アメリカと北朝鮮~今、何が起きているのか?

2019年1月トランプ政権は2回目の米朝首脳会談を2月下旬に開催すると発表した。トランプ大統領は北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の側近、キム・ヨンチョル副委員長とホワイトハウスで面会。停滞していた米朝の協議が再び動き始めた。
1回目の首脳会談から半年余り。事態の打開に向け、大統領みずからが突破口を切り開こうというトランプ流の外交手法。
しかし、1か月前の2018年12月、ワシントンで面会した専門家は今回の動きを予想したうえで、その危うさを指摘していた。

第4回 米朝協議の行方

トップ交渉の危うさ

「2019年早々、再び首脳会談が開かれれば、あやまちを繰り返すことになりかねない。実務者協議なしでいきなりトップで会談しても具体的な成果を得られる望みはうすい」

こう警告していたのが保守系のシンクタンク・ヘリテージ財団のブルース・クリングナー氏だ。CIA=アメリカ中央情報局で分析官を務めたワシントンでは名の知れた北朝鮮の専門家だ。
クリングナー氏が指摘する「あやまち」とは、2018年6月の1回目の米朝首脳会談を指している。

クリングナー氏によると、この会談でトランプ大統領は3つの間違いをおかした。

1つめは、トランプ大統領が非核化の具体的な道筋を示せないままキム委員長と合意文書を取り交わしてしまったこと。文書では「非核化」をはじめ、さまざまな定義であいまいさを残したため、その後の協議で両者の立場の違いが浮き彫りになり、停滞に陥ることとなった。

2つめは、不必要で一方的な譲歩。トランプ大統領は同盟国の韓国や日本、ましてやマティス国防長官とでさえ十分な議論や同意を得ないまま米韓合同演習の中止を決めたとされている。

3つめは、会談の開催そのもの。トランプ大統領は「史上初の歴史的な会談」というわかりやすい評価を早く得たいがために、政府高官らの慎重な助言に耳を貸さず、必要な準備も整えないで開催を決めたとクリングナー氏は指摘する。アメリカの大統領が会談に応じれば、それ自体が相手を交渉可能と認めたことになり、国際社会でも、そう受け取られる。

クリングナー氏は結局のところ、1回目の米朝首脳会談はキム委員長の国際的な評判を上げただけであり、失敗だったと評価する。

「トランプ大統領は自分が交渉すれば何でも解決できると思い、閣僚や官僚たちによる事前の交渉を軽んじた」(クリングナー氏)

トランプ流の外交手法そのものがあやまちを招いたのではないか。そして、それが今回も繰り返されかねないとクリングナー氏は懸念する。

非核化は不可能か

「北朝鮮には核兵器を放棄する意思はない」

やはりCIAの元分析官で、CSIS=戦略国際問題研究所の女性研究者、スー・ミ・テリー博士は協議の先行きに悲観的な見方をした。テリー博士は北朝鮮がトップどうしの交渉と取り引きを好むトランプ大統領の性格につけ込み、有利な結果につなげようとしていると見る。

「北朝鮮は実務者協議ではアメリカの官僚たちから練りに練った具体的な要求を突きつけられ、いやが上にも譲歩を迫られることをわかっている。細かい条件より華々しい成果にこだわるトランプ大統領に直接働きかけた方が、経済制裁の緩和や朝鮮戦争の終結宣言といった果実を勝ち取ることができるかもしれない。そう考えているのだ」(テリー氏)

