円安 市場介入を指揮 “令和のミスター円”神田財務官に問う

円安 市場介入を指揮 “令和のミスター円”神田財務官に問う
歴史的な円安局面が続いている日本。7月も政府・日銀の市場介入が行われたと見られている。

投機筋と神経戦を繰り広げ、ときに市場介入を決断してきたのが財務省の神田財務官だ。退任を前にNHKのインタビューで語ったのは、長期的に円の信任を守るために日本経済の構造を変革していく必要性だった。

(経済部記者 柴田明宏)

7月に覆面介入か

1ドル=161円台の円安が続いていた、7月11日。

日本時間の午後9時半に公表されたアメリカの消費者物価統計は市場の予測を下回り、市場では日米の金利差が縮まるとの見方から、ドルを売って円を買う動きが出た。

そのおよそ30分後、その動きがさらに加速。

一時、1ドル=157円台前半と、統計発表前に比べ、4円以上値上がりした。
午後11時ごろ、記者団の前に姿を見せたのが、為替政策を指揮する神田眞人財務官だ。

市場介入について「何もコメントする立場にはない」と明言を避けた。
しかし市場では、政府・日銀が市場介入に踏み切ったという見方が強まった。

「統計の発表のあと円が買われたタイミングで『追い打ち』として実施したのではないか」という見立てだ。

介入の事実を明らかにしない「覆面介入」と見られ、民間の推計によると、3兆円を超える規模の資金が投入された可能性があるという。

その翌日・12日にも、短時間に1円50銭程度値上がりする場面があったが、このときも記者団に「私から申し上げることはない」と述べただけだった。

手の内を明かさず、疑心暗鬼を生み出す。

市場との神経戦が続いている。

“令和のミスター円”

神田財務官は、1987年に当時の大蔵省に入り、予算を担当する主計局や国際金融を担当する国際局の要職を務めてきた。

2021年に、為替政策や国際金融政策の実務のトップ、財務官に就任した。

定時の午前9時半より1時間以上早く登庁。
常に金融市場をウォッチし、3台の携帯電話を駆使して次々に指示を出し、海外の要人とも連絡を取り合う。

財務省内の廊下を足早に歩く姿は、職員や記者の間で有名だ。
財務官の任期中、大きな課題の1つとなったのが、歴史的な円安への対応だ。
「投機による激しい変動による国民生活への悪影響は看過しがたい」
「市場への対応は、24時間365日できる。機内でもできる」
その発言は市場の注目を集め、おととしには9兆円あまりを投じて24年ぶりとなるドル売り円買いの市場介入を指揮、ことしも4月から5月にかけて9兆円を超える規模の介入に踏み切った。

「令和のミスター円」とも呼ばれている。

インタビューで何を答えたか

その神田財務官に、7月12日午後、行ったインタビュー。

まず、このところの円安の動きと11日の市場介入とみられる動きについて尋ねた。
神田財務官
「介入については一切答えない。過度な変動や無秩序な動きがあれば、不当に家計や企業に悪影響を及ぶので、そういった時には政府として適切に対応していく必要があるし、必要な場合にはちゃんとした行動を取っていくということにつきる」
さらに、これまで繰り返してきた市場介入をめぐって、効果が一時的なものではないかという指摘が出ていることについても問うた。
「過度な変動とか無秩序な動きに対して対応していくということであって、確実にこれまでの為替介入というのは相当の影響を及ぼしている」
一方で、中長期的な円の方向性には、強い問題意識をにじませた。
「(物価や貿易量などを加味した)円の実質実効為替レートは、1995年の最高値193.97から、足もとでは68.65。要するに65%も減っている。1970年代の水準も下回って過去最低だ。これだけ円が弱くなっている。

中長期的には、ファンダメンタルズを反映して日本の国力がなくなっていけば、徐々に弱くなっていくのはしょうがない。それは多くの国の盛衰を見れば明らかで、幸か不幸かやはり経済力を長期的には反映するものだと思う。

