衆院東京15区補選 立民 酒井菜摘が勝利 自民不在の「乱戦」は

衆院東京15区補選 立民 酒井菜摘が勝利 自民不在の「乱戦」は
4月28日に行われた3つの衆議院補欠選挙。

このうち東京15区では、2代続けて衆議院議員が逮捕され、議席を持っていた自民党が候補者の擁立を見送った。
過去最多の9人が立候補した「乱戦」から抜け出し、勝利したのは、立憲民主党の酒井菜摘だった。
どんな選挙戦だったのか?取材した。
(首都圏局 都庁クラブ)

「乱戦」

東京15区は、江東区からなる。

今回の補欠選挙は、自民党に所属していた前法務副大臣の柿沢未途が、去年(2023年)4月の江東区長選挙をめぐる選挙違反事件を受けて議員を辞職したことに伴って行われた。

この地域では柿沢とともに前江東区長の木村弥生も起訴されたほか、柿沢の前の衆議院議員だった秋元司が収賄などの容疑で逮捕され、有罪判決を受けている(無罪を主張し上告中)。

政治とカネの問題が相次いだ地域だ。

今回の選挙戦では自民・公明両党が候補者の擁立を見送り、推薦や支持なども行わない中、野党や諸派の新人、元国会議員など東京15区としては最多となる9人が立候補した。

各陣営からは次のような声が漏れた。
「これは乱戦になる」「有権者が困惑するのではないか」(各陣営)

かみ合わなかった思惑

候補者の1人、「五体不満足」の著書などで知られる乙武洋匡。

東京都知事の小池百合子が擁立を主導し、選挙戦では、街頭演説や街宣車での呼びかけなど連日のように乙武の応援に入り、連携を前面にアピールして支持拡大を図った。

また乙武を推薦した国民民主党も代表の玉木雄一郎らがたびたび応援に入った。
「政治が国民1人1人をサポートしていくべきだが、今の政治はそうなっていない。そんな状況を変えていきたい。私自身が誰よりサポートを受けて、サポートされる重要性を分かっているからこそ、今度は政治で皆さんに恩返しをしていきたい」
自民・公明両党は当初、小池側との連携を模索していた。

告示前、自民党都連の関係者は次のように明かした。
「候補者については、党都連会長の萩生田光一(衆議院議員)と小池、それに公明党の幹部で話している。候補者を決めるボールは小池にある状態だ」(自民党都連の関係者)
自民党にとって、政治資金問題などで厳しい逆風が予想された今回の選挙。

連立政権を組む公明党からも「自民党の候補者が出ても勝てない」との見方が出る中、候補者選びは難航していた。

このため、なすすべなく敗北する形は避けたいと、候補者の公募の動きを見せる一方で、小池が推す候補者に乗ることを検討したという。

小池はなかなか意中の候補者を明かさなかった。

告示まで20日を切った3月29日。
小池は定例会見で、乙武を擁立する方針を明らかにし「日本のゲームチェンジを担っていくにはふさわしい人ではないか。こちらからお声がけもした」と持ち上げた。

乙武は、小池が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」が去年夏から開いた党の政治塾の講師を務めたことなどで、小池との関係が近くなった。

国政進出を目指して設立された「ファーストの会」の副代表に3月末に就任していたのだ。
それから4日後、自民党幹事長の茂木敏充は、記者団に対し「党本部として乙武さんを推薦する方向で手続きに入ることにした」と明言した。

このため自民・公明両党、そして小池が連携して選挙に臨む構図ができあがったかに思われた。

しかし地元・江東区の自公関係者には衝撃が広がった。

乙武は保守分裂の構図となった去年4月の江東区長選挙で、自民党が推薦した、党の元都議会議員の候補者を支援せず、初当選した木村の応援を行っていたのだ。

さらに乙武は、かつて自民党が国政選挙に擁立しようとしたが、妻以外の女性との不適切な関係が明らかになって見送られた経緯があり、公明党も強く反発した。
「地元は不満でいっぱいだ。自民党の本部は『とにかく不戦敗は避けたい』という思いが強く、『何が何でも推薦を出す』という無理やり感がある」(自民党の江東区関係者)
「事前の調整もなかった。小池がなぜ乙武を選んだのか理解できない。推薦する理由が立たない」(公明党の江東区関係議員)
こうした状況を受け、小池側も対応に追われた。

