「ロシアを止めろ」チェコが砲弾80万発 支援に奔走なぜ?

「ロシアを止めろ」チェコが砲弾80万発  支援に奔走なぜ?
「ロシアの帝国主義的な野望はしばらく眠っていただけで今は完全に目覚めている」

こう話すのは、50年以上前に旧ソビエトに侵攻されたチェコ(当時はチェコスロバキア)の政府高官です。

そのチェコがいま、砲弾不足が深刻なウクライナの支援に奔走しています。いったいなぜなのか。現地を取材しました。

(ベルリン支局長 田中顕一)

「80万発の砲弾を見つけた」

「ウクライナ向けに155ミリ口径の砲弾50万発と122ミリ口径の砲弾30万発を見つけた」
ことし2月、チェコのパベル大統領の発言が大きな注目を集めました。

国際シンポジウムの場で突如「ウクライナにすみやかに送ることができる砲弾80万発がある」と明らかにしたのです。
EU=ヨーロッパ連合は、ことし3月までにウクライナに100万発の砲弾を供与するという目標を掲げてきましたが、実際にはその半分程度しか確保できていません。

にもかかわらず、80万発もの砲弾をどこで、どうやって“見つけた”というのか。チェコ1か国でそんなことができるのでしょうか。

その理由を突き止めようと、チェコ政府に取材を申し込むと、ウクライナのための砲弾確保を担当している高官がインタビューに応じるという連絡がきました。

「ヨーロッパだけでなく…」

人口およそ1000万の東ヨーロッパの国、チェコ。

首都プラハで取材に応じたのは、チェコ政府でウクライナ問題特使を務めるというトマーシュ・コペチニー氏です。
握手を求めると、「こんにちは!」と日本語で挨拶を返してきたコペチニー氏。

「いったいどうやって80万発の砲弾を見つけたのか」と尋ねると「世界中で砲弾を探した」と説明しました。
チェコ ウクライナ問題特使 コペチニー氏
「私たちは、ヨーロッパで生産されている砲弾だけを調べているわけではない。世界に目を向けた瞬間、もっと柔軟になることができ、たくさん手に入れることができる。ただ、言うのは簡単だが、実際には非常にデリケートで難しいことだ」

砲弾80万発 なぜチェコに可能?

中世の面影を残す美しい町並みで知られ、多くの人が訪れる観光地として有名なチェコですが、実は自動車、そして兵器や砲弾の生産が盛んに行われてきた工業国でもあります。

チェコ最大の防衛企業の広報責任者によりますと、国内には大小あわせて10以上のメーカーがあるということです。

チェコ(当時はチェコスロバキア)の兵器生産は東西冷戦の頃から盛んでした。

冷戦終結後、ヨーロッパでは多くの国が国防費への支出を減らす中、チェコの防衛産業は、アフリカやアジア、中東など世界各地へ輸出することで存続。生産される砲弾などの実に90%以上が輸出されていると言います。
このため、チェコの企業には、取引先である世界各地の軍の在庫や企業の生産能力についての独自の情報が蓄積されています。

そして、この情報が今回のウクライナ向けの砲弾確保に活かされたというのです。
CSGグループ広報責任者 チルテック氏
「砲弾のありかや交渉相手を公表することはできないが、世界中に砲弾(155ミリ口径)の在庫を持つ軍隊があり、連絡を取ることができる。
だから我々はこれらの砲弾を購入しウクライナに供給することができるのだ。チェコの防衛産業の特徴は、世界中に広がっている取引先とのコンタクトだ。
わが社だけではなく複数の企業がウクライナへ砲弾を送るために政府と連携している」

具体的な調達先はどこなのか?

チェコはどの国で砲弾を見つけたのか。

地元メディアではトルコや南アフリカ、そして韓国といった国の名前が挙がっています。ただ、これについては、チェコ政府も企業も固く口を閉ざしています。

答えられない事情は何か?

チェコ政府で各国との交渉の窓口も務めるコペチニー氏に聞くとー。
コペチニー氏
「国名について答えられないのは、その国の内部的な理由、政治的な理由もあるし、あるいは、その国とロシアとの地政学的な関係、安全保障上の関係もある」

ソビエトによる侵攻の記憶

そもそもチェコはなぜウクライナ支援のために奔走するのか。

その理由として、多くの人が真っ先に上げるのが「1968年」の苦い記憶です。
この年、冷戦で東側陣営に属し、旧ソビエトの影響下に置かれていたチェコスロバキアでは民主化運動「プラハの春」が起きていました。
そのチェコスロバキアにソビエトが侵攻し民主化運動を武力で弾圧。