そしてこう付け加えた。

「これまでのところ非常にうまくやっているのは、キム委員長の方だ」

ここまでは北朝鮮のペースで協議が進んでいるという見方だ。

では、このまま2回目の首脳会談が開かれた場合、想定される最悪のシナリオは何か。この問いにテリー博士はトランプ大統領が朝鮮戦争の終結宣言に合意することをあげた。

停戦状態にある朝鮮戦争を終わらせる意思を示す終結宣言は、あくまで政治的な宣言に位置づけられる。これを北朝鮮はアメリカとの信頼醸成のためにも不可欠だとし、韓国も前向きだ。
だが、これは極めて危険だとテリー博士は指摘する。それが政治的なメッセージだとはいっても、その帰結として韓国にアメリカ軍を駐留させる根拠を損なわせることにつながるからだ。
国連軍の主要部隊という面を持つ在韓アメリカ軍の任務は朝鮮戦争への対処だ。その戦争が終わったとアメリカが国際社会に宣言すれば、すなわち軍を駐留させる目的もなくなったという認識を示すことにもなりかねない。

アメリカ政府内では当然、このことを認識し、宣言に反対する意見がある。だが、テリー博士はトランプ大統領がその反対を押し切って宣言に踏み込む危険性はあると見ている。

トランプ大統領は、もともとアメリカ軍の海外駐留にはその負担を理由に批判的だ。在韓アメリカ軍の削減、撤退にかじを切るおそれは今までも指摘されている。現実に1回目の首脳会談では安全保障の専門家なら誰もが反対していた米韓合同演習の中止に踏み込んでいる。

そして、そのトランプ大統領を押しとどめ、在韓アメリカ軍の必要性をことあるごとに説いてきたマティス国防長官は政権を去った。直接のきっかけは、トランプ大統領がマティス長官の意見を無視して中東シリアからのアメリカ軍の撤退を決めたことだった。

今の政権にはトランプ大統領に異を唱えられる幹部は、ほとんどいなくなっているとも言われる。在韓アメリカ軍の存在に変化が起きれば、東アジアの安全保障のバランスが揺らぎ、地域の不安定化に拍車をかけることになる。

「これこそが最悪のシナリオだ」とテリー博士は解説した。

忍耐

北朝鮮との協議にどのように向き合うべきなのか。

ニューヨークを拠点に朝鮮半島情勢を専門に分析するシンクタンク、「コリア・ソサイエティ」のスティーブン・ノーパー博士が真っ先に挙げた言葉は「忍耐」だった。

「数か月で結論を出そうとするのではなく、数年かけるつもりで交渉にあたっていくしかない。アメリカは『最大の圧力』というが、本当に必要なのは『最大の忍耐力だ』」(ノーバー博士)

では、数年かければ本当に北朝鮮は変化するのか。ここでノーパー博士は興味深い見方を披露した。

博士が注目するのが北朝鮮で進む世代交代だ。
北朝鮮では35歳以下の若い世代が全人口の半分以上を占めているという。若者たちはひそかに国内に持ち込まれた韓国のドラマを見たり、普及しはじめた携帯電話も通じてさまざまな手段で世界の情報に接しているとみられている。その若者たちがより開かれた国を求め、経済改革への圧力を強めていくかもしれない。

同世代でもあるキム委員長が体制を維持しようとすれば、こうした国内の変化が非核化への動機づけになる可能性もある。ノーパー博士はそう指摘した。

2019年、そして再び

2019年

トランプ大統領が置かれている政治情勢はかつてないほどに厳しさを増している。

足元では議会下院で多数派を握った野党・民主党が攻勢を強めている。国境の壁をめぐる対立で政府機関の一部閉鎖は過去最長となり、トランプ政権への批判が強まりつつある。いわゆる「ロシア疑惑」の追及も強まろうとしている。トランプ大統領への強固な支持の背景にある好調な景気の先行きにも警戒感が出始めている。

内政で行き詰まるトランプ大統領が外交に活路を見いだし、北朝鮮問題で議論を煮詰めないまま安易な成果に飛びつくことへの懸念は根強い。トランプ大統領のアピールだけに終わるのか、それとも非核化への具体的な道筋を描けるのか。

2回目の米朝首脳会談を迎えようとする今、北朝鮮問題は大きな分岐点にさしかかろうとしているのかもしれない。