市川猿之助被告に懲役3年求刑 両親の自殺手助けした罪

両親に睡眠導入剤を服用させ自殺を手助けした罪に問われている歌舞伎俳優の市川猿之助被告の初公判が開かれ、猿之助被告は起訴された内容を認め、母親から「あなた1人で逝かせるわけにはいかない」と言われたことなどを明かしました。

検察は懲役3年を求刑しました。

歌舞伎俳優の市川猿之助、本名・喜熨斗孝彦被告(47)は、ことし5月、父親の市川段四郎さん(当時76)と75歳の母親に睡眠導入剤を手渡して服用させ自殺を手助けしたとして、自殺ほう助の罪に問われています。

被告「間違いありません」

20日、東京地方裁判所で初公判が開かれ、猿之助被告は起訴された内容について「間違いはありません」と述べ、認めました。

被告人質問で弁護士から、週刊誌に掲載される記事を見て自殺を決めたのかと聞かれると、「そんな簡単な問題ではない。今まで自分の気持ちにふたをしたものが出てきた。悩んで悩んで、考えていくうちにそれしかないような、負のスパイラルになっていった」と話しました。

母親から『あなた1人で逝かせるわけには』

そして自殺の意思を両親に伝えた時の状況について「舞台への責任を理由に踏みとどまるよう説得されたが悔いはないと伝えると、母親から『あなた1人で逝かせるわけにはいかない』と言われた」と説明しました。

裁判では、被告が捜査段階で話した「許されるなら舞台に立ちたい。迷惑をかけた人に今後歌舞伎で償っていきたい」とする供述調書も読み上げられました。

検察 懲役3年求刑「結果は重大」

検察は「被告が誰かに相談したりほかの手段を選んでいれば、両親が自殺する必要もなかった。2人が亡くなった結果は重大で、社会に与えた影響も大きい」として懲役3年を求刑しました。

弁護側 執行猶予を求める

一方弁護側は、執行猶予付きの判決を求めました。

最後に猿之助被告は、「多くの方々に私よりもつらい思いをさせ大変申し訳なく思うとともに、支えてくださる皆さまに感謝の念でいっぱいだ。反省と申し訳なさ、感謝を一生背負っていく。もし僕にしかできないことがあるとすれば、それを生きる希望としたい」と述べ、裁判官などにおじぎをしながら退廷しました。

判決は11月17日に言い渡されます。

《法廷で語られた「動機」「両親」「歌舞伎」》

検察の冒頭陳述では

【動機は】

検察は冒頭陳述で、
「被告は所属する歌舞伎一門の人間にパワハラやセクハラをしているという内容の記事が週刊誌に掲載予定だということを確認し、この記事が出れば、世間の人はその内容を信じるのではないかなどと考えた」

「一門の人間に不満を抱かせ、このような記事が出ることになったのかもしれない、自分さえいなければそんな不満を抱かせることはなかったとも考えた」

「歌舞伎界に迷惑をかけてしまったので、歌舞伎の仕事はもうできない、死んだ方が楽だなどと考え、自殺を決意した」と述べました。

【両親とのやり取りは】

また、「両親に週刊誌の記事の内容や死ぬしかないと考えていることを伝え、3人で自殺することを決めた」と述べ、被告が両親に睡眠導入剤を渡し、その後夕食のうどんを提供したなどと、事件の経緯について説明しました。

被告が語った内容は

市川猿之助被告が法廷で語った内容をまとめました。

【動機は】

自殺を決めた理由について週刊誌に掲載される記事がきっかけだったと話したうえで、「記事を見て、すべて信じ込まれてしまい、歌舞伎を支えてくれる人が離れていくと思った」と話しました。

一方で、「即決できるような簡単な問題ではない。今まで自分の気持ちにふたをしていたものが出てきた。悩んで悩んで、考えていくうちにそれしかないような負のスパイラルになった」と、週刊誌報道だけが理由ではないと説明しました。

【両親とのやり取りは】

両親に死ぬしかないと伝えた際の反応について、
「父親から『舞台に対する責任はどうするのか』と言われ、死を思いとどまらせようと説得された」

「父親から『悔いはないのか』と聞かれて『悔いはない』と答えると、母親は『あなた1人で逝かせるわけにはいかない』と言い、父親は『自分1人だけを残してはいやだ』と話していた」と答えていました。

【事件の受け止めは】

弁護士から、事件について今どう思うかを問われると、「申し訳ないことをした。後悔です。そういう選択をして父も母も失い、関係者や支えてくれる人たちを傷つけてしまった」と答えました。

自殺という選択を取ったことについては「今考えれば本当に不肖な息子で申し訳ない。自分の思いを、まずは周囲の人に相談すべきだった」と時折、声を詰まらせながら話していました。

