宿題をなくして1年…校長の思いと子どもたちの変化

宿題をなくして1年…校長の思いと子どもたちの変化
去年4月、“宿題なし”を宣言した公立小学校が山形県にあります。

一人ひとりの子どもがみずから考え、学ぶ楽しさを知ってほしい――こうした校長の思いから始まりました。

一方で、一部の保護者からは「子どもが勉強しなくなった」「学力が低下した」といった声も聞かれました。

取り組みから1年。子どもに変化はあったのでしょうか?学力への影響は?

日本では当たり前の宿題をなくした学校の1年を追いました。
(山形局記者 風間郁乃)

「宿題をなくしました」

“宿題なし”を宣言したのは、山形県北部にある新庄市立日新小学校です。

全校児童は約500人。ことし4月、64人の新1年生を迎え入れました。

入学式で浅井純校長(59)は、大きな「?」が書かれた紙を掲げました。
新庄市立日新小学校 浅井純校長
「うちの学校では宿題をなくしました。やらされる勉強ではなく、自分自身で『?』をたくさん見つけて、“考える学び”を目指しているからです」
学校制度の基本を定めた学校教育法や学習指導要領では、“宿題を出さなければいけない”という決まりは特にありません。

「家庭との連携を図りながら、児童の学習習慣が確立するよう配慮すること」(小学校学習指導要領)とされていて、どのような取り組みをするかは、学校ごとの判断に任されています。

きっかけは自身の経験

そうは言っても、日本の学校で“当たり前”にある宿題。

宿題をなくしたのは、浅井校長が40年近くにわたる教員生活で、一方的な教育が子どもたちにとって本当によい学びにつながっているのか、疑問を抱いたからでした。

小学校の現場で30代前半まで、言うことを一方的に聞かせるような教育をしていたといいます。“子どもたちを育てたい”という思いからでした。

児童たちは素直に聞いているように見えましたが、卒業して中学校にあがると、伸びなくなってしまった子もいたといいます。

宿題も同じで、強制的にやらせることが本当に子どもたちのためになっているのか、考えるようになりました。
浅井純校長
「宿題をやっていれば、大人は安心するかもしれません。宿題をすることで、勉強する習慣や約束を守ることにつながる部分もありますが、提出することが目的の“作業”になりがちで、本当にその子のためになっているのか、学ぶ力がついたといえるのか、疑問に思ったんです」

“みずから考え、学ぶ”

海外の教育に関する研修会に参加したり、教育の専門家の話を聞いたりする中で、子どもの自主性を尊重することの大切さに気付いたといいます。

特に印象に残っているのが、スペインでの研修会。本を読むのが苦手な子どもたちに、楽しみながら本に親しんでもらう教育法(「読書へのアニマシオン」)を学びました。

大人が本を読み聞かせるだけでなく、内容についてクイズを出したり、間違い探しをしたりして、遊びを取り入れながら本への理解を深めてもらいます。子どもたちが本の内容についてみずから考え、発言できるようにしているのが特徴です。

この教育を受けた高校生や社会人と会って話すなかで、自分の考えを持ち、興味のあることに意欲的に取り組んでいる若者が多いと感じました。

子どもたちがやりたいことや、興味のあることについて“みずから考え、学ぶ”。そうした学校づくりを目指すことにしたのです。

また、2020年度からの新しい学習指導要領にも、「主体的・対話的で深い学び」がうたわれました。

代わりに復習プリントを用意

宿題をなくしたのは去年4月。この小学校に校長として赴任してから1年がたったときでした。
代わりに学校が用意したのは、授業の復習ができるプリント。

各学年の教室前の廊下には「漢字」や「足し算・引き算」など、5~10数種類のプリントが並べられています。

ただし強制ではなく、学校に提出する必要もありません。
下校前、子どもたちはプリントを見ながら手に取っていました。
5年生の児童(取材当時)
「漢字が得意だから、もっと練習したい」
「勉強しないとテストでいい点がとれないから、苦手なものを選んでいる。自分でやりたいことを決めて勉強できるのはいいと思う」
プリントには回答がついていて、子どもが自宅で記入後に答え合わせをしたり、親らが丸つけをしたりします。