ある関係者はこう漏らし、焦りを隠さなかった。
「公明党からの推薦が得られなければ、自民党の推薦だけもらっても、逆風をまともに受けるだけだ」(小池側の関係者)
乙武も立候補を表明した記者会見で「自民党からの推薦を受けることは、おそらく逆風になるだろう」とはっきりと口にした。

これに自民党江東総支部がさらに反発を強める形となり、結局、告示4日前の4月12日、自民党は乙武への推薦見送りを発表したのだった。

自民党都連の関係者は一連の経緯について「カオスだった」と肩を落とした。

各候補の選挙戦は

そして選挙戦中盤。

「頭1つ抜けているのではないか」と複数の陣営が分析していたのが、立憲民主党の酒井菜摘だった。
酒井は、江東区の元区議会議員で、木村の辞職に伴う去年12月の江東区長選挙に立候補したものの、自民・公明両党と小池らが連携して支援した今の区長に敗れていた。

今回は立憲民主党が公認し、党都連は、衆議院の解散・総選挙や都知事選挙につながる重要な選挙として臨んだ。

酒井の立候補にあたっては、立憲民主党と共産党との間で候補者調整が行われ、共産党は「自公政権を終わらせるため共闘する」として、発表していた候補者の擁立を取り下げ、候補者を酒井に一本化した。

選挙戦では、立憲民主党代表の泉健太や共産党委員長の田村智子らが相次いで応援に入り、政治とカネの問題を強く訴えながら選挙戦を戦った。
「この東京15区の選挙は政治改革に白黒をはっきりつけ、今回の裏金問題にNOの答えを出す選挙ではないか。江東区民の力で、自民党政権や岸田総理大臣に処分を下していきたい」
「私はもともと看護師、助産師だった。命と向き合う仕事をしてきたからこそ、人に優しい政治をつくっていきたい。この街で政治の汚職が広がっていることが許せない。今こそ変えなければならない。前回の区長選挙で市民と野党の共闘で戦えた経験を今回の補欠選挙にしっかりと生かしていって、皆さんの声を国政に届けていく覚悟を決めた」
ほかの陣営からは「江東区は共産党の組織がしっかり動く地域で、今回もしっかり動いている印象だ」という分析がある一方で、立憲民主党都連の関係者は「共産党に抵抗感がある人もいるため、表だって言わないようにしている。バランスを見てやっている」と話した。
日本維新の会の金澤結衣にも党を挙げての応援が入った。

告示日には代表の馬場伸幸が駆けつけたほか、共同代表で大阪府知事の吉村洋文も応援に入った。

前回の衆議院選挙でもこの選挙区で立候補していた金澤は、これまでの活動で区民からの期待が高まっているとして、訴えを続けた。
「しがらみのないクリーンな政治はあたりまえだが、やるのは簡単じゃない。それを実行してきたのが日本維新の会だ。地元そして国を思う気持ちは誰にも負けない。それは私がこの5年間行動で示してきた。皆さんから5年間頂いてきた声をどうか国政へと届けさせてほしい」
また、金澤には教育無償化を実現する会が推薦を出した。

ただ維新の会の関係者は、戦略の難しさを打ち明けた。
「自公の候補者がいないため、構図が複雑で混戦となっていて、やや選挙戦がやりにくいと感じている。自民党支持層が、維新や乙武、日本保守党などに分散している一方で、立憲民主党と共産党は票を固めやすいだろう。自民党支持層を取り込めるよう戦略を立てている」(東京維新の会関係者)
政治団体「日本保守党」の新人、飯山陽は、演説に多くの人が集まる様子も見られるなど一定の存在感を示した。

「日本保守党」は、代表を務める作家の百田尚樹らが設立した政治団体で、共同代表には名古屋市長の河村たかしが就任し、重点政策項目に、憲法9条の改正や外国勢力による不動産買収の禁止などを掲げている。

去年9月の設立以来、国政選挙への参戦は初めてとなる。

選挙戦で飯山は党と同様の政策を掲げ、連日行ったSNSのライブ配信や、百田などとの街頭演説では「既存の政党や政治家では国民の生活は守れない」などと訴えた。
「本当に政治を変えたいなら、そして私たちの大事な国、日本と美しい日本社会、私たちの家族を守りたいなら、ぜひ日本保守党と飯山陽を応援してください。私欲のためだけに政治をするような政治家から日本を取り戻して、かつて私たちのご先祖様たちが一生懸命日本を再建した、そういった日本を取り戻していく」