【歌舞伎について】

歌舞伎について、「幼いころから歌舞伎をやらせてもらい、私の存在そのものだ」と答えました。

歌舞伎に出られなくなったことを検察から問われると、「自分の精神状態で、自分で最悪のシナリオをつくってしまった」と語っていました。

演劇評論家「相当覚悟しないといけない」

歌舞伎に詳しい演劇評論家の上村以和於さんは20日の裁判では市川猿之助被告に歌舞伎界に復帰する意向がみられたとして、「歌舞伎界を離れるのではないかと個人的には思っていたので少し驚いた」と述べました。

そのうえで、「集客ではナンバーワンかもしれないくらいだし、そういう立場からみれば復帰してくれれば、という受け止めもあるだろう。ただ、厳しい見方をする人もいる。どういう見方、どういう反応があるか本人は、相当覚悟しないといけない」と話していました。

1000人超が傍聴希望

市川猿之助被告の初公判の傍聴券の抽せんは午前11時すぎに行われ、東京地方裁判所には1時間以上前から希望する多くの人たちが行列を作りました。

歌舞伎ファンの40代の女性は、「事件が発覚した時は衝撃が大きくことばが出なかった。なぜこのようなことをしてしまったのか、本人の率直な気持ちを聞きたい」と話していました。

猿之助被告のファンの50代の女性は、「ドラマをよく見ていたので、事件が起きたときはびっくりして信じられなかった。時間がたってもいいのでいつか必ず演じている姿を見せてほしい」と話していました。

東京地方裁判所によりますと、傍聴席22席に対して傍聴を希望した人は1033人で倍率はおよそ47倍でした。

順風満帆に見えた俳優その胸の内は…

20日の市川猿之助被告の裁判では科学文化部で歌舞伎を担当する野町かずみ記者も取材にあたりました。

野町記者は裁判を次のように振り返ります。

初公判での猿之助被告はことし7月末に保釈された際の様子に比べて少しやせたように見え、終始、うつむき加減で、質問には小さな震えるような声で答えていました。

それでも被告人質問の際には背筋を伸ばし、ひとつひとつの質問に答えようとしていると感じましたが、これまで歌舞伎の会見などで見せていた自信に満ちた姿との違いが印象に残りました。

今回の事件は、これまで歌舞伎を取材してきた立場からみても信じがたいことでした。

猿之助被告は多くの弟子を抱える一門のリーダーとして、現代の歌舞伎界を牽引し、まさに今、輝きを放っている1人でした。

また、父親の市川段四郎さんも歌舞伎俳優。

そして、母親は、長年にわたって、歌舞伎界で活躍する猿之助被告をサポートしてきました。

被告人質問で語られた今回の事件の経緯では、週刊誌の報道を知り、思い詰め、命を絶とうと考えたという被告に対し、両親は、最初は思いとどまるよう説得したと言います。

それでも決意が固いことを知った母親は「あんただけでいかすわけにはいかない」と言い、父の段四郎さんは「自分1人だけ残るのは嫌だ」とと言ったとするやりとりが語られました。

歌舞伎の家は、家族の間のつながりが深く、俳優を家族総出で支えるといわれています。

このやりとりからは、一人っ子で、※澤瀉屋一門の大事な名跡を継いで活躍する猿之助被告の存在は、両親にとってとても大きいものだったのではないかと感じました。

猿之助被告も裁判の中で「両親にとっては僕だけが頼りで僕が生きがいだったと思う」と述べていました。

事件が明らかになるまで、歌舞伎界の中心的な俳優として順風満帆に見えた猿之助被告ですが、裁判では、若い頃から辛い経験をしてきたという胸の内を吐露する場面もありました。

歌舞伎の長い歴史の中で舞台にかける俳優たちの悩みや苦しみは数多く語り継がれてきましたが、どんなに厳しい世界であったとしても今回のような事件は起きてはならないことです。

猿之助被告は歌舞伎を「私の存在そのものだ」と話しました。

そして被告人質問を終えると自席に戻り、マスクの下で大きく息をひとつ吐いて両目をハンカチでおさえ、涙を拭っていました。

※澤瀉屋の「瀉」はウ冠ではなくワ冠

不安や悩みを抱える方の相談窓口はこちら

不安や悩みを抱える人の相談窓口です。

SNSなどでの相談窓口は、厚生労働省のホームページで紹介していて、インターネットで「まもろうよこころ」で検索することもできます。

URLは、「https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/」です。

電話での主な相談窓口は
▽「よりそいホットライン」が0120-279-338、
▽「こころの健康相談統一ダイヤル」が0570-064-556となっています。