企業や学校の金融教育 本格始動へ 課題は「知識」と「活用力」

企業や学校での金融教育の強化を担う「金融経済教育推進機構」が4月、発足し、今後、本格的に活動を始めます。

資産形成などへの関心が高まる中で幅広い世代の人たちに金融の知識とそれを活用する力を行き渡らせることができるかが課題となります。

4月、発足した「金融経済教育推進機構」はこれまで金融庁、日銀、金融機関の業界団体などが別々に取り組んできた金融教育の司令塔の役割を担います。

機構はことし8月から本格的に活動を始める予定で、専門の講師を認定し企業や学校などへ派遣して授業を行うほか、ライフプランや資産形成に関する相談サービスなどを提供します。

これまで業界団体などが1年間に行ってきた講師派遣の回数を2倍にあたる1万回に、出張授業などを受ける参加者を2.5倍にあたる75万人にそれぞれ増やす計画です。

長く続いた物価が上がらない経済から変化が出始め、資産形成などへの関心が高まる中で、幅広い世代の人たちにリスクを含めた金融の知識とそれを活用する力を行き渡らせることができるかが課題となります。

高校の部活動に「投資部」設けて投資経験

金融教育の一環として、部活動の中で生徒に実際に投資を行う経験を積ませている高校もあります。

沖縄市にある仙台育英学園沖縄高校は、去年、学校の開校にあわせて「投資部」を設けました。

学校が用意した100万円の資金をもとに投資部の生徒たちが日本企業の株式を実際に売買しています。

4月の活動日にはオンラインの勉強会を開き、入部を検討する1年生とすでに所属している2年生のあわせて19人が、東京にいる証券会社の社員からライフプランや資産形成の考え方を学びました。

そのあと、2年生の生徒5人は今後、どのような観点で企業に投資すべきかを議論しました。

この中では、
▽物流の2024年問題を受けて自動運転の技術の需要が高まるのではないかとか
▽7月に開幕するパリ五輪を前にスポーツに関心が集まりそうだといった意見が出されていました。

この部活では期間を区切って株式を売買し結果の検証や分析を行っていて、生じた損益は学校側で管理しているということです。

部長を務める2年生の町田暖心さんは「資産を貯めるだけでなく、どう増やすかを学ぶことで自立にも役立つと思って投資部に入りました。投資をするなかで社会情勢などを調べる必要が出てきて意識してニュースを見るようになりました」と話していました。

顧問の栗本崇雅教諭は「家庭科の授業でも金融教育は行っていますが、座学だけでは得られないこともあるので、投資を通じて社会に興味を持ってもらいたいです。生徒たちには社会に目を光らせて自分たちで考えて行動する力を養ってほしいです」と話していました。

大手電機メーカー 社員が福利厚生利用し金融教育

東京・港区の大手電機メーカーは、社員向けの金融教育の充実に取り組んでいます。

この会社は、去年9月に資産運用の助言会社を買収し、ことし1月、社員がそのアドバイザーとオンラインで個別に面談できる制度を設けました。

福利厚生の一環として無料で利用することができます。

この日は、40代の男性社員が「マイナス金利が解除されたが預金の金利や国内の債券の利回りはまだ低いので、より金利の高い外国債券を買うべきでしょうか」などと相談し、アドバイザーの男性が「外国債券には為替のリスクもあることを説明した上で、納得された方には紹介しています」などと答えていました。

制度開始からの3か月間でおよそ800人の社員が利用し、ことし1月に拡充された優遇税制「NISA」に関する相談のほか、40代から60代の社員を中心に不動産の購入や退職金の運用に関する相談も目立つということです。

会社ではこの取り組みを社員の金融教育の機会と位置づけていて、将来への不安を解消することで仕事のやりがいの向上にもつながると期待しています。

NEC人材組織開発統括部の本間智克シニアプロフェッショナルは「従業員の会社へのエンゲージメントを高めることが大事なポイントで、選んでもらえる企業になるための一環として金融教育を行っている。個別相談などを活用して将来への不安を抱かないよう資産形成をしてもらいたい」と話しています。

安藤理事長「積極的に学びの場を提供したい」

「金融経済教育推進機構」の安藤聡理事長は「家計管理や資産形成を含めた広い意味での金融経済教育が日本ではまだ十分に行き渡っていないのが現状で、積極的に学びの場を提供したい」と話しています。

安藤理事長は金融教育の普及が進んでいない背景には、金融に関する勉強や相談をしようと思っても商品のセールスをされるのではないかというためらいがあったとした上で、「官民一体となった組織で公的な性格を持っているので中立的な立場でアドバイスしたり研修の講師を務めたりできる」としています。

その上で学校や企業への具体的な対応については、「従業員の資産形成に非常に力を入れる企業も出始めているが社内に研修ができる人がいないところもあり、能動的に働きかけていきたい。学校では質の高い授業ができるようなアドバイスをしたり教材を用意して質を高めたりすることも重要だ。クラブ活動のようなものも盛り上げていきたいし必要に応じて講師を派遣してもいい」とと話していました。

そして「金融経済教育は、学ぶことが必要条件だが、みずからその知識を活用して実践することが十分条件になる。基本を押さえた上で実践につながるようなきっかけを与えることが非常に重要だと思う」と話し、基本的な知識やリスクを身につけた上で実体験を積み検証を重ねていく取り組みが重要だとしました。

金融教育の普及がニーズに追いついていない状況

日銀が事務局を務める金融広報中央委員会は2022年に18歳から79歳までの3万人を対象に金融リテラシーに関する調査を行いました。

この中で、「金融教育を学校で行うべきと思いますか」という質問に、71%が「行うべきと思う」と答えた一方、「金融教育を受ける機会はありましたか」という質問に対して「受けた」という回答は7%で、金融教育の普及がニーズに追いついていない状況でした。

また、アメリカで行われた同様の調査では、「金融教育を受けた」と答えた割合は20%で、7%の日本とは大きな差が開いていました。

こうした中、2022年度からは高校で金融教育が必修化され、公民や家庭科で資産形成などに関する授業が行われるようになりました。

外部の講師も活用しながら、交通費や飲食費などを書き出してお金の使い方を「見える化」したり、自分が生きていく上でどのタイミングでどの程度お金の出入りがあるかをシミュレーションしたりする取り組みが行われています。

ただ、経済学者や教員らでつくる「金融経済教育を推進する研究会」が去年、発表した調査結果では、高校の教員のおよそ9割が金融教育を必要だと答えた一方、授業で扱う際に難しいことを複数回答で尋ねたところ、▽授業時間数の不足が52.9%、▽教える側の専門知識の不足が50.8%、▽生徒にとっての理解の難しさが50.6%に上り、教育の充実に向けては課題が多いのが実情です。