1人で投げ抜くエースはもう見られない?

「絶対的なエースがすべての試合を投げきる」

かつて甲子園で当たり前のように見えた光景は、ことしの大会ではあまり見られなくなりました。

「負担をかけてごめん」

監督がピッチャーにこんなことばをかけることも。

新たな投手起用のあり方がはっきりと見えた大会となりました。
(甲子園取材班 記者 並松康弘)

戻ってきた本来の夏の甲子園

105回目を迎えた夏の全国高校野球は、慶応高校(神奈川)が107年ぶり2回目の優勝を果たして幕を閉じました。

お盆休みと重なった大会6日目から準々決勝まで7日連続で入場券が完売するなど63万9300人の観客が甲子園球場に集まり、球児たちの熱戦を見守りました。

今大会は新型コロナウイルスの感染対策で選手や応援団に設けられてきたさまざまな制限やルールがなくなりました。

試合後に選手たちが相手チームと握手をしたり、グラウンドの土を集めて、持ち帰ったりする光景が4年ぶりに見られるなど本来の甲子園の姿が戻ってきたことを感じさせる大会となりました。

マウンドでは…

しかし、マウンドに目を向けると、その光景は十数年前、数年前と比べても大きく異なっていました。

チームがリードしているのに、打ち込まれているわけでもないのに、マウンドを降りる先発。

決勝でリリーフした慶応 2年生エース 小宅雅己投手

背番号「1」を背負うエースがすべての試合でリリーフとして待機する。

この大会48試合で先発した、のべ96人のピッチャーのうち、完投したのはわずかに14人。

7人に1人いない計算になります。

77%が完投する時代も

1府県1代表となり、49校が出場するようになった1978年の60回大会までさかのぼってみると、この大会で完投したのは74人。77%のピッチャーが最後まで投げきっていました。

前橋育英 高橋光成投手(2013年)

10年前の2013年も初優勝した前橋育英高校(群馬)の2年生エース、高橋光成投手が6試合のうち5試合で完投。

半分近い45人が1人で投げきっていました。

金足農 吉田輝星投手(2018年)

5年前の2018年の100回大会も準決勝まで1人で投げ抜き、準優勝に導いた金足農業(秋田)のエース、吉田輝星投手に代表されるように、1人のピッチャーが投げきるケースは珍しくありませんでした。

しかし、2020年に、投手をけがから守るために1人の投手が投げる球数を1週間に500球以内とする球数制限が導入されてからは、その数が大きく減ってきました。

選手に「負担かけてごめん」

力のある複数の投手をそろえて躍進したチームの象徴となったのが、今大会、決勝に進んだ2校です。

決勝で先発 慶応 鈴木佳門投手

優勝した慶応は地方大会から12試合のうち11試合を継投で勝ち上がりました。

森林貴彦監督は厳しい暑さも大きな理由にあると話します。

慶応 森林貴彦監督

慶応 森林貴彦監督
「この暑さの中で勝ち上がろうと思ったら1人の投手では無理です。近年は各チームの打力も上がっていて、そこを乗り切るために、1年間かけて複数の投手を準備できたチームが勝ち残るのも必然的だと思います」

チームの唯一の完投は森林監督も「想定外」と振り返った、甲子園での準決勝、2年生エース、小宅雅己投手の完封でした。

準決勝で完封勝利 慶応 小宅雅己投手

この試合でも森林監督は小宅投手に「継投でいく」と伝えていましたが、8回までヒット6本、無失点に抑える完封ペース。

森林監督は悩んだ末に小宅投手に「負担をかけてごめんね」と声をかけて、9回のマウンドに送り出したと振り返り、複雑な心境だったことが垣間見えました。

変化が勝利を呼び寄せる

仙台育英 仁田陽翔投手

準優勝した仙台育英も甲子園では登録した5人の投手全員を起用して、6試合すべてを継投で戦いました。

仙台育英 湯田統真投手

須江航監督は投手の疲労を少なくすることに加え、戦術的な理由があると明かしました。

仙台育英 須江航監督

仙台育英 須江航監督
「力がきっ抗している甲子園では、バッターの目やタイミングの慣れが結果を左右します。このため、球速や変化球、ボールの出どころといった何かの変化を起こすために継投する。それが勝利を呼び寄せるという観点ですね」

そのことば通り、仙台育英は今大会、準決勝までの5試合のうち終盤まで競り合った3試合はいずれも継投で6回以降失点せず、流れを渡しませんでした。

層の厚い投手陣をそろえて、去年は東北勢として初優勝、2年連続で決勝に進んだ戦いぶりは確かにその足跡を残しました。

“ベンチ入り2増”で起用に幅

さらに今大会からベンチに入る選手が2人増えて20人となったことも投手起用の幅を広げることにつながりました。

多くのチームが5人以上の投手をメンバーとして登録し、リリーフで登板した投手は、のべ150人で、史上最多に。準決勝まで進んだ2チームは今大会、完投が1つもなく、1人のピッチャーに頼る戦い方では勝ち上がるのは難しくなっていると印象づけられました。

初のベスト4 土浦日大高(茨城)

土浦日大高 小菅勲監督
「投手を5人ベンチに入れられることで、試合で使うのが3人でも何かあったときを考えて心理的な安心感があります」

土浦日大高 藤本士生投手

土浦日大高 藤本士生投手
「自分が最初から最後まで投げたい気持ちもありますが、チームに流れを持ってくるという自分の役割に徹して勝つことができてよかったです」

初のベスト4 神村学園(鹿児島)

神村学園(鹿児島)小田大介監督
「大エースがいるチームにはない競争意識が芽生えて投手陣の成長につながっていると思います」

高校野球も1回限定“抑え”?

現役時代はピッチャーとして活躍し、社会人野球で監督も務めた、高校野球解説者の川原崎哲也さんは高校野球の常識が変わってきていると話しました。

高校野球解説者 川原崎哲也さん

川原崎哲也さん
「『僕が投げて代わるときは負けるとき』でしたが、いまは完投が“悪”みたいになっていますよね。1試合を2、3人で投げる継投が前提で、その戦い方はこれからも間違いなく進んでいくと思いますし、プロ野球みたいに1イニング限定の抑え投手をつくるチームが出てくるかもしれないですね」

変わりゆく大会の姿

ことしは新たな暑さ対策として試合中に選手たちが10分間の休息をとる「クーリングタイム」が導入され、選手たちを守る対策も取られました。

甲子園球場が開場から100年を迎える来年は、投手をけがから守ることなどを目的に、金属バットを反発力を抑えたものに完全移行することが決まっているほか、シーズン終了後に向けて球数制限の検証も進められています。

さまざまな課題と向き合いながら、球児たちがより安心安全に野球に打ち込める環境を求めて、時代とともに高校野球の大会の姿が変わりつつあります。

【今大会の勝ち上がり】

【準々決勝 以降】