野村忠宏先輩が3つの金メダルを道場に持ってこられたときに、ほかの人が群がっていたのを見て、自分はめちゃくちゃひねくれていたので(笑)。『自分で取ったほうがいいわ』と思って、自分で取るまでは絶対ほかの人の金メダルを見ない、触らないと決めていました」

    小平選手

    「北京オリンピックを迎えるにあたって、私自身の“なりたい自分”をしっかり持ちながら、挑戦を楽しみたいなと思っています。
    大野選手もこれからモチベーションを探して柔道と向き合う中で、心が向く瞬間みたいなのが、きっと出てくると思うので」

    大野選手

    「本当ですか。小平選手のような気持ちまで行けるように挑戦します。上のステージで競技をやられているんだなと、きょうわかりました。自分はすごい子どもだなというか、まだまだよけいなものを気にしながら競技していることがすごくわかったので、勉強になりました」

    小平選手

    「私もすごい勉強になりました。ありがとうございました。しゃべれた、意外と」

    大野選手

    「けがが無きよう頑張ってください、応援します。テレビで拝見させてもらいます」

    小平選手

    「大野選手も頑張ってください」

    大野選手

    「無差別の試合で頑張ります、とりあえず」

    小平選手

    「はい、頑張ってください」

    大野選手

    「小平さん、ありがとうございました」

    小平奈緒選手のこれまでの歩みを特集記事で

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