NBA 渡邊雄太「来シーズンから日本でプレー」ライブ配信で

NBA=アメリカプロバスケットボール、グリズリーズの渡邊雄太選手がSNSのライブ配信で、6シーズン在籍したNBAを離れ来シーズンは日本でプレーする考えを示しました。

これは20日、渡邊選手が自身のインスタグラムのライブ配信で明らかにしました。

この中で渡邊選手は「来シーズンから日本でプレーすることに決めた」と述べ、その理由については「単純にバスケットボールがしたいというのが自分の中でいちばん大きい」と話しました。

2018年に日本選手で2人目のNBAプレーヤーとなった渡邊選手は、今シーズン、サンズと2年契約を結び、シーズン途中でグリズリーズに移籍しました。

しかし、サンズでは29試合、グリズリーズに移籍後は5試合の出場にとどまっていて来シーズンもプレーできる契約がある中で、自らNBAを離れる決断をしたということです。

ことし30歳になる渡邊選手は「20代のうちはアメリカでやり続けると決めていた。それはクリアできたと思うので30代は楽しく自分がやりたいバスケをやりたい。夢に向かって最後まで突っ走ることができたので、1ミリも後悔はなくすがすがしい気持ちだ」と心境を語りました。

ただ、日本に戻る決断をしたあとはメンタル面での問題があり、シーズン終盤に「個人的理由」での欠場が続いたと説明しました。

今後については「パリオリンピックはもちろん出るし、この1か月半はそこを目標にやってきた。30代も進化していきたい」と笑顔で目標を口にしました。

渡邊選手は21日、都内で記者会見を開き、その後、Bリーグのチームと交渉を始める見込みだということです。

渡邊雄太選手の軌跡

渡邊雄太選手は香川県三木町出身の29歳。

高校生として初めて日本代表候補に選ばれるなど早くから将来を期待され、高校卒業後はアメリカに留学してNCAA=全米大学体育協会1部のジョージ・ワシントン大学の主力選手としてプレーしました。

子どものころからNBAのスーパースター、コービー・ブライアントさんに憧れていたという渡邊選手は「英語もしゃべれない、誰も知っている人がいない中でも、夢を諦めたり、努力をやめたりすることは一度もなかった」と、努力を続け、大学卒業後の2018年にグリズリーズと契約を結びました。

日本選手で2人目のNBAプレーヤーとなった渡邊選手は身長2メートル6センチという恵まれた体格と持ち味の献身的なディフェンスに加え、年々スリーポイントシュートの精度を上げていきまいした。

特に昨シーズン所属したネッツでは、44.4%のスリーポイント成功率をマークし外からのシュートとディフェンスでチームに貢献するプレーススタイルで、58試合に出場し平均5.6得点と自己最高の成績を残しました。

身体能力では海外勢に劣るとしても、持ち味を見つけて磨き続けることで、世界最高峰の舞台で日本選手が輝けることを証明した渡邊選手は「もっと上を目指したい」と今シーズン、サンズと2年契約を結びました。

しかし、サンズでは不振に苦しみ、プレータイムは多く与えられませんでした。

この時期には「年齢的にもそんなに長くNBAでやれるとは思っていない。動きにも年齢を感じるようになってきていて、あと2、3年かなと思っている」とNBAでの挑戦の終わりを意識することばも出るようになりました。

その後、トレードで古巣のグリズリーズに移籍しましたが、3月1日の試合を最後に出場がなく、移籍後は5試合の出場にとどまっていました。

グリズリーズを振り出しに、ラプターズ、ネッツ、サンズ、そして古巣のグリズリーズと、6シーズンで、のべ5チームでプレーし、合わせて213試合に出場した渡邊選手はNBA通算で平均4.2得点、2.3リバウンドという成績を残しました。

NBA 厳しい競争の舞台

NBAは、北米の4大プロスポーツの中で契約できる選手の数が最も少なく平均の在籍年数も4年半という厳しい競争の舞台です。

NBAには30チームがありますが、各チーム本契約が結べるのは最大で15人です。

これに加えて主に下部リーグのチームでプレーしながら条件付きでNBAでもプレーできる「ツーウエー契約」が3人まで認められています。

NBAに在籍できるのは450人、ツーウエー契約を含めても最大540人です。

これは、大リーグの1200人、NFL=アメリカプロフットボールリーグのおよそ1700人、NHL=北米プロアイスホッケーリーグの700人あまりと比べても最も少なくなっています。

また、毎年開かれるドラフト会議では世界中から集まる将来有望な若手選手60人が指名を受けて新たにリーグに加わります。

これによって、NBAの選手の在籍年数は平均で4年半といわれる厳しい競争の舞台となっています。