渡部暁斗 Story
渡部暁斗 Story

ノルディック複合の渡部暁斗選手(33)。2014年ソチ大会、そして2018年ピョンチャン大会とオリンピック2大会連続で銀メダルを獲得した日本のエースです。
「何度かその山にチャレンジしているんだけど、山頂の手前までしかまだ登れていないんで、その山頂に立ってみたい」
5大会目のオリンピックとなる北京大会で悲願の金メダルを目指します。

(スポーツニュース部 記者 沼田悠里)

目次

    渡部暁斗のストーリー
    渡部暁斗のストーリー

    小学校の卒業文集で誓った「世界一」

    渡部選手がスキーを始めたのは小学4年生、9歳の時。1998年に行われた長野オリンピックのジャンプ団体で、日本の金メダル獲得の瞬間を見たのがきっかけでした。早速、地元のスキークラブで競技を始めて、のめり込んでいきました。
    小学校の卒業文集には世界一を目指す強い決意を記していました。

    “ジャンプで世界一になるために、中学にいってもジャンプを続ける。まずは日本一になってから、世界一になるためにワールドカップに出る”

    中学生の時には、ジャンプとクロスカントリーで順位を決めるノルディック複合競技を始め、徐々に頭角を現していった渡部選手。卒業文集に書いていた言葉どおり、高校1年生の時にワールドカップ初出場。さらに急成長を遂げ、その翌2006年、高校2年生でトリノオリンピックに出場しました。
    しかし、初めてのオリンピックは個人スプリントで19位。

    「オリンピックで成績を残さないと注目されない。勝たないと意味がない」

    そう強く思うようになりました。

    “努力の天才” フォーム改造に打ち込んだ大学時代

    早稲田大学に進学後は“オリンピックで結果を出したい”と、クロスカントリーのフォーム改造に取り組みました。
    渡部選手は身長1m73㎝、体重約60kgで、海外の選手に比べると非常に小柄です。海外勢に対抗するため効率的にスキーに力を伝えられる方法を模索しようと考えたのです。
    さらにその思いを強くしたのが、大学3年生の時、2009年に行われた世界選手権がきっかけでした。

    この大会で渡部選手は団体で日本の14年ぶりの金メダルに貢献。クロスカントリーはヨーロッパ勢が圧倒的な強さを誇っていましたが、日本チームがブーツ1足分の差で勝利したことから

    「やり方次第で金メダルが狙えるのではないか」

    と思うようになりました。

    その後、渡部選手はほんの数㎝の違いでもクロスカントリースキーの滑りに大きく影響する足の位置について“体の重心を意識して力が最も伝わりやすいところ”を見つけました。
    そこから、しっかりと踏み込んで“スキーの板を蹴る”ことで、1回の踏み込みで、より長い距離を滑ることができるようになったといいます。さらにストックの扱いについても工夫。地面についたとき、しっかりと力を入れられるように加減ができるようになりました。

    大学時代、渡部選手を指導していた倉田秀道さんは「バランスを鍛えるために、ロープの上を歩く練習をみずから始めるなど、いろいろな練習を自分で考えてやっていた。食事も自分で考えて一品加えるなど日常生活のすべてをスキーにつなげようとする、まさに努力の天才だ」と当時を振り返ります。

    20歳前後の若いころから常に上を目指して“探求”し続けていた渡部選手。“小さな体”でも効率的に速く滑れる技術を学びながら理想の滑りに少しずつ近づき、2010年1月のワールドカップでは3位となり個人で初めての表彰台に立ちました。

    そしてこの年の2月に開催されたバンクーバーオリンピック。2回目となった大舞台で日本選手最高の9位に入り、続けてきた努力が少しずつ花を開き始めてきたのです。

    真の“キング・オブ・スキー”を目指して

    ノルディック複合は「矛盾」を究める戦いと言われます。
    瞬発力が欠かせないジャンプと持久力が求められるクロスカントリー。相反する能力を高いレベルで持ち合わせ、その難しさに挑み続けることが複合選手の誇りで、勝者には「キング・オブ・スキー」の称号が与えられます。

    不断の努力を続け世界の強豪の背中が見えてきた渡部選手は、今や2つのどちらも世界トップクラスの実力を持ち、ウィークポイントがないのが強みです。
    その強みをいかして、これまでのワールドカップでは2011-12年シーズンから、8シーズン連続で3位以内に入りました。

