不正輸出めぐるえん罪事件 捜査は違法 国と都に賠償命じる判決

不正輸出の疑いで逮捕されて1年間近く勾留されたあと、無実が明らかになった会社の社長などが国と東京都を訴えた裁判で、東京地方裁判所は検察と警視庁の捜査の違法性を認め、国と東京都にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。

横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」の大川原正明社長など幹部3人は2020年、軍事転用が可能な機械を中国などに不正に輸出した疑いで逮捕、起訴されました。

しかしその後、起訴が取り消され、無罪にあたるとして刑事補償の手続きが取られました。
幹部3人のうち1人は、勾留中に見つかったがんで亡くなりました。

社長や遺族などは「不当な捜査で苦痛を受け、会社も損害を被った」として国と東京都に5億円余りの賠償を求めて裁判を起こし、国や都は「違法な捜査はなかった」と反論しました。

裁判長の指摘は

27日の判決で東京地方裁判所の桃崎剛裁判長は、警視庁公安部が大川原化工機の製品を輸出規制の対象と判断したことについて、「製品を熟知している会社の幹部らの聴取結果に基づき製品の温度測定などをしていれば、規制の要件を満たさないことを明らかにできた。会社らに犯罪の疑いがあるとした判断は、根拠が欠けていた」として違法な捜査だったと指摘しました。

逮捕された1人への取り調べについても、調書の修正を依頼されたのに、捜査員が修正したふりをして署名させたと認定し、違法だと指摘しました。

また検察についても、起訴の前に会社側の指摘について報告を受けていたことを挙げ、「必要な捜査を尽くすことなく起訴をした」として、違法だったと指摘しました。

勾留中にがんが見つかり、亡くなった相嶋静夫さんにも触れ、「体調に異変があった際に直ちに医療機関を受診できず、不安定な立場で治療を余儀なくされた。家族は、夫であり父である相嶋さんとの最期を平穏に過ごすという機会を、捜査機関の違法行為によって奪われた」と、被害の大きさについて指摘しました。

そのうえで、会社が信用回復のために行った営業上の労力なども踏まえ、国と東京都にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じました。

大川原正明社長 “警視庁 検察庁はしっかりと検証してほしい”

判決の言い渡しを受けて、裁判所前で弁護士などが「勝訴」、「違法捜査を認定」、「検察官の違法を認定」と書いた紙を掲げました。

訴えを起こした「大川原化工機」の大川原正明社長は「裁判長に適切な判断をしていただけたと受け取っています。警視庁、検察庁にはしっかりと検証してもらい、できることなら謝罪をしていただきたい。このことを、一緒に過ごしてきた相嶋さんの墓前に早く報告したいです」と、ところどころ声をつまらせながら話していました。

亡くなった相嶋静夫さんの家族は

相嶋さんの妻は判決のあと、NHKの取材に対し、「夫は『まだ死にたくない』と言っていた。商品の開発や後輩の指導に目を輝かせていたのに、元気な夫の姿で返してもらいたい。がんが見つかり、何度も保釈請求をしたのに裁判所は却下の連続で、夫は『これでも人間なのか?』と言っていた。検事と公安警察、この国の司法は何のためにあるのかと思う」と答えていました。

相嶋さんの長男は「父も公に主張が認められて、安どしていると思います。年内には父の墓前でしっかりと報告したいです。警察と検察はそれぞれの組織で、しっかりと自己検証して、その結果を国民に知らせなければいけないと思うし、調査の過程で犯罪行為が判明したら捜査機関として厳正に対応してほしい」と話していました。

判決について 警視庁・東京地検・都は

判決について警視庁は「判決内容を精査した上で今後の対応を検討してまいります」とコメントしています。

東京地方検察庁の新河隆志 次席検事は、「国側の主張が一部認められなかったことは誠に遺憾であり、早急に、関係機関および上級庁と協議をして適切に対応して参りたい」とコメントしています。

東京都の小池知事は記者団に対し、「判決については承知している。今後の対応については警視庁の方で検討しているところだ」と述べました。また、控訴するかどうかについて問われると、「警視庁の方でまず検討している」と述べました。

専門家「捜査や起訴の違法性を明言していて、画期的な判決」

元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は「警察や検察の捜査の実情や起訴に至る過程が明らかにならないことが多い中で、捜査や起訴の違法性を明言していて、画期的な判決だ」と評価しました。

こうした判断に至った背景について、「無理な捜査だと裏付ける証拠や証言があったほか、警察の内部告発も出ていたという情報もある。そうしたなかで、違法性を認める結論にしたことは妥当だ」と述べました。

判決の意義について、「捜査は客観的な事実を出発点にしなければいけないし、密室での取り調べの適正さも大切だ。裁判所も身柄拘束のあり方を考えていかなければいけない。こうしたいろいろな教訓が詰まった事件だ。警察や検察、裁判所がみずから検証する対応が求められるのではないか」と指摘していました。

裁判所が違法な捜査だと認定したポイントは

【警察の逮捕「当然必要な捜査をせず」】

裁判所は、問題とされた大川原化工機の製品「噴霧乾燥機」に温度が上がりにくい場所があり、輸出規制の対象ではないという説明を会社の幹部らから受けていたのに、その確認をせずに逮捕した点を厳しく指摘しました。

輸出規制を受ける機械の要件に殺菌能力を持っていることが挙げられていて、機械の内部を熱風で殺菌できるかどうかが焦点になっていたからです。

裁判所は、後に会社側の指摘を踏まえて製品の温度を測定する実験が行われた結果、起訴の取り消しに至ったことを挙げ「温度測定は犯罪の成否を見極めるうえで当然必要な捜査だった。合理的な根拠が欠けているのにもかかわらず、警視庁公安部が漫然と逮捕したのは違法だ」としました。

【警察の取り調べ「偽計を用いた」】
裁判所は、逮捕された3人のうちの1人、元取締役の島田順司さんに対する警視庁公安部の取り調べについても違法な捜査があったと認定しました。

逮捕すると警察は、容疑者に容疑を認めるかどうかを聞き、弁解録取書を作成します。

この手続きについて、島田さんと警視庁側で見解が分かれていましたが、裁判所は「島田さんが修正するように依頼したのに、捜査員は修正したように装って弁解録取書を作成した」として、島田さんの説明にそって認定しました。

ほかの取り調べでも、島田さんを誤解させたうえで供述調書を取り、署名させたとしました。

こうした取り調べについて裁判所は、人を欺く「偽計」や「欺もう」を用いたと表現し、「島田さんの自由な意思決定を阻害したのは明らかだ」として批判しました。

【検察の起訴「安易な起訴許されない」】
検察についても、製品の温度が上がらず規制の対象ではないとする会社側の説明について報告を受けていたと指摘し、「合理的な根拠を欠いていた」などとして、起訴の判断は違法だったとしました。

また、検察の役割について「起訴が心身や名誉、財産などに多大な不利益を与えうることを考慮すると、安易な起訴は許されない。捜査段階で有罪の立証に合理的な疑いを生じさせる事情が認められた場合、それを否定する十分な根拠を獲得すべきで、それができないのであれば起訴すべきではない」と厳しく指摘しました。