フリーランス 事故増加 職場の安全対策義務づけへ 残る課題は?

職場での安全対策が義務づけられていないフリーランスについて、厚生労働省は業務中の事故が相次いでいることなどから、職場での安全対策を定めた労働安全衛生法の対象とする方針を決め、雇用された労働者と同様の安全研修などが義務づけられることになりました。

増えるフリーランス 相談相次ぐ

内閣府が2020年に行った調査では、フリーランスで働く人は全国でおよそ462万人にのぼり多様な働き方が広がるのに伴って増えているとみられています。このうちのおよそ7500人を対象にした調査では、フリーランスの仕事が原因で病気やけがをしたことがあると答えた人は17.7%で、8.3%が病気やけがで仕事を中断したことがあると答えました。

配達中のけがの写真

また、国が2020年に開設したフリーランスの相談窓口、「フリーランス・トラブル110番」に寄せられた相談件数も増加傾向にあります。2020年度は4か月余りで1332件、2021年度は4072件、2022年度は6884件、今年度は6月までの3か月で1996件にのぼっています。

有識者でつくる検討会の報告書まとまる

フリーランスとして働く人は2020年には全国で462万人にのぼり、働き方の多様化に伴って増えているとみられますが、企業などと雇用関係がないため職場での安全対策を定めた労働安全衛生法の対象にはなっていません。

このため厚生労働省は有識者でつくる検討会で議論を続けてきましたが、21日の検討会で報告書がまとまり、フリーランスも労働安全衛生法の対象とする方針が決まりました。

「一人親方」などのフリーランスは企業などの組織と雇用関係にない「個人事業主」のため、現状では原則として労働者ではなく、働く人の安全と健康を確保するための「労働安全衛生法」の対象になっていません。

しかし、令和3年5月に出された、建設現場のアスベスト被害をめぐる最高裁判所の判決で「同じ現場で働いていて、健康障害が生じるおそれがある場合には『一人親方』なども保護の対象とすべき」という判断が示されました。これを受けて厚生労働省は去年5月、フリーランスへの安全衛生の対策について議論する検討会を設置し1年以上、議論を続けてきました。

報告書の詳細は?

今回まとまったフリーランスについての報告書の主な内容です。

【事故が起きた際の対応】

フリーランスも労働者と同様に業務で死亡した場合や4日以上休業するけがをした場合には労働基準監督署への報告を義務づけます。監督署に報告するのは被災した本人か、本人が死亡した場合や入院して報告が困難な場合には業務を委託した企業か災害の発生場所を管理する企業などとしています。報告を受けて国は事故のデータの分析や公表を行うとともに、業界団体は災害防止対策を周知するよう努めるとしています。

【事故防止のための対策】

フリーランスがみずから持ち込んだ機械なども企業などが使用している機械などと同じように定期的な安全点検を義務づけます。安全衛生に関する講習や教育についても労働者であれば受けているものとと同じ内容を受けるよう本人に義務づけます。

【健康確保のための対策】

国はフリーランスに対しても1年に1回の健康診断や定期的なストレスチェックを促すことにします。高いストレスと判定された場合、医師による面接指導や看護職などによる健康相談を受けるよう促すとしています。

21日の検討会では事故の報告を誰が行うのかについて意見が分かれ、出席した委員からは「報告の際の事業者側の負担が大きくなるのではないか」という意見が出されていました。

業務中のけがなど補償問題が課題に

フリーランスについても労働安全衛生法の対象となり、安全対策が進むことになった一方で、課題として残されているのがフリーランスが業務中にけがをしたときなどの補償の問題です。

原則、フリーランスの人たちは企業などで雇用されている「労働者」ではないため、業務でけがをしたり、病気になったりした時に治療費や休業補償などの給付を受けられる労災保険の対象とはなりません。しかし、フリーランスでも企業などから指揮監督を受けて業務にあたる人などは労働基準法や労働組合法に照らして労働者と認められれば、労災補償の対象となるなど法律の保護を受けられると国がガイドラインで定めています。

ただ、フリーランスの中には業務の進め方や勤務時間、勤務場所を指定されるなどの指揮監督を受けて、雇用された労働者と同じように業務しているにもかかわらず、フリーランスとして扱われる人がいて「偽装フリーランス」と呼ばれています。こうした人たちは労働者と同じような業務をしながらも事故でけがをした際などに補償を受けられないことが問題となっています。

また、原材料費の高騰などでコストが増加している企業が、労働保険料などを負担しなくてもいいフリーランスを安価な労働力として使うケースも少なくないと指摘されています。ことし5月に公布されたフリーランスで働く人を保護する法律の付帯決議では「労働者に当たる者に対し、労働関係法令が適切に適用されるような方策を検討するとともに、偽装フリーランスに適切に対応できるよう十分な体制整備を図る」とされています。

フリーランスに対しては働く人がみずから保険料を支払って労災保険に入る特別加入の制度もありますが対象の業種は限定的で、補償の問題が今後の課題となっています。

けがをしたフリーランスのドライバーは?

フリーランスで働く宅配ドライバーからは雇用された労働者と同じように働くなら、業務中の事故に対して会社が補償をすることが必要だといった声があがっています。

神奈川県横須賀市でドライバーとして働く60代の男性は、ネット通販会社から荷物の配送を委託された下請け会社と業務委託契約を結ぶフリーランスとして配達を行っています。

午前8時半ごろに集荷センターに行くとアプリを通して1日150件程度の配送先とルートを示され、配達がすべて終わるのは午後9時ごろになることも多くあります。

業務上、割り当てられた荷物を断ることはできず、仕事終わりには日報を提出することが求められるなど事実上、会社から業務の指揮・監督を受けていると感じています。

こうした中、男性は去年9月、配達中に建物の外階段で足を滑らし2メートルほど下の地面に転落して腰の骨を折るなどのけがを負い2か月間の自宅療養を余儀なくされました。

業務委託契約をする会社に連絡をしましたが、事故を受けて手当などの対応はほとんどなく、その間は仕事もできずに収入は一切なくなったということです。

男性
「けがをしても会社はあくまで請負業者だからとけがをしようと関係ないという姿勢でしたが、業務時間の中なので会社にもある程度、責任はあると思います。フリーランスの実態に対し、国の目は行き届いていないし、事故が起きたときの補償もなんとかしてもらいたい」

専門家 “大きな前進も 補償は課題”

フリーランスの問題に詳しい東洋大学の鎌田耕一名誉教授は、フリーランスなどの個人事業主が労働安全衛生法の対象となる方針となったことについて次のように評価しました。

「労働者だけに安全衛生の責任を負うと思っていた事業者がフリーランスも含めて全体で危険な職場や有害物質などのリスクについて総合的に保障していかないといけないと意識改革を求められ、大きな転換になる。非常に大きな前進だ。
労働者の場合は事業主が指揮命令権をもっていて『機械の使い方をこうしなさい健康診断を受けなさいと』と言える。しかし、フリーランスは指揮命令は受けない立場なので、フリーランス自身も積極的に情報をもらって健康診断を受けるなどしていかないといけない」

その上で次のように指摘しました。

「フリーランスで事故が起きたあとの補償は大きな課題として残っている。フリーランスも実質的に指揮命令を受けていれば労働者と認められ、労働保険で補償されることになっているが労働者と認められるかどうかの基準は俳優やIT関係などさまざまな分野に業種が広がるなかで、統一するのが難しい。実態にあわせるために国が業務や業種ごとに捉え直し、基準を示していく必要がある」

厚生労働省は今後、最終的な報告書をまとめ、必要な法改正の手続きを進めていくことにしています。