極寒であろうが猛暑の中であろうが結果を出す。それだけ

新谷仁美

陸上

彼女のことばには迷いがない。
2020年12月4日。新谷仁美は女子10000mの日本記録を18年ぶりに更新して東京オリンピックの代表に内定した。一夜明けた記者会見。答えにくいだろうと思う質問もあったが、よどみなく今の思いをストレートに返した。

質問 : 東京オリンピックを見据えた新型コロナウイルスのワクチン接種について
新谷 : 「正直、受けたくない。副作用がないことは絶対にないと思うので、今の対策をしっかりしたうえで臨みたい。あくまでも個人的意見だが私は受けたくない」

質問 : 履いていたシューズの効果は
新谷 : 「私はない」

質問 : 今後やっていきたい練習メニューやテーマは
新谷 :「やってみたい練習はまったくないが、やらなければいけない練習はある」

今後、底上げしていかないといけない部分を聞かれた時には「競技面はもちろん」と断ったうえで「東京オリンピックとアスリートとしての在り方」という難しいテーマをみずから切り出し語った。

「東京オリンピックは、誰か1人がやりたいと言うだけではなく、国民のみなさんと(アスリートが)同じ思いでなければ成立しない。私たちアスリートの在り方や輝く瞬間が見たいと国民の皆さんにどう思ってもらうかがポイントになるので、人間として、アスリートとしての考え方や行動(力)を高めていきたい」

32歳の新谷、その経歴は異色だ。
高校時代は駅伝で脚光を浴び、社会人でも輝かしい実績を持つ。10000mではロンドンオリンピック9位、世界選手権で5位。ただ、その世界選手権からわずか5か月後の2014年1月、突然、引退を表明した。「心」が限界を迎えていた-。

4年間の会社員生活を経て2018年に現役復帰。
「過去の自分を超えたい」と慣れ親しんだトラックに戻った。
日本記録を更新した今、過去の自分は超えたのか。
そう問われた新谷は、間髪入れず「超えていない」と答えた。

「世界選手権の5位が(実績では)一番にあげられるもの。そこを超えるということは、同じようなスタートラインに立ち、それ以上の結果を出さなければ超えたことにならない。きのうは戦ううえでのタイムしかクリアできていない」

復帰後の最大の変化は「周囲を信用し、信頼できるようになったこと」だという。
その象徴的な存在と言える新谷のコーチ、横田真人は、10000mが猛暑の東京 国立競技場で行われることを踏まえ、暑さに強い新谷が表彰台に上ることを決して“夢物語”と考えていない。

新谷自身は、どう分析しているのか。
世界のレベルは、29分台前半にあると想定、みずからの日本記録30分20秒では、自分より300m前にいる。「下手したら1周差をつけられること」も想像しているという。それでも意欲は高い。

「特にトラックの長距離種目はアフリカ勢が強く日本人は無理だろうと思われがち。そこで私はどうしても“ぎゃふん”と言わせたい。日本人でもやれるということを証明したい」

そして、暑さ対策について聞かれて語った。

「対策はまったく考えていない。暑かろうが寒かろうが、結果を出さなければいけないことに一切変わりはない。極寒であろうが猛暑の中であろうが結果を出す。それだけのこと」

「走ることは嫌い、走ることは仕事」と常々語る新谷。この姿勢は復帰前からのことだ。喜びのレースから一夜明けたこの日もやはり同じだった。

「生きるうえで対価をいただいている」
「どんな手段をとってでも結果を出さなければいけない」
「100かゼロしか考えていない。100は1位しかない。自分は商品だと思っているからこそ、それが当たり前」

「プロ意識」を持ち続ける変わらない自分。
「信用と信頼」ができるように変わった自分。
強烈な「個」を持つ自立したランナーだからこそ、新谷の走りは見る人の心を打つ。

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