円安、長期金利上昇 その震源地は【経済コラム】

日本時間の10月3日の深夜、円相場は1年ぶりに1ドル=150円の大台に達しました。翌4日には上昇を続ける長期金利が10年ぶりに0.8%を突破。市場は2つの大きな節目を超えた形になります。

何が市場を動かしたのか。その波及経路をたどっていくと、アメリカの長期金利に行き着きます。実に16年ぶりの高値水準で推移するアメリカの長期金利。私たちの暮らしにも影響が及ぶかもしれません。
(経済部記者 真方健太朗)

金融市場大きく変動

日本時間の10月3日午後11時過ぎ。それまで1ドル=150円の寸前で小動きを続けていた円相場が円安方向に動きました。

きっかけはアメリカのJOLTS(求人労働異動調査)の発表。求人数が市場予想を上回ったことで、ドルを買って円を売る動きが出て、防衛ラインとして意識されていた1ドル=150円の節目をあっさり超えたのです。

しかし、その直後に異変が起きました。為替は一転して円高方向に動き、1ドル=147円台前半まで値上がり。ただ、円相場はその後すぐに1ドル149円台まで値を戻しました。

この間の動きについて、政府・日銀が円買いドル売りの市場介入に踏み切ったのではないかという見方も出ましたが、4日、財務省の神田財務官は「コメントを控える」、鈴木財務大臣も「お答えしない」といずれも明言を避けました。

政府・日銀と市場との攻防は心理戦、神経戦の様相を呈していますが、激しい値動きがあって以降、市場の警戒感は一段と強まっています。

4日には債券市場でも動きが。前日に0.78%をつけていた長期金利がじりじりと上昇し、一時0.805%まで上昇。2013年8月以来、およそ10年ぶりの高い水準となりました。

そしてこの日、東京株式市場でも株価が大きく変動。日経平均株価の値下がり幅は700円を超えました。

アメリカの長期金利上昇 3つの要因

円安、株安、それに債券安と長期金利の上昇。その背景にあるのがアメリカの長期金利の上昇です。10月3日のニューヨーク市場では長期金利が一時、4.8%を超え、およそ16年2か月ぶりの水準まで上昇しました。

この影響で日本でも長期金利の上昇圧力が高まっていますが、アメリカの急ピッチな金利上昇によって日米の金利差は拡大傾向にあります。

この結果、より利回りが見込めるドルに資金が流れ、円が売られやすい状況が続いているのです。

それではなぜアメリカの長期金利が上昇を続けているのでしょうか。そこには大きく3つの要因があると考えられています。

まず、経済の堅調さを示す指標が相次いで発表されていること。そして2つ目は、原油価格の高騰によるインフレへの懸念が再燃し、金融引き締めが長期化するとの見方が広がっていること。

さらに、ここにきて3つ目の新たな要因も意識されています。アメリカ政府の新年度予算案をめぐる共和党内の対立で、議会下院のマッカーシー議長が史上初めて解任されるという衝撃的な出来事です。

これによってアメリカの財政問題への懸念が再び強まれば、アメリカ国債が売られ、長期金利の一段の上昇につながりかねないとの見方もあります。

市場介入の“新定義”?

アメリカの長期金利の上昇傾向が続いた場合、日本の当局の対応として2つの点が注目されます。

1つは、円安がさらに進んだ場合、政府・日銀がどのタイミングで市場介入に踏み切るのかという点。もう1つは、日銀がどこまで長期金利の上昇を容認するのかという点です。

財務省の神田真人財務官

まず、市場介入について見ていきましょう。

これまで政府は、為替の過度な変動は望ましくないとしながらも、1ドル=150円といった為替の水準は市場介入の判断材料とはならず、あくまでも変動のペースや幅をもとに判断するとしてきました。

ただ、神田財務官は4日、記者団に対し、「一方向に一方的な動きが積み重なり、一定期間に非常に大きな動きがあった場合はそれも過度な変動にあたる」と述べています。

市場では緩やかな円安でも市場介入に踏み切る可能性があるのではないかという見方が出ています。

大和証券・石月幸雄シニア為替ストラテジスト
「神田財務官の発言は市場介入の新たな条件を示していて、驚きと困惑を持って受け止められている。この条件だと短期間に急速な為替の変動がなくてもいつでも介入が行えるということになる。再び1ドル=150円を試す展開になれば、今回以上に市場介入の警戒感は高まるのではないか」。

日銀の本意はどこに?

次に長期金利の上昇。日銀がどこまで容認するのかという点です。

日銀はことし7月28日の金融政策決定会合で、長期金利の上昇をそれまでの0.5%程度から事実上、1%まで容認する方針に変更しました。

長期金利を無理に抑えると、為替を含めた金融市場の過度な変動を招くリスクがあるとして、1%までは市場の動きに委ねることにしたのです。

ただ、この際、植田総裁は「長期金利が1%まで上昇することは想定していないが、念のための上限、キャップとして1%とした」と述べています。

植田総裁は9月22日の記者会見で、長期金利がその前日に0.745%まで上昇し、10年ぶりの高い水準となったことについて、「7月との比較でいえば、わずかな金利上昇で、インフレ期待の上昇の中での動きなので、それほど心配する動きではない」と述べ、ここまでは許容できる範囲だという認識を示しました。

ただ、日銀は9月29日に長期金利が0.77%まで上昇した局面で、10月2日に臨時で国債を買い入れるオペ=公開市場操作を実施すると発表。

さらに10月4日には、日銀が金融機関に資金を供給し、その資金で国債の購入を促す「共通担保オペ」を実施することも決めました。

市場では、長期金利の急ピッチな上昇をけん制するねらいがあったのではないかとの受け止めも出ていますが、前述のようにその後も長期金利の上昇は続いています。

日銀の本意はどこにあるのか、元日銀理事でみずほリサーチ&テクノロジーズの門間一夫エグゼクティブエコノミストに聞きました。

門間一夫エグゼクティブエコノミスト

「日銀としては長期金利の上昇ペースが速いと感じ、オペによってスピードを落とそうとしているのだと思う。ただ、国債の買い入れの額が比較的小規模で、腰が入っていないなと感じる。日銀にとっては、長期金利を抑えすぎると円安につながるし、長期金利が上がりすぎてもいけないというジレンマがある」

長期金利の上昇は住宅ローンの固定金利に影響します。また、円安がさらに進めば物価の一段の上昇につながるおそれもあり、物価高を受けて政府が10月中にも策定する新たな経済対策に水を差すことにもなりかねません。

6日に発表されたアメリカの雇用統計では、農業分野以外の就業者数が市場の予想を大きく上回る形で増加。発表直後にアメリカの長期金利が4.88%まで上昇する場面もありました。

アメリカの長期金利の動きが日本のマーケットに今後どう波及するのか。そして、私たちの暮らしにどのような影響が及ぶのか。当面、目が離せない状況が続きそうです。

10月9日はノーベル経済学賞の受賞者が発表されます。また、日銀の植田総裁が就任して半年となります。

12日はアメリカで消費者物価指数が発表されます。FRBの利上げが長期化するとの見方が広がる中、インフレの動向を見極める上で重要な指標です。

13日にはアフリカのモロッコでG20財務相・中央銀行総裁会議が開幕します。世界経済が抱える課題やリスクについて、どのような議論が行われるのかが焦点です。