想定外の事態も

一方、各陣営にとって想定外の事態も起きた。
選挙戦で、政治団体「つばさの党」の新人、根本良輔が他の陣営の演説場所に押しかけ、演説にかぶせて大音量のスピーカーで質問や批判を繰り返すなどの行動をとったのだ。

警察が「つばさの党」の代表らに、他の陣営の選挙運動を妨害したとして公職選挙法違反の警告を出す事態となった。

根本は「ほかの陣営を追及することで、日本の問題を訴えていきたい」などと主張していて、その後も他の候補の演説場所に現れた。

各陣営からは「身の危険を感じる」とか「演説場所を知られると押しかけられるため事前の告知ができず、まともな選挙活動にならない」などと批判の声が挙がった。

その行動を目撃した区民からも「異様な状況で怖い」とか「候補者の政策が聞こえず行き過ぎた行為だ」などとする声も聞かれた。

「乱戦」を制したのは

12日間の選挙戦では、3人の子どもを育てながら看護師として働く参政党の新人や、自転車に乗って駆け巡り1万人との握手を目指した元参議院議員や、政治とカネの問題で逮捕・起訴され公判中の元衆議院議員などの動きにも一定の関心が集まった。

一方、不戦敗となった自民党や公明党の議員たちに表だった動きは見られなかった。

自民党の都議会議員の1人は、こう語った。
「不戦敗になったことはあまり意識していない。この逆風のなかで惨敗するよりましだ」(自民党の都議会議員)
与党不在の「乱戦」。

勝利したのは、立憲民主党の酒井菜摘だった。
立憲民主党や共産党などの支持層を固めたほか、いわゆる無党派層の支持も集めた形となった。
酒井は情勢が明らかになったあとこう述べた。
「利権や金ではなく国民の声を受け止めて動く、信頼のできるまっとうな政治を訴えてきて、有権者に一定の理解をいただけたと受け止めています。政治資金規正法の改正などが重要なテーマになると思いますが、助産師の専門性を生かして、子育て支援や障害者政策、社会保障制度改革など人に優しい政治を進めていきたい」
及ばなかった乙武は。
「私の力不足で深く責任を感じています。結果がすべてなので現時点ではそれを受け止めるしかありません。支援をもらった皆さんの期待に応えられず本当に申し訳ないと思っています」
過去最多の9人による争いとなった衆議院東京15区の補欠選挙。
その開票結果は、
▽酒井菜摘、立民、新。当選。4万9476票。
▽須藤元気、無所属、新。2万9669票。
▽金澤結衣、維新、新。2万8461票。
▽飯山陽、諸派、新。2万4264票。
▽乙武洋匡、無所属、新。1万9655票。
▽吉川里奈、参政、新。8639票。
▽秋元司、無所属、元。8061票。
▽福永活也、諸派、新。1410票。
▽根本良輔、諸派、新。1110票。
立憲民主党の新人の酒井が、日本維新の会の新人などほかの8人の候補を抑えて、初めての当選を果たした。
(文中敬称略)(28日放送)
首都圏局 都庁クラブ 記者
中村大祐
2006年入局。奈良局、福岡局、政治部、スポーツニュース部を経て2022年から首都圏局。趣味はラグビー観戦。
首都圏局 都庁クラブ 記者
尾垣和幸
新聞記者を経て2017年に入局。神宮外苑の再開発や子どもの発達障害などを取材。手料理に一定の自信あり。
首都圏局 都庁クラブ 記者
生田隆之介
2014年入局。長野局、札幌局を経て首都圏局。PFAS問題や築地再開発、発達障害などを取材。休日は育児とサッカー。
首都圏局 都庁クラブ 記者
金魯ヨン(※ヨンは火へんに英)
通信社記者などを経て2022年入局。精神科病院問題や卵子凍結など幅広く取材。趣味は「ボドゲ」と銭湯。
首都圏局 都庁クラブ 記者
川村允俊
2018年入局 長野局を経て首都圏局。 カスタマーハラスメント対策や防災分野などを担当。趣味はテニス。