アスリート×ことば

トラックに入った時は家に帰ってきたようだった

トラックに入った時は家に帰ってきたようだった

飯塚翔太 陸上

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2か月もの間、トラックで練習できなかった陸上男子短距離の飯塚翔太。NTC=ナショナルトレーニングセンターで久しぶりの練習を終えた感想を聞かれ、満面の笑顔で答えた。

「家に帰ってきたようだった」

飯塚は、200mで日本歴代3位の20秒11を持つスプリンターだ。リオデジャネイロオリンピックの 男子400mリレーでは2走を務め銀メダル獲得に貢献。若手の台頭が著しい日本の短距離メンバーの中でも、常に明るく誠実な飯塚はリーダーの役割を担ってきた。

しかし、2019年シーズンは苦難の連続だった。シーズン序盤に急性虫垂炎を患ってアジア選手権を欠場。6月の日本選手権では得意の200mで太ももの肉離れにも見舞われた。シーズン後半には調子を戻したが、オリンピックの参加標準記録はまだ突破できていない。

それだけに、強い決意を持って臨んだ2020年、順調に練習を積んでいた矢先に待っていたのが、新型コロナウイルスの感染拡大。オリンピックは延期され活動拠点とするNTCは閉鎖された。 それでも、飯塚の心が折れることはなかったという。

「同年代で陸上を辞めた選手がけっこういる中で、自分は29歳でまだ続けられている。ありがたいことだし、これくらいで下を向いていたらダメだと思った」

自粛期間中、飯塚は人けのない夜中に近所の階段でダッシュを行うなど地道にトレーニングを続けた。 そして5月末、NTCの再開とともにトラックでの本格的な練習を再開。「わが家」に帰った飯塚は、ひとりの選手としての喜びと同時にトップアスリートとしての責任感も感じていた。

「ずっとトラックで走りたいと願っていたので、練習できるありがたさと楽しさを感じる。ウイルスの影響で今後、会場に来てスポーツを見られる人は少なくなると思う。スポーツは欠かせないと思ってもらえるようなパフォーマンスをしないといけない」

東京大会に出場すれば、飯塚にとっては3大会連続の大舞台。個人種目でのファイナリスト、そしてリレーでの金メダル獲得に向けて、残り1年を全力で駆け抜ける覚悟だ。