    そして3回目のオリンピックとなった2014年のソチ大会では、個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得。この種目で日本選手がメダルを獲得したのは20年ぶりの快挙でした。
    2018年のピョンチャン大会でも銀メダルを手にして2大会連続でメダリストとなりました。
    さらに2018-19年のシーズンにはワールドカップで日本選手シーズン最多勝利となる7勝を挙げ、あの荻原健司さん以来となる日本選手2人目の総合優勝を成し遂げました。

    まだ手にしていないものをつかみ取るため

    数々の記録を作り続けている渡部選手がまだ手にしていないもの…。それがオリンピックの金メダルです。
    北京大会で悲願の金メダルを獲得するため、ピョンチャン大会後の30歳になった2019-20年シーズンに思い切った決断をします。

    走力を向上し海外の大柄な海外選手たちと競り合うために筋肉の量を増やそうとしたのです。
    しかしこの挑戦は思うようにいきませんでした。ワールドカップではこれまでほとんど経験していなかった2桁順位を繰り返す惨敗。筋肉量を増やしたことで、逆に体のバランスを崩してしまったのです。

    「自分の思ったパフォーマンスもできないし、この先落ちていくしかないような感覚だった」

    もがき苦しんだ渡部選手。それでも自分の体と徹底的に向き合ったうえで“失敗”した経験は、「常に新しく進化し続ける」ことを大切にしている渡部選手にとっては決してむだではありませんでした。
    世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年。渡部選手はワールドカップの遠征直前まで雪上でのトレーニングができませんでしたが、逆にこの期間をプラスに変えました。みずからの“探求”に時間を費やす貴重な機会となったのです。
    中でも多くの時間を割いたのが軽井沢での新たなトレーニング。トレーナーの指導を受け、特別な器具を使って体の部位のつながりを意識しながら体を動かしました。背中の骨や筋肉のひとつひとつに意識を徹底し連動させることで、これまで使い切れていなかった筋力を最大限に使おうと試みました。

    「体が変わってきているからジャンプも変えられる手応えがある」

    得意のジャンプもまだまだ伸びしろがあると、踏み切るときの上半身の角度について試行錯誤を続けるなど、北京オリンピックのシーズンへ向け失敗を恐れず新たな取り組みに挑戦しました。

    “最後”のオリンピックに…

    5回目のオリンピックとなる北京大会を前に、渡部選手ははっきりとした口調で「(選手生活で)いちばん金メダルを獲得したい気持ちが強い」と話します。そして金メダルについての思いを打ち明けました。

    “山みたいなもので、登ったことがない山があるから行ってみたいねという感覚。何度かその山にチャレンジしているんだけど、山頂で天気が悪かったのか何なのか、山頂の手前までしかまだ登れていないんで、その山頂に立ってみたいという、そういうシンプルな気持ちなのかな”

    渡部選手は北京大会がある意味、“最後”のオリンピックになるとしています。これまですべての時間をスキーに費やしてきましたが、去年初めての子どもが生まれたことで「スキーヤーとしては変わらないけど、1人の人間として大きな出来事」と、少しずつ心境に変化が生まれてきました。
    15年以上も世界でしのぎを削っている渡部選手にとって、子どもの誕生がみずからの競技への向き合い方を考えるきっかけとなっていたのです。

    「100%自分の時間を使って金メダルを目指すのは今回が最後。そのぐらいの覚悟を持って臨んでいる」

    日本の不動のエースの渡部暁斗選手、覚悟をもって、まだ目にしたことのない“頂”を目指して走り続けています。

    エピソード
    エピソード

    わが子への思い

    渡部選手がスキーと出会って24年。これだけ熱中できるものに出会えた幸せをかみしめる中で感じていることが、わが子には競技をしている姿を見せたくないということです。自分自身も両親から仕事の話はまったく聞かされず“無”の状態だったからこそ「こんなにも夢中になれるスキーに出会えた。スポーツじゃなくても何でもいいから熱中できるものに出会ってほしい」と話しています。

    プロフィール
    プロフィール

    経歴

    名前 渡部暁斗
    出身地 長野県白馬村出身
    生年月日 1988年5月26日生
    一口メモ 妻は元スキー選手の由梨恵さん。2020年第一子の男の子が生まれたばかり。

    オリンピックの成績

    2006年 【トリノ大会】
    男子個人スプリント 19位
    2010年 【バンクーバー大会】
    男子個人ラージヒル 9位
    男子個人ノーマルヒル 21位
    男子団体ラージヒル 6位
    2014年 【ソチ大会】
    男子個人ラージヒル6位
    男子個人ノーマルヒル 銀メダル
    男子団体ラージヒル 5位
    2018年 【ピョンチャン大会】
    男子個人ラージヒル 5位
    男子個人ノーマルヒル 銀メダル
    男子団体ラージヒル 4位

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