プリント以外にも、自宅で学校のタブレットを使って勉強したり、読書したりする子もいます。家で何を学ぶかは、子どもたちの判断に任せています。
浅井純校長
「宿題がないから勉強しなくていいではなく、『宿題をなくします。でも、これまで以上に勉強してほしいんだよ』ということを、子どもたちに繰り返し伝えています。プリントを1、2枚持って行けば上等と思っていたものが、10枚も持って行く子もいます。子どもたちって、与えられるより自分で選ばせたほうが、やる気がぜんぜん違うんです」

泣きながら宿題をしていた子が…

宿題がなくなったことで、勉強への向き合い方が変わったという子どももいます。
以前、泣きながら宿題をすることもあったという5年生の銀志さんです。いまは週に2回程度、自分で勉強するようになったといいます。
銀志さん
「“宿題なし”と言われてびっくりした。ないほうがむしろやりたくなる」
取り組んでいるのが、学校のタブレットを使った学習。

使っているアプリは、学習するごとにポイントがたまっていく仕組みで、指で漢字をなぞる練習をしたり、英単語の勉強をしたりしています。
母親のさおりさんは、宿題がなくなることで、勉強しなくなるのではと不安を感じていましたが、タブレットを使ってゲーム感覚で楽しそうに勉強する姿を見て、子どもの変化を感じたといいます。

また、親子のやりとりにも変化が出ました。
「宿題やったの?」

これまで、さおりさんの口癖だったことば。

宿題をめぐって口論になることもあり、互いにストレスを抱えていましたが、いまはその必要がなくなり、子どもたちの話に耳を傾ける余裕もでてきました。

「野球を習いたい」

ある日、銀志さんは、母親に伝えました。放課後の時間を宿題以外に使えるようになり、野球と出会ったからでした。

やりたいことを見つけ、新たな目標もできました。
銀志さん
「夢はメジャーリーガー。もっと英語を勉強して、外国人と会話できるようになりたい」
母親 さおりさん
「やらなきゃいけないことはきちんとやってほしいけど、自分の人生、自分で選んで、決めて乗り越えていってほしい。そういう一歩なのかなと思いますね」

教員から当初、疑問の声も

学校で当たり前だった宿題をなくすことに、教員からは当初、疑問の声もあがりました。
特に低学年を担当する教員からは「家で学習する習慣が身につかなくなる」、「学校で学習したことがどれだけ理解できているか見届けられない」といった意見が出たといいます。

浅井校長は宿題をなくす理由について、半年間に30回以上、教員が集まる会議の場で説明してきました。
浅井純校長
「これからの時代、予測困難な世の中を生き抜くためにも、自分で考え、答えを見つけ出す子どもたちを育てたい」
「宿題を提出できずに、朝から先生に怒られ泣いている子どもを何度も目にしてきた。子どもの自尊心を傷つけないよう、一人ひとりの子どもに寄り添い、勉強する楽しさを知ってもらいたい」
去年2月、保護者と子どもたちにも説明したうえで、試行的に1か月間、宿題をなくしました。

教員が、子どもたちにどのように勉強に取り組んでいるか聞くと、学校で用意したドリルを自分で進めたり、九九の練習をしたりと、宿題がなくても自発的に取り組んでいる子が多かったということです。

そして、去年4月の“宿題なし”に踏み切りました。

保護者へのアンケート

学校では年に2回、全児童の保護者にアンケ―トを行ってます。

去年7月のアンケートでは、学校への要望を聞いた設問の回答欄に、“宿題なし”への反対意見が10件ほど寄せられました。
「全く勉強しなくなった」
「学力の低下がひどい」
「校長の自己満足」
こうした声を受けて校長は、保護者向けの便りで、学校の考え方や子どもの学習意欲を引き出すような声かけの必要性などを伝えました。

