アスリート×ことば

自分の無力さを毎回感じていたから

自分の無力さを毎回感じていたから

鈴木健吾 陸上

フィニッシュテープを切った瞬間、衝撃的なタイムが飛び込んできた。2時間4分56秒。日本選手が初めて踏み入れた2時間5分を切る世界。その主役となったのが25歳の鈴木健吾だった。

「こんなタイムが出ると思っていなかったので、正直、自分が一番びっくりした」

歴史を塗りかえたのは1m63cmの小柄なランナー。その記録の裏には挫折や苦悩があった。

2019年9月、東京オリンピックの代表選考レースとなったMGC。終盤までトップ争いをしながら失速し、7位に終わった。半年後に行われた前回のびわ湖毎日マラソンも後半に失速し、12位。オリンピック出場をかけた勝負どころで力を発揮できず、夢の舞台には届かなかった。

「毎回後半に失速していたので、マラソンに向いてないのかな。挫折というか、自分の無力さをいつも感じていた」

自分の実力を思い知った鈴木。だがこの挫折が眠っていた力を呼び覚ますきっかけとなった。

「何かを変えなくてはいけない」

ウエイトトレーニングで太ももやお尻の筋肉を徹底的に鍛えた。さらにスピードトレーニングにも力を入れた。東京オリンピックには出られないからこそ、じっくりこつこつと練習を積み上げることができた。

2021年2月28日。びわ湖の湖畔などを走るコースでは最後の開催となったびわ湖毎日マラソン。「勝負は後半にある」と、鈴木はほかの選手が飛び出しても我慢した。これまでの経験が生きた。36キロ過ぎ、ほかの選手が給水をとっているすきにスパートをかけた。

「給水に集中しているこのタイミングがチャンスだと思った。今まで後半失速していたのでその流れを克服したかった。行くしかない」

そこにはもう過去の鈴木はいなかった。40キロまでの5キロのラップタイムは、この日最速となる14分39秒。例年、選手を苦しめてきた向かい風が吹かないという好条件にも恵まれ、最も苦しい終盤にペースがあがった。

「最後の1キロ、2時間5分を切るぞと思って走った」

ウエイトトレーニングで鍛えてきた足腰は、最後まで持った。フィニッシュテープを切ると、驚異の2時間4分56秒のタイムが電光掲示板に表示された。

衝撃の記録も鈴木はレース後、控えめな言葉を紡いだ。

「今の日本の記録の向上具合を見ていると、走るべく人が走れば、これぐらいのタイムは出ると思う。すぐ塗り替えられるような記録だと思う」

ここ数年、日本記録の更新が相次ぐ男子マラソン界。鈴木の言葉には説得力があった。だが、そのレベルの高いメンバーの中でも勝負していける自信がついた。

「僕は日の丸をつけて戦ったことがないので、世界選手権だったり次のパリオリンピックを目指してコツコツ頑張っていきたい」

鈴木の目は、世界で活躍する自分の姿をはっきりと見据えていた。