診療報酬 引き上げ?引き下げ?来年度改定に向け調整本格化へ

厚生労働省は来年度の診療報酬の改定に向けた基本方針の骨子案を審議会に示しました。
賃上げの動きが広がる中、看護補助者などの処遇改善を通じ、人材確保の取り組みを進めることを重点課題としています。

医療機関に支払われる診療報酬は2年に1度改定されていて、年末の予算編成の焦点の1つとなっています。

厚生労働省は29日、社会保障審議会・医療保険部会に改定に向けた基本方針の骨子案を示しました。

この中では賃上げの動きが広がる中、特に看護補助者は、賃金が介護職員の平均を下回っているとして、医師、歯科医師、薬剤師など以外の医療従事者の処遇改善を通じ、人材確保の取り組みを進めることなどを重点課題としています。

また、来年度から本格的に始まる医師の働き方改革に向けて、チーム医療やICTを活用した業務の効率化などの推進も重点課題に盛り込まれました。

さらに、医療保険財政に配慮しながら、質の高い医療を効率的に受けられるよう、来年度、同時に報酬が改定される、介護や障害福祉サービスとの連携や、マイナ保険証などを活用した医療DXの推進、価格の安いジェネリック=後発医薬品のさらなる使用促進なども盛り込まれています。

診療報酬の全体の水準を示す「改定率」は、年内に決定されることになっていて、調整が本格化する見通しです。

診療報酬とは…

診療報酬は病院や診療所、薬局などの医療機関に対して支払われる医療費のことです。

▽診療や医療サービスの対価で医療従事者の人件費などに充てられる「本体」と、
▽医薬品や医療機器の公定価格を定める「薬価」の2つで構成されていて、
昨年度、令和4年度は総額およそ46兆円が支払われました。

支払いの原資はおおむね、保険料が5割、税収などの公費が4割、患者の自己負担が1割程度となっていて、高齢化に伴って医療費の増加が続く中、仮に診療報酬が1%のプラス改定になると4600億円以上の費用が必要となります。

診療報酬全体の水準や個別の診療行為などの価格は2年に1度の改定で国が決めていますが、医療の質の向上や医療従事者の処遇改善を求める声がある一方、現役世代の負担増や財政への配慮を求める声もあり、年内に決まる「改定率」は国の財政にも大きな影響を与えることから、毎回、予算編成の焦点の1つとなります。

前回・2年前の改定では「本体」を0.43%引き上げた一方、「薬価」を1.37%引き下げて、全体では0.94%のマイナスとなりました。

平成28年度以降は「薬価」の引き下げを原資に「本体」を引き上げて、全体の改定率をマイナスにする傾向が続いています。

看護補助者などの医療従事者「コメディカル」の賃上げが重点課題

来年度の診療報酬改定では、人材を確保するため、看護補助者など、医療従事者の賃上げへの対応が重点課題とされています。

令和4年の厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、看護補助者や技師などの医療従事者「コメディカル」の賞与込みの給与の平均は月に32万7000円、看護補助者は25万5000円と、いずれもすべての産業の平均を下回っています。

このため「コメディカル」の処遇改善を求める声があり、今回の改定の焦点の1つとなる見通しです。

一方、厚生労働省が行った医療機関の経営状況の調査では、昨年度・令和4年度の平均年収は
▽一般病院の病院長が2633万円、勤務医が1461万円、
▽医療法人が経営する診療所の院長は2652万円、勤務医が1118万円、
▽個人経営の診療所の医師が984万円でした。

また、
▽看護師は一般病院で520万円、医療法人が経営する診療所で409万円、個人経営の診療所で366万円、
▽一般病院の薬剤師は568万円、歯科医師は1249万円などとなっています。

日本医師会など 「本体」部分の大幅引き上げを要求

日本医師会をはじめとする医療関係団体は、今回の診療報酬改定で「本体」部分の大幅な引き上げを求めています。

その理由として、物価高騰や賃上げへの対応を挙げています。

日本医師会の松本会長は、29日の記者会見で「医療・介護の従事者は900万人を超えており、その賃上げを目指すことで経済が活性化され、地方創生につながる。マイナス改定は言語道断で、従来のような改定では、医療従事者のさらなる流出を招き、医療そのものが崩壊する」と述べ、大幅なプラス改定を強く主張しました。

具体的には、今年度の春闘の賃上げ率が3.58%となった中、医療分野の賃上げはおよそ2%にとどまっているとして、この差を埋めるとともに、来年度以降の賃上げにも対応できる報酬の引き上げが必要だとしています。

また財務省が、診療所は経営が良好だとして、報酬単価の引き下げや、「利益剰余金」を賃上げの原資に充てることを主張しているのに対し、医師会は「財務省の調査は新型コロナによる落ち込みが最もひどかった2020年度を基準にしており、実態を反映していない」などと反論しています。

そのうえで、医師会の集計では、診療所の昨年度までの3年間の利益率はコロナの特例加算などの影響を除くと平均3.3%程度で、新型コロナ流行前の3年間の平均の4.6%を下回っていて、今後は特例加算の見直しなどで経営は悪化するとしています。

そして、報酬引き上げの財源については、日本全体の賃上げが進むことによる公的医療保険の収入や税収の増加なども考えられるとしています。

財務省 診療報酬の「本体」部分引き下げたい考え

今回の診療報酬改定をめぐって財務省は、医療従事者の賃上げなど待遇の改善には理解を示していますが、診療やサービスの対価となる診療報酬の「本体」部分を引き下げたい考えです。

財務大臣の諮問機関「財政制度等審議会」は、今月20日にまとめた提言で、現役世代の保険料負担を軽くすることで手取りの所得を確保することが、物価高に対応するための経済政策とも整合的だとして、診療報酬の「本体」部分を引き下げることが適当だと指摘しました。

その根拠としているのが財務省が独自に行った医療機関の経営状況の調査です。

公表資料をもとに全国38の都道府県にある2万2000近い医療機関を対象に2020年度から3年間の経営状況を調べました。

医療機関の規模別にまとめたところ、主に外来の患者を診察する「診療所」のうち病床をもたない施設では、売上高に対する経常利益の割合を示す経常利益率の平均が2020年度の3.0%から2022年度には8.8%に上昇しています。

病床が20未満の診療所を含めても8.0%と、中小企業の全産業平均の3.4%と比べて2倍以上の水準となっています。

財政制度等審議会の提言では、診療所の経常利益率がほかの産業と同程度となるよう報酬単価を引き下げることで保険料負担を年間2400億円程度軽減できるとしています。

これによって例えば、年収が500万円の人の場合、事業所が負担する分も含めて保険料が年間5000円程度少なくなると試算しています。

一方、提言が医療従事者の待遇改善の原資として指摘したのが「利益剰余金」です。

財務省の調査では、病床をもたない診療所の利益剰余金が昨年度までの2年間で平均で1900万円増えていることが明らかになりました。

提言では、診療所の経営状況は極めて良好で十分な賃上げの原資があるとして医療従事者の処遇の改善に向けては、増加した利益剰余金を活用して賃上げに取り組むべきだとしています。

さらに提言では、開業医の院長の平均給与が年3000万円程度となっていると指摘し、診療所の報酬の適正水準を考える際には開業医と病院勤務医の報酬の違いが過度に開業を促していないかという観点も考慮すべきだと指摘しています。

財政制度等審議会の増田寛也分科会長代理は、20日の記者会見で「必要な水準以上に診療報酬を維持すれば、その分、保険料は引き上がることになる。診療所の収益を守るか、勤労者の手取りを守るのかといった国民的な議論をすべきだ」と述べました。