もし円安が嫌だったら、日本の経済力を強くするしかない」

海外で見る、円と日本経済

神田財務官は月に数回は仕事で海外を訪れる。

世界経済の情勢を探るとともに、日本の立場を説明するためだ。

7月上旬、その姿はイギリスのロンドンにあった。
滞在中、イギリス財務省の高官や、金融機関の幹部、王立国際問題研究所の所長らと次々に面会。

過密なスケジュールの中で意見交換を重ねた。
「日本経済の現状と課題についての意見交換の中で見方で共通しているのは、最近賃金が上がりだしたとか前向きに捉えていた一方、残された課題として特に労働市場の流動化、より成長性のあるところに人的資本とか資本が移るようになればなおいいし、そうなれば海外からもお金が入るようになる。まだまだ改善の余地があるという声もあった」
さらに、日本の存在感はかつてと異なることも感じているという。
「正直言うと、寂しいことかもしれないが、私からは問題提起するし、皆さん答えてはくれるが、円については皆さんほとんど関心がない。日本がもう少ししっかりと世界にプレゼンスを持てるように強くならなければいけない」

日本経済のカギは

日本経済の活力を高めるにはどうすればいいのか、神田財務官は3月から有識者を集めた私的な懇談会で議論を始めた。

日本の資金の出入りを示す「国際収支」から、日本経済の課題を分析し、打開にむけた提言を考えようというのだ。
会議では、日本から海外への資金の流れが強まっていることが取り上げられた。

海外の動画配信やクラウドサービスへの支出による「デジタル赤字」が急増。NISAの導入によって、海外株への投資が加速している。

これと対照的なのが、日本への資金の流れで、日本が投資先として魅力を失ってきているという。

日本へ流れる資金が減り設備投資や研究開発が進まないと、日本経済が活性化しない。

すると日本の投資先としての魅力がさらに失われるという悪循環に陥っていると指摘された。
懇談会が7月に公表した提言は、日本の投資先としての魅力を高めるため、労働市場の流動化による生産性の向上、規制緩和の推進、海外人材の活用などによって、日本経済を成長させることが重要だと強調した。

そして、長期金利が上昇基調にある中、日本経済の基盤を固めるためには、財政に対する市場の信認を確保していく必要があるとした。

円の信任の確保を

7月末で3年間の任期を終えて、退任する神田財務官。

インタビューで力を入れて語ったのは、長期的な円の信任を確保するために、日本経済の構造的な課題に向き合う必要性だ。
「円の信任が確保される、円の価値が安定しているということは、物価あるいは実物取引、金融取引の安定につながる。そうなると、国民が普通に安心して生活を営んで、あるいは事業者が活発に活動を行う基盤となる。円の信任を確保するためには日本経済自身を強じん化させる努力をやっていかなければいけない。

そのためにはやっぱりさまざまな改革を通じて経済成長を実現すること、それから財政の健全化をしっかりと進めることが何よりも重要だ」
「改革の1つ1つは、よく言われているものも含まれている。ただ、なかなかうまくいかなかった。早くやらないと、日本のいい資源が外に行く、海外の人材は来てくれない、間に合わなくなる可能性があると思うので、やはり改革は急いだ方がいい。

ただ悲観することはなく、市場経済のダイナミズムを強化さえすれば競争力のある日本経済を必ず取り戻すことができる。今こそ健全な危機感を持って前向きに改革を実行しなければならない」
構造的な課題をこれまで政府が積み残してきたことについて、私的懇談会の中では、神田財務官に厳しい意見が出たという。

日本経済の活性化に向けて、幅広い議論のもとで対策を作り、確実に実行していくことができるのか、しっかり見ていく必要がある。

(7月16日「おはよう日本」で放送)
経済部記者
柴田明宏
2004年入局
長野局や名古屋局を経て経済産業省や自動車業界を取材
現在は財務省と内閣府を担当