熱海土石流3年 被災地の「警戒区域」解除後も帰還世帯は14%

静岡県熱海市で大規模な土石流が発生してから3日で3年です。被災地に設定されていた「警戒区域」が去年9月に解除されましたが、避難先から先月末までに区域内に帰還したのは14%にあたる22世帯にとどまり、体調の悪化を感じる人も出ていて専門家は長期的な支援の必要性を指摘しています。

2021年7月3日、熱海市伊豆山地区で発生した大規模な土石流では、地区を流れる逢初川の上流部に違法に造成された盛り土が崩れ、災害関連死も含めて28人が犠牲となりました。

地区では土砂が流れ下った川の周辺が「警戒区域」に指定されて原則として立ち入りが禁止されてきましたが、去年9月に解除されました。

しかし、市によりますと当初、区域から避難していた158世帯のうち先月末までに区域内に帰還したのは14%にあたる22世帯にとどまり、100世帯余りはすでにこの区域を離れて生活を再建させています。

NHKが帰還した22世帯を対象に行ったアンケートでは、回答した19世帯30人のうち帰還した後の体調について、避難生活中よりも「悪い」と感じている人は最も多い40%に上り、次いで「変化なし」が37%、「体調がよい」が23%でした。

自由記述欄には「家に帰れたと安ど感があったが避難生活中の心労が一因なのか体調を崩した」とか「先行きの不安」などの記述がありました。

また、地区で暮らしていて不安なことについて複数回答で尋ねたところ、「復旧復興工事の進ちょく状況」が77%と最も多く、次いで「防犯面」が60%、「再び災害が起こる可能性」が37%などでした。

地区では用地買収が難航していることなどから河川と道路整備の完了時期が2年延長され、復興が遅れる見通しとなっています。

被災者の心理に詳しい兵庫県立大学の木村玲欧教授は「帰還しても周りでは復旧復興の工事が続いているため、『こんなはずではなかった』などとさらに心や体にストレスがかかってしまうことがある。長期的な支援が必要だ」と指摘しています。

体調悪化の帰還者も

土石流で自宅が半壊する被害を受けた小松昭一さん(92)は、警戒区域が解除されてすぐの去年9月下旬に帰還しました。

避難生活を送る中で91歳の妻が軽度の認知症を発症し、1日でも早く地区に帰ろうと行政や建築業者とのやりとりなど準備を1人で担ったということです。

しかし、自宅の中の整理などが一段落したことし4月下旬、体に不調を感じて病院に行くと腸の病気がわかり、その日から1か月間、入院することになりました。

小松さんは「ほっとしたのと高齢ということもあるだろうし、1人で帰還の準備をした疲れが出たのではないか」と話しています。

防犯面で不安を感じる人も

自宅が半壊する被害を受けた岩本とし子さん(81)は、ことし2月に警戒区域内に帰還しました。

近所に建ち並んでいた住宅は土砂で大きな被害を受け、多くの被災者が戻ってきておらず、1人暮らしの岩本さんは、防犯面の不安を強く感じているといいます。

地区ではこれまでに人が住んでいない家への空き巣や不審火が確認されています。

特に心配なのが夜で、午後4時には戸締まりをして、インターフォンが鳴っても不用意に出ないようにするなど注意しているということです。

岩本さんは地区でボランティアを行う住民に防犯面の相談に乗ってもらっているということで、「周りに人が住んでいる家も少なく、高齢ということもあって、身に染みて怖いです」と話していました。

熱海市長「復旧復興のスピード加速が大きなテーマ」

静岡県熱海市の斉藤栄市長は、帰還したあと体調の悪化を感じる人も出ているというNHKのアンケート調査の結果について「自宅に帰還しても安心できる生活を取り戻すにはまだ時間がかかるだろうと想像する。工事の進捗(しんちょく)状況については具体的にいつぐらいまでにどこが整備されるかをしっかり周知をして、安心材料の1つになるようにわれわれから情報発信や説明をしていくことがさらに必要だと思う。少しでも将来の復興に対する不安が軽減されるよう努めてまいりたい」と述べました。

また、これからの復興の進め方については「復興についてはさまざまな厳しい声もあり、遅れているということは私は否めないと思っている。今後は復旧復興のスピードを加速していくということが大きなテーマだと考えている」と話していました。

崩落の責任めぐる裁判続く

この土石流をめぐり、犠牲者の遺族や被災者が、盛り土の崩落を防げなかった責任の所在を明らかにしようと、司法の場での争いを続けています。

遺族や被災者たちは2021年9月、「崩落の起点にあった盛り土が不適切に造成され、安全対策工事が行われないまま、放置されたことで引き起こされた人災だ」などと主張して、造成された当時の土地の所有者や今の所有者などに対して、58億円余りの賠償を求める訴えを静岡地方裁判所沼津支部に起こしました。

さらにおととし9月には「熱海市は崩落する危険性を認識していたのに適切な指導を行わず、静岡県も市に是正を求めなかった」などと主張して、市と県に対して64億円余りの賠償を求める訴えを起こし、現在、2つの裁判はあわせて審理されています。

裁判で土地の元所有者は「現場に土砂を運び込んでいない」などと反論しているほか、今の所有者は「盛り土が崩れる危険性があるという認識は一切なかった」として、いずれも争う姿勢を示しています。

また、熱海市は「業者が市の再三にわたる行政指導に応じなかった。県の条例の罰則が抑止力として不十分だったのが原因だ」と主張し、法的な責任を否定しています。

静岡県は「業者への指導は市の事務で、県が市に是正を求める法的な義務はなかった」と主張して、訴えを退けるよう求めています。

一方、犠牲者の遺族は土地の元所有者と今の所有者の刑事責任についても追及しようと「盛り土が崩れる危険性を認識しながら安全対策を取らなかった」として刑事告訴しています。

警察はこれまでに2人の関係先を業務上過失致死の疑いなどで捜索したほか、2人から任意で事情を聴いています。

警察は盛り土が造成されるまでのいきさつなどについて、引き続き調べを進めることにしています。