海外での臓器移植あっせんで初判決 懲役8か月の実刑 東京地裁

海外での臓器移植を希望する患者に国の許可を受けずに臓器提供をあっせんした罪に問われたNPO法人の理事に対し、東京地方裁判所は、無罪の主張を退けて懲役8か月の実刑判決を言い渡しました。
海外での臓器移植を無許可であっせんした罪について、裁判所が判断を示したのは初めてです。

“移植の機会の公平性 大きく損ねた” 裁判長

NPO法人「難病患者支援の会」の理事菊池仁達被告(63)は、去年、海外での臓器移植を希望する患者2人に対し、ベラルーシで腎臓の移植手術を受けさせるなど、国の許可を受けずに提供のあっせんをしたとして、臓器移植法違反の罪に問われ、裁判では無罪を主張していました。

28日の判決で東京地方裁判所の馬場嘉郎裁判長は、海外での移植に臓器移植法が適用されるかどうかについて、「あっせんの一部か全部が国内で行われるかぎり、法律に基づき国の許可を受けなければならない」として、適用されると判断しました。

そのうえで、菊池理事の活動について、「日本で移植希望者を募集し、ベラルーシの医療機関に紹介して連絡調整を行い、実際に移植手術を受けさせた」として無許可のあっせん行為に当たると指摘しました。

そして、「国内では実現に相当長期間かかるが、菊池理事は数か月以内で移植手術を可能にした。移植を受ける機会の公平性を大きく損ねたのは明らかだ」として、菊池理事に懲役8か月の実刑、NPO法人に罰金100万円を言い渡しました。

菊池理事側は判決を不服として控訴しました。

専門家などによりますと、海外での臓器移植を無許可であっせんした罪について裁判所が判断を示したのは初めてです。

判決で馬場裁判長は、「国内移植医療の現状や海外での移植医療の適正な実施のあり方について、今後検討される必要がある」と、制度的な課題にも言及しました。

争点は臓器提供のあっせんに当たるか 定義不明確との指摘も

今回の裁判では、菊池理事の活動が臓器提供のあっせんに当たるかどうかが大きな争点の1つになりました。

専門家は、臓器移植法にある「あっせん」の定義が明確になっていないことが問題だと指摘しています。

裁判で菊池理事は、「自分たちの支援で100人近くが社会復帰した。違法性が問われるあっせん行為や金銭のやりとりなどやましい点は一切ない」とあっせんに当たらないと主張していました。

一方検察は、あっせんについての解釈を示した確定判決は見当たらないとしたうえで、移植を希望する人の募集や登録臓器提供者や病院などとの連絡調整を業務として行うことがあっせんに当たるという厚生労働省の通知などをもとに、菊池理事の活動は違法だと主張しました。

医療に関する法律に詳しい東京大学の米村滋人教授は、「あっせんのルールがはっきりしない中で合法か違法か分からない行為が多くあり、グレーゾーンで活動する事業者が出てきた。臓器移植法の不備が今回の裁判で明らかになった」と話していました。

そうした法律が成立した背景として「臓器移植法が成立する前、脳死からの臓器移植ができるかどうかということが国民的な議論になっていて、主たる関心事が脳死臓器移植の要件をどのように設定するのかということにあった。結果として手続きに関する規定が非常に大ざっぱなものとなった」と話し、「あっせん」の定義の明確化に向けた議論を進めるべきだとしています。

海外で臓器移植受け国内で通院 少なくとも543人

臓器移植をめぐっては、国際移植学会が2008年に「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」とする宣言を出していて、日本でも国内での移植を増やすための法整備などが進められてきました。

しかし、菊池理事の逮捕をきっかけに、厚生労働省の研究班が医療機関を対象に実態調査を行ったところ、海外で臓器移植を受け国内の医療機関に通院している患者は、ことし3月末時点で少なくとも543人いることがわかりました。

