アスリート×ことば

自分のプライドはいらない

自分のプライドはいらない

内村航平 体操

オリンピックの体操、男子団体と個人総合で3つの金メダルを獲得してきた31歳は、東京オリンピックに向けて種目別の鉄棒に専念するという大きな決断をした。
6種目で行う個人総合で、難度が高い技を美しく、正確にこなしてきた内村航平。日本だけでなく、世界の体操界をけん引した世界最高のオールラウンダーだ。

「6種目やってこその体操」

かつて、内村は体操への思いを聞かれると常に6種目すべてをこなすことへの強いこだわりを口にした。どの種目のどの練習もおろそかにすることなく、すべてで世界トップクラスの技術を誇ってきた。しかし、内村もベテランの域に達し、2016年のリオデジャネイロオリンピック以降は足首のケガや肩への慢性的な痛みに苦しみ、リハビリと治療の毎日が続いた。

「体に痛みがない日はない」

2019年の取材で、内村は悔しそうにそう答えた。それでも、「出場するのが夢」という東京オリンピックに向けて6種目の練習を積み続けた。ボロボロの体と向き合い、入念なケアを施しながら痛みを悪化させないよう慎重に練習した。ある日は体の調子が良くて練習がはかどったと笑顔を見せ、ある日は痛みで練習ができなかったと曇りの表情を見せた。
大きな決断は2020年2月だった。高校時代からの仲間で、毎日、練習をともにするなど二人三脚でオリンピックを目指してきた佐藤寛朗コーチの一言だった。

「佐藤に“苦しみながら体操をやる航平さんの姿をもう見たくない”と言われ、決断するきっかけになった」

6種目のなかで唯一、痛みがなく演技ができる「鉄棒」1種目への専念。自分だけではできなかった決断だが、東京オリンピックを目指しているのは、自分1人ではないことをわかっていた。

「自分だけでオリンピックに行くわけではない。周りの人も気持ちよくオリンピックに連れて行きたいというのもあった。そう考えると6種目をやらないといけないという、自分のプライドはいらない」

今まで6種目に費やしていた時間を1種目のみにかける日々。個人総合への未練を聞かれると「不思議なことに未練はない」と迷いなく答えた。

「6種目で世界で1番になっている。今まで経験してきたことを1種目だけに凝縮できている。楽なことはないけれど、6種目やっていたときより負担は減る。1種目だけにして何より楽しかった。 久々に体操をやっているなと感じ、自分の思い通りに体を動かせている」

そして、決断にあたっていったん捨てたプライドがいまの自分を支える。

「6種目をあきらめたんだなと思われるかもしれないと考えたけれど、そう思う人たちには、どれだけいままで6種目で成績を残してきたかわかってる?って。それは別に誰が決めることでもないし、自分が胸を張って選択したことなので」

これまでとは違う種目でも東京オリンピックで表彰台の一番高い場所に立つために。希代のアスリートが再出発を果たした。