疑問や不安がある保護者には、説明会を開いたり、校長が個別に話をする機会を設けたりして、“みずから考え、学ぶこと”の大切さを繰り返し説明しています。

また、家庭学習の取り組み方が分からなかったり、勉強する習慣がついていなかったりする子には、教頭や教務主任の先生などが定期的に子どもと面談をしています。

「何が好きなの?」などと問いかけながら、興味や関心を持っていることを聞き出し、学習への取り組み方を一緒に考えています。
浅井純校長
「結果に結びつくには、もう少し時間がかかると思います。保護者の方々の声に丁寧に耳を傾けて、話をしていきたいと考えています」
学校現場の実態に詳しい教育研究家の妹尾昌俊さんは、子どもたちの学ぶ機会や学力に差が出ないよう、サポートは欠かせないといいます。
教育研究家 妹尾昌俊さん
「さまざまな子どもがいるなかで、一律に与えるばかりの教育は見直す時期に来ていると思います。ただ、宿題をなくすと、家でどう勉強したらいいか分からない子もいるので、何を勉強するのかをある程度指定したり、夏休みの長期休暇中は、教員が学習状況をチェックできる日を設けるなど、家庭環境による格差が広がらないような配慮が必要だと思います」

“もっと学びたい”

“もっと学びたい”

子どもたちにそう思ってもらえるように、学校はいま、授業に力を入れています。

取材に訪れた日、4年生の国語の授業では、先生が提示した文章をどのようにしたら分かりやすくなるか、子どもたちが4人1組のグループに分かれて話し合っていました。

先生は繰り返し質問を投げかけます。
先生
「どこが変かな?」
「どう文章を直したらいいと思う?」
これに対し、子どもたちは自分で考えたことをことばにしていました。
児童
「文末の表現を変えれば、分かりやすくなる」
「この言葉を削ったほうが分かりやすい」
自分が思ったことを友達に伝えたり、ほかの人の意見を聞いたりすることで、自分の考えを深めていくのがねらいです。
児童
「いろんな意見が出てきておもしろい」
「こうなるとだけ言われてもわからない。いろんな意見とか理由とか聞いた方が、ちゃんと自分の頭にも入る」
中嶋美紀 教諭
「教師が一方的に話すだけだと、子どもたちは聞き流してしまう。子どもたちがみずから話し、周囲に何を伝えたいのかをはっきりさせながら、やりとりの中で課題の答えにたどりついていくということなのかなと思う。こうした授業の方が私もやっていて面白いし、子どもたちも面白さにつながっているのかなと思います」
宿題をなくしたことで、教師の授業や子どもへの向き合い方に変化が出ているといいます。

以前は休み時間や放課後に、宿題の作成や採点をしていましたが、授業の準備や子どもたちに目を向けることに費やせるようになりました。

文部科学省によると、宿題をなくした学校の数は把握していませんが、なくす学校も出てきているということです。
山形大学 森田智幸 准教授(教育学)
「不登校の児童・生徒が増え続けるなかで、いかに学校が魅力的な場所になれるかが問われています。学校で子どもたちがいきいきと学べるようにする取り組みは、欠かせないと思います」

「これからも考えていく」

“宿題なし”の宣言から1年。子どもたちの成績に影響はあったのでしょうか。

ことし1月に行われた「学力テスト」の結果は、教科によって成績が上がった学年もあれば、下がった学年もあり、例年の傾向とそれほど変わらなかったということです。
浅井純 校長
「これからは一方的に知識を詰め込む時代ではないと思っています。これまで“当たり前“となっていた教育観・学力観についての意識を変えるため、”宿題なし“という改革が必要でした。見直していける学校の当たり前はたくさんあります。子どもたちが自発的に考え行動できるように、何ができるかをこれからも考えていきたい」
学校では今年度から朝の会と下校前に、「フリートーク」という時間を設けました。

「きのうの出来事」や「きょうの学習でおもしろかったこと」など、少人数のグループに分かれて一人ひとりが自由に発言できる場です。

“みずから考え、学ぶことを楽しむ”

そのための取り組みを、これからも続けていくということです。

(4月27日「おはよう日本」で放送予定)
山形放送局記者
風間郁乃
2009年入局
福祉や子育てを中心に取材
3人の子育てに奮闘中