いとうせいこうさん 「聞き書き」で伝える被災者の声

いとうせいこうさん 「聞き書き」で伝える被災者の声
作家やクリエーター、俳優などとして幅広く活動するいとうせいこうさん

東日本大震災の被災地を繰り返し訪ね歩き、ことし2月、被災者の声を集めた新たな本を出版しました。

こだわったのは「聞き書き」という手法です。

東北で被災経験がない“非当事者”として、なぜ被災者の声に耳を傾け続けているのか。その思いを聞きました。(仙台放送局 記者 藤岡しほり)

震災に関する3冊目の出版

東京都出身のいとうせいこうさん。

作家やクリエーターのほか、俳優としてNHKの朝の連続テレビ小説「らんまん」にも出演するなど幅広く活動しています。

東日本大震災が発生するまで東北とはほとんど縁がありませんでしたが、震災後、東北の被災地を繰り返し訪れ、震災に関する本を出版するのは今回が3冊目です。

迷いながら、それでも書いた

いとうさんが東北の被災地を初めて訪れたのは、震災の翌年。場所は、津波で大きな被害を受けた宮城県南三陸町の歌津地区でした。

これをきっかけに最初に執筆したのが2013年の小説「想像ラジオ」です。

津波で流されて亡くなった男性がラジオ番組のDJとなり、死者から届くメールや電話から話が展開していく物語です。
いとうせいこうさん
「震災で亡くなった人たちがもうしゃべってこないと思うなよ、と思っていました。死者が生者に対して何か訴えかけていることもあるし、生きている人が亡くなった人を早く忘れる必要もないし、つながっていたいと思えばつながっていると考えました。当時、経済を動かしたほうがいいからいつまでも泣いていないで働かないとだめだ、などという話が東北に対してありました。それより気持ちの問題はどこにいってしまったのかという思いがあり、僕は小説で、特に気持ちの問題を扱ったわけです。そっちに立ちたいと思っていました」
当時、小説は大きな反響を呼び、芥川賞の候補作にもなりました。

しかし、東北で被災経験がないいとうさんは、死者を想像のなかで描くことは、被災者を傷つけるのではないかという迷いがあったといいます。
「書くとなったらある程度までは書かないといけない。それは当事者の方を傷つける可能性がある。それをなるべくしないように書きたいけど、あまり遠ざかっていくと、何を書いているのかぼんやりしてしまうし、避けていること自体が失礼にあたるかもしれない。それはものすごく直しながら書いていきました」

今度は被災者のことばに耳を傾けたい

小説では、震災について伝えたい内容を自分のことばで書いたいとうさん。だからこそ、今度は、被災者のことばにより耳を傾けたいと思うようになったといいます。
「自分がしゃべるべきことはもうギリギリにして小説の中に入れたので、それ以上のことを話してもそれは蛇足である。それよりも大事なのは、人の話を聞くということだと思いました。被災者で話を聞かれていない人があまりにも多いじゃないですか。ほとんどの人が長く話を聞かない」
10年余りの間に繰り返し被災地を訪ね歩き、被災者から受け取ったことばを今回の作品でまとめることにしたのです。

こだわったのは“聞き書き”

ことし2月に出版した「東北モノローグ」。宮城、福島、岩手を中心に被災した人など17人の声を集めました。
こだわったのは、「聞き書き」という手法です。

いとうさんのことばで書く小説とは違い、話し手のことばのみをまとめたノンフィクションです。話を聞いた際のいとうさんの質問も一切載せていません。
いとうさんが話を聞いた、当時小学5年生だった宮城県の女性の話です。
「いわゆる学級崩壊っていうか、授業中に教室からいなくなっちゃうとか、勝手にしゃべり出すとか。もちろんずっとそうなわけじゃないんですけど、少なくとも地震の前とはクラスの雰囲気が違っていました。『震災に関する話』は私たちのクラスでも口に出せませんでした。つまり私たちは心の問題を話せなかったんですね、その大事な時に」(※一部抜粋)
当時、福島県浪江町赤宇木に住んでいた男性の話です。
「福島第一原発が爆発するまでずっとあそこにいました。すなわち帰還困難区域に。休まずにずっと放射線量を調べ続けてきました。一つ言えるのは、やっぱり居住空間を除染してほしいんだよね。そうすれば、人はもしかしたら帰って来るのかなと思います」(※一部抜粋)
震災が残したものは何か、被災した人たちはあの日からどのように震災と向き合い過ごしてきたのか。一人一人の人生が記されています。
「東北の人たちは、一番その人がショックだったり、悲しかったりしているはずのところをものすごく一番話の軽いところにもってきたり、短く語ってほかのことを長く言ったりするんです。心配をかけたくないとか、主張をあまりしたくないというすごく控えめなところが特徴としてあるのかもしれないです。それを再現するのに、悲しかったことなどがづけづけと出てくると東北らしくないので、自分が物書きであるということを最大限いかして作品化しました」

東北の人たちの語りに感謝の思い

本の出版を記念してことし2月には、仙台市でトークイベントが行われました。会場には、およそ80人が集まりました。中には、東日本大震災や阪神・淡路大震災で被災した人も訪れていました。

いとうさんが語ったのは、協力してくれた人たちへの感謝の思いでした。
「本にまとめるまで気づきませんでしたが、要するに僕は話を聞きに行った人たちにプレゼントされていたんだと思います。それは、たぶん悪夢をみているなと思う経験も話してくれたり、本当は飛ばしてしまいたい体験を小さな声で話してくれたりすること自体が、『東京からわざわざ来たんだから、おしんこでも食べてくださいよ』みたいな感じでプレゼントされていたことに気づきました。それも頭の下がる思いがしているんです」

何度でも東北へ

震災から13年たったいま、いとうさんから東北へのメッセージです。
それは、「また行きます 何度でも」。

震災に終わりはない、だからこそ何度でも足を運んで伝え続ける。そんな東北への強い思いでした。
「また行くので受け入れてください、という気持ちです。本を出版してこれで終わったとは全く思っていません。被災したということは、次の知恵になることでもあると思っています。被災した人に話を聞くと、『次の人たちに同じことにならないように、今このことをお伝えします』と話をされるんです。僕はバトンを受け取っているわけだから、同じ経験をする人が出ないようにするためのことをしていかないといけないと思っています」

取材後記

これからも東北の被災地を訪れたいと話していたいとうさんですが、さらに今は、1月に発生した能登半島地震の被災者へも思いを寄せていました。

いつか訪れることができたら、「質問というよりは被災者の話にただただ耳を傾けたい。被災地を気にかけている人がいることを知ってほしい」と話していました。

作家としてできることは何かを考え続け、震災と向き合ってきたいとうさん。インタビューを通じて、時間が経過しても震災に終わりはないということを改めて実感しました。

私も被災した方に話を伺うことがありますが、記者としてバトンを受け取り、映像などを通して多くの人たちに伝えていきたいと思いました。

(4月22日「おはよう日本」で放送予定)
仙台放送局記者
藤岡しほり
2022年入局
宮城県白石市出身
仙台市政担当