大阪 男子高校生自殺 体罰のバスケ部元顧問 資格回復認めず

12年前、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部の男子生徒が当時の顧問から体罰を受けて自殺した問題で、指導者の資格を取り消されていた元顧問が、ことしに入って日本バスケットボール協会に資格回復を申し立てていたことがわかりました。しかし、協会の裁定委員会は9日までに資格回復を認めない判断をしたということです。

12年前の2012年12月、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンだった当時17歳の男子生徒が、当時の顧問から体罰や暴言を繰り返し受けた後、自殺し、元顧問は傷害などの罪で有罪判決を受けました。

この問題は、スポーツの指導現場での体罰に厳しい目が向けられるきっかけになり、翌年、元顧問は日本バスケットボール協会から指導者の資格を取り消す処分を受けました。

しかし6年前、協会が新たな規程を設け、除名となった場合でも、10年が経過すれば「復権」を申し立てることが可能になったため、元顧問は、ことし2月になって、指導者としての資格回復を求めて協会に「復権」を申し立てたということです。

これを受けて協会の裁定委員会は、元顧問や遺族から事情を聴くなどして調査や審議を進めてきましたが、9日までに「再び体罰などを行うおそれがないとはいえない」などとして「復権」を認めない判断をしたことが関係者への取材でわかりました。

関係者によりますと体罰で資格取り消しの処分を受けた指導者の「復権」の可否をめぐって協会の裁定が出されるのは初めてだということです。

亡くなった男子生徒の両親「元顧問から謝罪なし」

亡くなった桜宮高校の男子生徒の両親は「事件のあと元顧問から連絡や謝罪はなく、息子の命が失われたことに向き合っているようには思えなかったので、結果を聞いてほっとしています。処分を受けた人に対する教育などを進めてほしいです」と話しています。

指導者による体罰 昨年度の相談件数485件 過去最多

12年前の事件はスポーツ指導のあり方を見直すきっかけになりましたが、いまも指導者による体罰は後を絶ちません。

日本スポーツ協会によりますと、事件翌年の2013年に暴力や暴言に関する窓口が設置されましたが、新型コロナウイルスの影響でスポーツ活動が制限されていた時期を除けば、相談件数は増加傾向にあり、昨年度の相談件数は485件と、これまでで最も多くなりました。

また、文部科学省の調査によりますと2022年度に児童生徒への体罰を理由に懲戒処分を受けた公立学校の教員は397人で、事件以降、減少傾向にあった件数が、初めて増加に転じました。

文部科学省はおととし12月に改訂した「生徒指導提要」に、体罰だけでなく暴言などの不適切な指導の禁止を初めて盛り込んでいて、その浸透に努めていくとしています。

処分受けた指導者 現場復帰し体罰繰り返すケースも

体罰で処分を受けたスポーツの指導者が現場復帰し、再び体罰を繰り返すケースも相次いでいて、体罰を行った指導者の復帰の是非は各地で議論になっています。

去年3月、長崎市の長崎明誠高校の女子柔道部の顧問を務める教諭が部員に平手打ちなどの体罰を行っていたとして停職2か月の懲戒処分を受けました。

この教諭は以前にも平手打ちなどの体罰をしたとして
▽2006年度には訓告の指導を、
▽2013年度には戒告の懲戒処分をそれぞれ受けていました。

3年前の2021年には香川県の尽誠学園高校の野球部の監督が部員に体罰をしたとして3か月間の謹慎処分を受けました。

監督はその3年前にコーチによる部員への暴力を把握していたのに報告しなかったとして学校から指導停止の処分を受けて退任しましたが、その後、監督に復帰していました。

2018年には日本体育大学で駅伝を担当する監督が、暴力行為やパワハラがあったと認定され解任されました。

監督は、その5年前にも高校の陸上部員への体罰で懲戒処分を受けていました。

体罰を繰り返さないため必要なこと

体罰を繰り返さないために何が必要なのか。

4年前、部活動の顧問よる不適切な指導が原因で高校1年だった娘を亡くした母親がNHKの取材に応じました。

福岡市の博多高校の1年生で剣道部員だった侑夏さん(当時15歳)は、4年前の2020年8月、「部活動が死にたい原因」というメッセージをSNSに書き込んだ後、みずから命を絶ちました。

