いつすべてがダメになっても、うろたえんぞと。負けても死なないっていうことがわかりましたから

木村敬一

パラ競泳

全盲の木村敬一(29)はパラリンピックの競泳、視覚障害のクラスでこれまでに6個のメダルを獲得した日本のエースだ。東京パラリンピックの1年延期が発表されてから2か月余りが過ぎた6月、沈黙を続けてきた木村にようやく取材をすることができた。電話口から聞こえてきたのは、冗談を交えて話すいつも通りの木村だった。

「早く延期にしたらって、言おうかと思っていました。オリンピック・パラリンピックは、平和な状態でしかできないものですし、冷静に考えて今やるべきものじゃないですよね」

とはいえ、木村の東京パラリンピックにかける思いは並大抵のものではない。これまでどうしても届かなかった金メダルをつかみとろうと2018年から単身、練習の拠点をアメリカの大学に移すほどだった。

しかしパラリンピックイヤーを迎えた2020年。3月に入ってアメリカでも新型コロナウイルスの感染が徐々に拡大。プールは使用不可となり、帰国を余儀なくされた。実は全盲の木村は感染を防ぐことにより神経を使わなければならない事情がある。

「コロナウイルスとの戦争が、始まったんだって思った。買い物をするにも、全部、触らないと分からないし、ガイドに触れて歩くこともあるからソーシャルディスタンスがとりきれないところがある。清潔を保って、免疫を高めるしかない」

東京パラリンピックの1年延期が発表されたのは帰国後間もなく。それでも、冷静に受け止ることができたのは過去の挫折が木村を強くしていたからだ。4年前にリオデジャネイロパラリンピックで金メダルを逃したあの日。泣き崩れた木村は心の傷を癒やしながらある心境にたどり着いていた。

「あの時は張り切りすぎましたね。あれで予防線を張るというのを覚えたので、いつすべてがダメになっても、うろたえんぞと。負けても死なないということがわかりましたから」

”最悪の事態”が起こったとしても、胸を張って前を向く。その覚悟はできている。

「来年、パラリンピックができなかったとしてもという心でいないと。パラリンピックという機会がなくなるのはもちろん残念ですけども、自分の中で蓄積されていく経験値は別に減る訳でもないので。心が疲れないようにしていくことが大事なんじゃないかなと思います」

もちろん木村が一番願うのは、ウイルスが終息し、パラリンピックが開催されることだ。大会の成功を感染の脅威に打ち勝った証にしたいと考えている。その大会で自分が頂点に立って花を添えるつもりだ。

「まずはもちろん終息させることが大事だけど、こういう状況で選手としては『あの人たちの試合が見たいな』って思ってもらえるようにしないといけない。みんなに元気になったと思ってもらえるような大会にしたい。もちろん僕自身の金メダルという目標も変わることはありません」

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