国別では
▽アメリカが227人
▽中国が175人
▽オーストラリアが41人
▽フィリピンが27人
▽ドイツが13人
▽コロンビアが11人などで、
仲介する団体が関わっていたのは、少なくとも25人だったということです。

また、菊池理事は裁判で、「これまでおよそ170人の患者を海外の病院へ案内し、そのうちおよそ120人が手術を受けた」と説明していました。


国内での移植手術 いまだ十分に行われず

海外での臓器移植を求める背景には、ニーズに対して依然として国内での移植手術が十分に行われていない現状があります。

国内で唯一、臓器移植あっせんの許可を得て、国内での移植を仲介している日本臓器移植ネットワークによりますと、臓器移植を希望する人はおよそ1万6000人いますが、国内で脳死や心停止による移植手術を受けられるのは、年間400人ほどにとどまっているということです。

移植までの待機期間は平均で
▽腎臓で15年
▽心臓で3年
▽肝臓で1年などと
長期化が課題となっていて、待機中に亡くなる患者も年間400人ほどに上っています。

ネットワークによりますと、国内では、臓器を提供するドナーが少ないことや、脳死の判定ができる病院が限られていることなどから、移植手術が少ない状況が続いているということです。

ネットワークなどによりますと、日本の人口100万人当たりの臓器提供者数は、去年(2022年)の時点で0.88人で、
▽アメリカの44.5人
▽ドイツの10.34人
▽韓国の7.88人
などに比べても大幅に少ない状況となっています。

“海外での移植は命懸けだった” 経験者の家族

息子が菊池理事とは別の団体の紹介で海外での臓器移植を行い、1か月後に亡くなったという男性が取材に応じました。

男性は「命懸けで当時はやるしかなかった」と語ったうえで、海外移植に頼らないための対策について議論してほしいと話していました。

男性の40代の息子は3年前、肝硬変で余命が1年半と宣告されました。

親族内での移植も年齢などの問題で難しく、国内でドナーを待つこともできないと考えて、海外での移植の方法を探りました。

そして、菊池理事とは別の団体の紹介で、ブルガリアで肝臓の移植を行うことになりました。

男性によりますと、息子は渡航費などとして3500万円ほどを団体に払ったということです。

男性は、「移植を頼む人は命懸けで平常心じゃないから、団体の言うとおりにやるしかなかった」と話していました。

男性もブルガリアまで同行し、息子を励ますとともに、手術までの経過を見守ってきました。

すると、手術を行う病院では成人の肝臓移植の経験がなかったことや、ドナーは同じぐらいの体格と聞かされていたのに、実際は息子より小柄なことが分かり、安全性に疑問を感じたといいます。

しかし、手術はそのまま行われました。

息子は移植した肝臓がうまく機能せず、徐々に体調が悪くなって、およそ1か月半後、日本に帰ることなく亡くなりました。

一方、病院を紹介した団体の責任者は、手術後、息子が亡くなる前に日本に帰国していて、男性は憤りを感じたといいます。

男性は、「団体の責任者は『つなぐだけが役割で、手術後は病院の仕事だ』と話していて、無責任に感じた」と話していました。

そのうえで、国などに対し、「移植で命をつなげられる制度について、もっと真剣に議論してほしい」と話していました。

専門家 “海外で安全適正に受けられる仕組み作りを”

医療に関する法律に詳しい東京大学の米村滋人教授は、「判決はこれまで不明確だった臓器移植法のあっせん行為について、海外での移植にも適用されることや、医療機関の紹介だけでもあっせんにあたると示した。海外で移植を受ける人が増える中、改めて法律の基本理念である移植の公平性を重視した点も注目される。確定すれば、今後、無許可で海外での臓器移植のあっせんを行うことは難しくなるのではないか」と話しました。

一方で、国内での臓器移植の件数は希望者に対し大幅に少ない状況が続いていることから、今後も海外での移植を希望する患者はいるとして、「判決も指摘しているように、海外での臓器移植を希望する患者が正規のルートで安全適正に手術を受けられるような仕組みを整備していく必要がある」と話していました。