母親によりますと侑夏さんは剣道部の当時の顧問2人から暴力的な指導や暴言を受けていたといいます。

娘の死後、母親は元顧問2人と面会し、手紙のやりとりなどを重ねてきましたが、そこで求めたのは体罰に関わったことを周囲に隠さず、その事実と向き合い続けることでした。

母親は「顧問にはうちの子が亡くなったことに自分が関わっていたことを隠さず生きてほしいと伝えました。本当に反省していい指導者になろうとしたら苦しみはずっとついて回るはず。それでも今後、同じことを繰り返さないのであれば、過去の事実をきっかけに『本当にいい先生になったんだね』ってなると思うんです」と話しました。

当時、母親が元顧問に送った手紙には「二度と教壇に立ってくれるなというのが普通かも知れません。しかし、どうあることが正義なのかという点で考えたとき、それは再発防止で、教壇に立たなくなることで解決することではないのです。反省と誠意に期待します。命を失った15歳の子がいるという事実を忘れないでください」などと記されていました。

そして、母親は学校側と2年近くにわたってやりとりし、おととし10月、学校側が、侑夏さんの死は顧問の不適切な指導に原因があったことを認めて謝罪し、再発防止を約束することで和解しました。

学校側は、再発防止策として毎年、新入生に対し侑夏さんが不適切な指導で亡くなった事実を周知しているということです。

顧問の1人からは次第に、侑夏さんの死に向き合おうとする覚悟が感じられるようになったといいます。

母親は「顧問の1人は『過去の自分と同じような指導をしている先生がいたら、自分の経験を話してでも止める』という覚悟を手紙で言ってくれたので『その気持ちには期待します』と答えました。自分の何が悪かったのかを気づいていない人は同じ過ちを繰り返すと思います。自分だけの考えに偏らないよう、いろいろな指導を受けてほしい。そして、体罰の加害者だった先生たちが戻っていく社会で、その先生と関わるかも知れない人たちが真剣に考えるべき問題だと思います」と話していました。

体罰で処分の指導者「復権」 各競技団体は

体罰で処分を受けた指導者の「復権」の可否をどのように判断しているのか。

今回、NHKは日本スポーツ協会に加盟する60の競技団体を対象に調査を行い、53の団体から回答を得ました。

この中で日本バスケットボール協会と同じように「追放」や「除名」、「無期限の資格停止」などの処分を受けた指導者の「復権」の手続きについて規程を定めているか尋ねたところ、「定めている」と回答したのは半数以下の24の団体にとどまり、このうち復権を認めるかどうか「第三者による委員会を設けて判断する」と回答したのは7団体でした。

また、体罰で処分を受けた指導者に対する「再教育プログラム」を設けていると回答したのは6団体でした。

復権の規程を定めていない理由については「過去に事例がなく想定していなかった」、「今は定めていないが必要だと考えている」、「明文化はしていないが申し立てがあった場合、理事会などで対応している」「日本スポーツ協会のルールに準じている」などという回答がありました。

専門家“自分のやったことに向き合い被害者の納得必要”

スポーツ危機管理学が専門で、指導者による体罰などの問題に詳しい日本体育大学の南部さおり教授は、スポーツ指導の現場で体罰などの不祥事を起こした指導者の復帰を認めるかどうかは学校や競技団体の判断に委ねられているのが実情だと指摘しています。

南部教授は「体罰で処分を受けた指導者の復帰の議論はほとんど進んでいないのではないか。いったん処分をして、そこでみそぎは終わったという形でなし崩し的に現場に戻ってくることが多かったと思うが、『反省した』『2度と起こしません』ということは誰でもできるし、再発しないという保証はどこにもない。復帰する際には、自分のやったことに向き合ってきちんと理解し、被害者に謝罪して納得を得るというプロセスが絶対に必要で、2度と同じ過ちを繰り返さないために研修や面談を見直すことも大事だと思う」と話しています。

その上で、「部活動の指導をしたいという教員が減り、指導者の確保が難しくなっていて、特に地方ではその競技の経験者自体が見つからないということも多くなっている。再発防止が大前提だが、それぞれの競技団体が処分や復帰について議論をすることは大事なことだと思う」と指摘しています。