「娘を返してください」京アニ裁判 遺族などの意見陳述

「京都アニメーション」の放火殺人事件の裁判は、4日も遺族ややけどを負った社員などの意見陳述が行われ、26歳の娘を亡くした母親は「娘を返してください。あの日に戻れるなら今度こそ間違いなくかわいい娘を真っ先に守る」などと訴えました。

青葉真司被告(45)は、4年前の2019年7月、京都市伏見区の「京都アニメーション」の第1スタジオでガソリンをまいて火をつけ、社員36人を死亡させ、32人に重軽傷を負わせたとして殺人や放火などの罪に問われています。

4日の裁判では、遺族7人ややけどを負った社員など4人が意見陳述を行いました。

このうち、26歳の娘を亡くした母親は「娘を返してください。できるならあの日に戻って、せめてそばで、一緒に死ねたらよかった。甘えん坊なあの子に寄り添っていたかった。あの日に戻れるなら今度こそ間違いなく私はかわいい娘を真っ先に守る」などと声を震わせながら思いを訴えました。

また、やけどを負った男性社員は、爆発に巻き込まれながらも通報するためにスタジオを飛び出したとして「一緒に遊んだり、お酒を飲んだりした仲間が、炎に包まれていった瞬間が今も目に焼きついて離れません。置いて行かざるを得ず、ご遺族に会わせる顔がありません。毎日亡くなった仲間の顔が頭に浮かび、自分は幸せになっていいのかいつでも頭をよぎります」とことばを絞り出すように話しました。

また、男性社員は、被告がアイデアを盗まれたと主張する作品の制作に関わっていたとしたうえで、「あなたの小説を参照したことは一度もありません。盗作されたというのは思い込みです。京都アニメーションはそのようなことをする会社ではないと断言できます。あなたは勝手な思い込みで、何の罪もない36人を殺害した」と訴えました。

青葉被告は、意見陳述を行っている遺族や被害者をじっと見つめ、呼びかけられると頭をかくようなしぐさを見せていました。

次の裁判は、6日、事件でやけどを負った社員の意見陳述や青葉被告への被告人質問が予定されています。

26歳の娘を亡くした母親は

26歳の娘を亡くした母親は、意見陳述で「裁判が始まるまでの4年間、夫は怒っていましたが、私は久しぶりに帰省した娘を事件前日に京都に送り出してしまった後悔だけで、怒りを持つことはできませんでした。この法廷でさまざまな真実を知るにつれ、私は娘と何の接点もないはずだった被告に対してはじめて憤りを覚え、嫌悪を抱くことができました」と今の気持ちを明らかにしました。

そのうえで、娘について、「京アニの社員ということに誇りを持っていました。高校のとき最終面接にいったものの、一度落ちたあと、諦めずに努力して入りました。もの静かで、努力を怠らない娘でした」と振り返りました。

そのうえで「この場にいるのが夢ならばいいのに。親として未熟だった私。今度は娘を束縛せず、のびのびと育てます。もっと大事にします。だから娘を返してください。娘が帰省するときに待つ楽しみを、返してください。できるならあの日に戻って、せめてそばで、一緒に死ねたらよかった。甘えん坊なあの子に寄り添っていたかった。今度こそ間違いなく私はかわいい娘を真っ先に守る、あの日に戻れるなら」と声を詰まらせながら話しました。

被告に対しては、「取り戻すことはできないと現実に目を向けた今、私は被告を許せません。これまであなたが話す機会はたくさんあったのに、謝罪のことばは一度もありませんでした。いまさら悔やんだふりをされても、私たち夫婦は信じません。もはや犯人に対し、心からの反省や謝罪を期待することはありません。正しい裁きが下されることを信じます」と結びました。

亡くなった32歳の女性の家族は

事件で亡くなった32歳の女性のアニメーターの家族の意見陳述では、まず父親が話をし「毎日、朝起きて娘の写真を見て、『おはよう』と心の中で話しかけます。娘はいつも笑顔でこたえてくれます。そして、もうどこをさがしても娘はいないんだと自分に言い聞かせます。もっと父親として、手を貸してあげられることがいっぱいあったなと、いまになって後悔しています。事件以降、毎朝この繰り返しで、気持ちの浮き沈みに胸が押しつぶされそうです」と日々の心境を明らかにしました。

そのうえで、被告に対しては「極刑になっても償いとしては不十分ですが、判決としてはこれしかないと思います。被告には自分の生涯が終わるその一瞬まで、心からの謝罪をし続けてほしいと思います」と訴えました。

続いて、母親が、娘について「幼いころは部屋の壁に絵を描いたり、中高生のころは食事をするのを忘れるほど没頭して絵を描いたりしていました。絵を描く仕事に携わりたいという夢をもっていて順風満帆ではありませんでしたが、念願の京都アニメーションのアニメーターになり、夢を実現させた娘をとても誇らしく思っています」と振り返ったうえで、「もしも神様が1つだけ願い事をかなえてくれるといったら、娘に会いたい、抱き締めたいと答えます」と話しました。

