石川 輪島 被災した人たちが避難所の運営を担い続けるところも

石川県輪島市では、地震から6週間がたったいまも2300人余りが市内の避難所に身を寄せていて、中には被災した人たちが食事の準備や体調管理など、避難所の運営を担い続けているところもあります。

輪島 いまも2300人余が避難所に

能登半島地震で、輪島市では最大で1万2800人余りが避難所に避難し、2次避難などが行われたいまも2300人余りが市内の避難所に身を寄せています。

“自分たちで避難所運営” 理由は

このうち大屋小学校には、90人余りが体育館や教室などで避難生活を送っていて、地区で建具店を営む澤田英樹さん(61)は、この避難所で地震直後から避難所の運営のまとめ役を担っています。

澤田さんの自宅も壁が崩れるなどの被害を受け、地震のあと10日間ほど避難所で避難生活を送りましたが、自治体の職員がいない時期があり、水や食料などもなかったことから、自分たちで避難所の運営を始めたということです。

当初はニーズを聞き取って物資がある場所に取りに行くなど、水や食料などの確保に奔走しました。

いまも、夜の就寝時以外はほとんど避難所に滞在して、地区の人たちや自治体の職員とともに、避難している人の食事の準備や体調管理、それに今後の意向を聞くアンケート調査などを行っているということです。

12日も支援団体の炊き出しに立ち会い、避難している人だけでなく別の避難所にも食事が行きわたるよう手配していました。

まとめ役の男性「地元が元気にならないと」

澤田さんは「地震のあと強い絶望感があったが、このまちで仕事を続けていくためには、地元が元気にならないといけないと感じ、避難所運営を始めた」と話していました。

澤田さんによりますと、この避難所では、自宅の被害が大きく、仕事の都合などで2次避難ができないため、避難生活を続ける人が多いということです。

澤田さんは「アンケートで多くの人は仮設住宅ができるまで移動できないと回答しました。地元に残りたいと思う人が安心して住める場所が早くできてほしい。最後の1人が笑顔で避難所を出るまでやると決めたので、頑張りたい」と話していました。