「50年以上たった今も、ソビエトによる暴力の記憶は、国民の間で受け継がれている」

コペチニー氏は、それこそが、チェコがウクライナのために砲弾を確保する理由だと言います。
コペチニー氏
「私たちはロシアとは何かを知っている。1968年に侵略された苦い経験があり、チェコスロバキアで20年間、何百、何千という兵士の駐留に苦しんだ経験もある。
そして、ロシアの帝国主義的な野望はしばらくの間眠っていただけで、今は完全に目覚めていることも知っている。もしロシアがウクライナを粉砕し、完全な支配権を手に入れたら、ロシアはそれだけでは終わらないということもわかっている。
ロシアがヨーロッパの都市で虐殺を行っていないのは、ウクライナがロシアをくい止めてくれているからだ」

“草の根”の軍事支援も

何もしなければ、次は自分たちだと感じているチェコの人たち。

そうした思いから、ウクライナへの“草の根”レベルの軍事支援も行われています。そのひとつが、市民の有志グループが募った寄付金で無人機を製造し、ウクライナ軍に送る取り組みです。
グループのメンバーは、俳優や市民団体の代表から、趣味で無人機を飛ばしている人、それに現役の軍人などさまざまです。

集まった寄付金はすでに10億円。1万4000機の無人機を現地に送ることを目標に、去年11月から作業を進めています。

製造した無人機が少しでもウクライナ軍の役に立つように、チェコ政府も全面的に後押しをしています。

無人機はすでにウクライナの前線に送られ始めていますが、刻々と変わる前線のニーズに応えられるよう、政府ルートでいまどんな機能が求められているかを聞き取り、新たにつくる無人機に頻繁に改良を加えているということです。
マルティン・クルーパさん
「ロシアのウクライナ侵攻から2年が過ぎ国民の熱意は侵攻直後と同じとは言えませんが、『何かしなければ』という機運はまだあります。
自由を手に入れるためには代償が伴います。いま、その代償を払っているのはチェコ人ではありません。ウクライナ人です。ウクライナ人は命をかけて戦っているのです。私たちはそれを支えているにすぎません」

深刻な砲弾不足 カギは支援のスピード

ロシア軍との間に大きな差が生じているウクライナ軍の砲弾不足。その実態はどんな状況なのか。

ロシア軍と激しい戦闘が行われている東部ドネツク州の前線にいるウクライナ内務省傘下のアゾフ旅団の将校が3月、取材に応じ、厳しい現状を説明しました。
イリア・サモイレンコ氏
「ウクライナとロシアの砲弾の数の比率は1対6だ。ときには1対10、もっと差が大きい時もある。十分な量の砲弾がなければ、戦場で優位に立てない。砲弾の不足は兵士の死につながる」
ウクライナへ80万発の砲弾を送るために、いま最も必要とされているのは各国からの資金の拠出です。

チェコ政府の高官によりますと、これまでにヨーロッパのおよそ20か国が支援を表明、3月の時点で80万発のうち30万発は資金の確保にメドがつき、3か月以内にウクライナへ送ることができるということです。
ただ、残りは50万発。

世界中から砲弾を見つけることのできるノウハウがあるチェコですが、大量の砲弾を調達する資金はありません。

しかも、政府の高官は、ロシアも世界で砲弾を探していると指摘し、各国のすみやかな支援がカギを握ると訴えました。
チェコ ウクライナ問題特使 コペチニー氏
「世界で砲弾を探し回っているのは、チェコだけではない。
ウクライナへ急いで砲弾を送るには時間が重要だ。代金の到着が遅れれば、発送も遅れることになる。
ウクライナを支援する世界の国々が、すみやかに砲弾の確保に移ることが重要だ」

取材を終えて

「自分たちはウクライナを支えているにすぎない」

この言葉は、ロシアの脅威を強く感じ、ウクライナへの支援が自分たちの安全保障に直結すると考えるチェコならではの言葉だと強く印象に残りました。

しかし、ヨーロッパでは、チェコやバルト3国、ポーランドなどロシアを強く警戒し、ウクライナを積極的に支援する国がある一方で、ロシアとの距離が遠くなればなるほどその警戒感は薄いとされ、一部では支援疲れも表面化しつつあります。

いま、ウクライナ側はロシアがことしの春以降にも前線での攻撃を激化させると警戒を強めていて、ロシア軍の前進を防ぐため砲弾の必要性は高まるばかりです。

チェコが見つけた大量の砲弾がそのウクライナに届くかどうかは、ウクライナを支援し守ることが自国の安全保障につながるというチェコの思いが、どれだけほかの国にも共有されるかにかかっているともいえます。
ベルリン支局長
田中 顕一
2003年入局
ニューデリー支局、ワシントン支局などを経て2022年から現職