そして、被告に対しては、「亡くなった方、けがをされた方、そして残された家族一人ひとりの気持ちを想像してください。被告は『やりすぎた、後悔している』と言っていましたが、やりすぎないことってどういうことですか。後悔していると言いながら、事件の日にちを間違えたり、7月18日は何をして過ごしているのかという質問に対して、事件のことを思い出しているとだけ答えたり、たったそれだけですか。私たち家族は娘のことを思い出さない日はありません。事件のことを考えない日はありません。被告はこれほど多くの犠牲、苦しみ、悲しみを生み出したことを全くわかっていません。それ相当の刑罰が科せられると思っていますが、生涯を終えるその瞬間まで、毎日毎日刑務所のなかで手をあわせ、償いの日々を過ごしてほしいです」と呼びかけました。

最後に話をした弟は、まず今の気持ちについて「事件の事実を直視しなければならないことに、心を深くナイフでえぐられたような痛みに襲われます。4年たった今もそれは変わりません」と述べました。

そして、「裁判官、裁判員、弁護人、検察官、傍聴者の皆さまへ伝えたいことがあります。突然、自分や自分の大切な人が何かに巻き込まれ死んでしまうことがありうるということを知ってください。きょう、大切な人のもとにいつものように帰れたなら、一緒にいられる時間を大切にしてください。そばにいないのなら、何気なく連絡をとってみてください。失ってから、気付くには大きすぎる代償でした。とても後悔しています」と呼びかけました。

そのうえで、被告に対しては、「この裁判中、あなたを見てきましたが、たくさんの人をあやめ、傷つけたということに真剣に向き合ってるようには見えません。あなたが謝罪しようがしまいが、どんな判決になろうが亡くなった人たちは帰ってきません。私は死刑すらなまやさしいものと感じていますが、あえて死刑を望むとはいいません。願わくば自分の犯した罪の大きさ、命の重さを理解し、みずからを責め、さいなみ、償いようのない現実に苦しみながら、生涯を終えてほしいと思います」と訴えました。

やけどを負った男性社員は

事件当時、スタジオにいてやけどを負った京都アニメーションの男性社員はまず、小説のアイデアを盗まれたとする青葉被告の主張について、「盗作されたと主張している作品のシナリオを決める打ち合わせに参加していましたが、そのなかで、あなたの名前や小説の話が出たことは一度もありません。小説を読んだ人はいませんでした。ほかの作品についても同様で、京アニが作品を作るうえで、あなたの小説を参照したことは一度もありません。盗作されたというのはあなたの思い込みです」と否定しました。

そのうえで「京都アニメーションはそのようなことをする会社ではないと断言できます。当然、スタジオにいたスタッフも全員盗作をするわけもなく、全くの無関係です。あなたは勝手な思い込みで、何の罪もない36人を殺害したのです。それを自分の心に刻んでください」と強い口調で訴えました。

また、事件当時の状況を振り返り、「あの日、被告が火を放った1階にいました。侵入者に気付いて、さすまたを手に取った瞬間、爆発に巻き込まれました。すさまじい熱でした。友達といっていいほど親しかった仲間が、一緒に遊んだり酒を飲んだりした仲間が、炎に包まれていった瞬間がいまも目に焼きついて離れません。一瞬でガソリンの臭いと煙が広がり、自分はもう死んだと思いました。出口の方にはまだ火が回っていなかったので、自分には仲間を助けられない、動ける人間が早く消防と救急を呼ばなければと判断し、スタジオを飛び出して駅まで走り、駅員さんの携帯電話で通報しました」と話しました。

一方で、「毎日、亡くなった仲間たちの顔が頭に浮かびます。2019年で時が止まってしまった仲間たちや、いまも苦しんでいる仲間、ご遺族がいるなかで、自分は人生を楽しんでいいのか、幸せになっていいのか、いつでも頭をよぎります。私は事件を防げなかったばかりでなく、炎が広がるスタジオに仲間を、先輩を、友人を置いていかざるをえませんでした。ご遺族の方に会わせる顔がありません」とことばを絞り出すように話しました。

最後に、今後の決意として、「現実には個人の力ではどうにもならないことがあります。不幸な生い立ちの人もいるし、私たちのように仲間や友人や愛する人の命を理不尽に奪われた人もいる。犯罪や戦争もなくならない。努力しても乗り越えられないことはあるし、私たちの悲しみも消えることはないでしょう。しかし、そんな現実を受けてもなお希望を語れるのがアニメーションや漫画、小説などのフィクションだと私は思います。さまざまな作品が、創作に関わるあらゆる人たちが、そうやって希望を描いてきました。私たちはそれを受け継ぎます。亡くなった仲間との思い出とともに、悲しみ、苦しみを抱えたまま、前を向いて生きていきます。私たちはフィクションをつくるものです。だから希望を語ることをやめません」としました。

そのうえで、被告に対して、「不幸な境遇にあったとしても、自分の無力さに打ちひしがれても、生きていいし、幸せになっていい。被告だって同じだったはずです。事件さえ起こさなければ、あなただって幸せになってよかったんだ。それを奪ったのはあなた自身です。あなたは、もう幸せにはなれません。でも多くの人に助けられて今を生きています。あなたはまだ生きている。生きたくても生きられなかった人もいるのに、あなたはまだ生きているんだよ。その意味をよく考えてください」と呼びかけました。