僕にはウィズコロナはない。それでもパラリンピックを目指す

伊藤智也

パラ陸上

在宅勤務って難しい。おうち時間にもいいかげん飽きた。新型コロナウイルスによって日常を失った私たち。パラリンピックの世界には、そのはるか前から当たり前の日常が奪われている選手がいる。
パラ陸上、車いすのクラスの伊藤智也。東京パラリンピック代表に内定している57歳のベテランだ。免疫に異常が生じる難病、多発性硬化症を患い、新型コロナウイルスに感染すると命に危険が及ぶ。

「僕には“ウィズコロナ”はない。死に直結するので、大変な脅威だ。最大限、臆病にならざるをえない」

伊藤が外出自粛を始めたのは、多くの人がまだその脅威をひとごととして捉えていた2019年12月。中国武漢で原因不明の肺炎が確認され始めた時期だ。伊藤はその後、半年以上、ほとんど自宅から出ないまま過ごした。しかし、感染は収束しない。2020年最初のレース、9月の日本選手権の出場も早々に諦めざるをえなかった。パラリンピックは延期されたが決して楽観できないと伊藤は言う。

「来年の東京パラリンピックでメダルを取るより無事に出ることのほうが難しい。そういう時間を過ごしている選手がたくさんいる」

2021年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を危ぶむ声は少なくない。リスクが高い選手のためにパラリンピックは中止すべきではないかという意見すらある。それでも伊藤は、東京パラリンピック出場を諦めていない。

自粛期間中も自宅で毎日、6時間に及ぶトレーニング。室内で集中して車いすをこぎ続け、筋力アップに努めてきた。最近は人の少ない午前中を狙って競技場やジムでのトレーニングも再開させた。筋力トレーニングの成果もあり、自己ベストに迫るタイムも出せるようになった。この状況で、なぜ頑張れるのか。そう問うと、伊藤は笑顔で答えた。

「パラリンピックは『生きる』ということばに秘められたパワーを表現できるチャンスだ。コロナとの闘いの先にパラリンピックが開かれ、コロナ禍を生き抜いた選手たちと世界中の人たちの心がひとつになれたら最高にうれしい」

どんな環境でもあすを信じてきょうの自分を超えていく。それが伊藤の信念だ。今までも、そしてこれからも。

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