ドイツ政府 ウクライナへの長距離巡航ミサイル供与には否定的

ヨーロッパ最大の経済大国ドイツは、ナチスの反省から紛争地への武器の供与に慎重でしたが、ショルツ首相はロシアによる軍事侵攻が「歴史の転換点」になるとして、ウクライナへの兵器の供与に踏み切りました。

民間のシンクタンクのまとめによりますと、ウクライナへの軍事支援の総額はこれまでで170億ユーロ余り、日本円で2兆7000億円余りでアメリカに次いで多く、今月もゼレンスキー大統領がベルリンを訪問した際におよそ11億3000万ユーロ、日本円で1800億円規模の新たな軍事支援を発表しました。

ウクライナには主力戦車のレオパルト2や防空システムなど主要な兵器の多くを供与してきましたが、依然として供与に踏み切っていないものがあります。

それがドイツ空軍が保有する長距離巡航ミサイル、タウルスです。

特徴は、500キロの射程で、イギリスやフランスがすでに供与したミサイル、ストームシャドーやスカルプの射程の倍です。

また、破壊力も強力で、分厚い装甲で覆われた軍事施設も攻撃できるとして「バンカーバスター」とも呼ばれています。

軍事専門家などの間では、タウルスを使えばウクライナ軍がクリミアとロシア南部を結ぶ「クリミア大橋」を破壊し、ロシア軍の補給路をたつなど大きな打撃を加えられると指摘されていますが、ドイツは、去年春から続くウクライナ政府の要請に応じず供与は実現していません。

ドイツ政府 タウルス供与には否定的

ドイツ政府は、タウルスの供与については否定的です。

ショルツ首相は、今月16日からドイツ南部で開かれたミュンヘン安全保障会議で講演した際も、司会者から「なぜタウルスの供与を拒み続けるのか」と詰め寄られました。

首相は「その質問は少しおかしい」と不快感を示し、ドイツはヨーロッパで最大の支援国であり、問われるべきはほかの国の支援だとの考えをにじませました。

これに対して司会者は、ウクライナの勝利のためにはタウルスの供与が必要ではないかとたたみかけましたが、首相は「いま必要なことを一歩ずつ進める」と答え、弾薬の確保などいま必要な支援を進めるとして供与に否定的な姿勢を示しました。

こうした政府の姿勢に対して連邦議会では、今月22日、最大野党の「キリスト教民主同盟」が統一会派を組む政党とともに、先月(1月)に続いて、タウルスの供与などを求める動議を提出しましたが、ショルツ政権の連立与党が反対し否決されました。

タウルス供与せず その背景は

ドイツ政府は、なぜタウルスの供与を拒み続けるのか。

ショルツ首相の思惑について与党「社会民主党」の有力者のひとりで外交政策などを専門とするラルフ・シュテグナー連邦議会議員は、NHKの取材に対して、ウクライナを支援する上では「ロシアの勝利を防ぐ」と同時に「戦争がNATOの加盟国に拡大することを防ぐ」という2つの原則を両立させる必要があると指摘しました。

そのうえで「タウルスを送るべきだという意見には賛成できない。もしそうなったら次に求められるのは何か。潜水艦か。軍隊の派遣か。私たちは、NATOとしてこの戦争に関与しないことが目的の1つだと常に考えなければならない。本当に大きな問題が起きたらどうするのか」と述べタウルスの供与は、ロシアの激しい反発を招き、事態のエスカレートにつながるおそれがあるという見方を示しました。

シュテグナー議員は、ショルツ首相も同じ認識だとしています。

また、ドイツ政府がタウルスの供与に踏み切らない背景としてドイツ国内の世論も影響しているといいます。

去年10月、ドイツメディアが行った世論調査では、タウルスを供与しない首相の判断を「支持する」と答えた人が55%と過半数を上回りました。

また、ドイツ国内では、侵攻が長期化しインフレも続く中、ウクライナ支援に消極的な姿勢を示す極右的な政党が勢いづき与党より高い支持率を確保しています。

シュテグナー議員は「ウクライナへの軍事的関与をこれ以上拡大することに支持が得られるとは思わない。政治的に許される範囲で兵器を供与することになる」と述べました。

専門家「欧州の安全保障を考え 支援自制すべきでない」

タウルスを巡っては、ドイツ国内の識者からは供与すべきという意見が目立ちます。

このうちロシアの歴史研究で知られるミュンヘン・ルートヴィヒマクシミリアン大学のマルティン・シュルツェ・ベッセル教授は、先月、有力紙のフランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、ショルツ首相が供与に踏み切らないのは戦争がヨーロッパに拡大することをおそれているためだと批判しました。

NHKの取材に応じたシュルツェ・ベッセル氏は、「ロシアはプーチン氏のもとだけでなくそれ以前から他国へ侵略を繰り返してきた。ウクライナ侵攻はこれまで繰り返されてきたことの先鋭化だ」と指摘したうえで「侵攻の主な目的はヨーロッパの安全保障への挑戦だ。このため、この戦争をロシアとウクライナの戦争とみるべきではない」と述べ、ウクライナへの軍事支援はロシアの侵攻がヨーロッパへ拡大することを防ぐためにも必要だと主張しました。

また「第1次世界大戦を思い起こせば何か月もこう着状態が続いた後で一方の勝利で終わった。ロシアがこの戦争に勝ちウクライナの一部を併合し残りを属国化すればヨーロッパの安全保障はもうなくなる。ロシアは、たとえばリトアニアやモルドバを攻撃できるようになる」と危機感を募らせました。

そして「政府はタウルスを供与すればロシアが戦争をエスカレートさせると見ているのだろう。しかし、ウクライナを中途半端に支援はできず、できることはすべてやるべきだ。この戦争は、プーチン氏が諦めないかぎり終わらないことを首相は理解していないようだ」と述べロシアの歴史やヨーロッパの安全保障を考え、支援を自制すべきではないと強調しました。

タウルスを含めて可能なかぎりの支援を行ってロシアを敗北に追い込んでいくのか。

それともウクライナを勝たせずロシアを刺激しない程度の支援にとどめて事態の推移を見ていくのか。

アメリカに次いで多大な支援を行ってきたドイツの考えも揺れています。